千の……、シテマス

     ※    

 その夜、普段通り寝静まったラハ村の外れに、紅鼬の団の団長、イタチがゆっくりと姿を現した。

 しかし、牛追い男の姿ではなく、裸体に薄い布を巻いた質素な出で立ちだった。


 イタチは虚空に手を振り、ドエリャア大木、《百宝ひゃくほうの木》を出現させるとその太い根本に腰を下ろし、いつも通り右足を左足の膝上に組むと、手に持っていたリュートを弾き始める。


 安らかな眠りの調べはラハ村周辺のみならず、ナインや糞騎士が昨夜荒らした地平線の彼方やその上空まで響き渡った。


 やがてドエリャアたくさん、正確には七千九百八十三万三千五百八十八もの白い蓮華の花が現れ、辺り一面、いや四方八方、空にまで咲き乱れていた。


 調べも終わりに近づくと、八千万近くの華から一片ひとひら、一片と白い花びらが舞い上がり、その数は数十億にも及んだ。

 やがて花びら達はイタチのリュートの中へと徐々に吸い込まれてゆく。

 そして最後の白い花びらが吸い込まれると、イタチの姿は百宝の木と共に、跡形もなく消え去っていた。

 

     ※

 同じとき、ラハ村遙か上空に、光に包まれたフランも現れていた。


 フランの姿もいつもの魔導師姿ではなく、赤を基調としたつばのない帽子と、同じく赤い布でできた着物をまとっていた。


 そして胸の谷間から浮かび上がる分厚い帳面を開きながらイタチを見下ろし、リュートから奏でる眠りの調べを無言で聴いていた。


 フランの回りにも、無数の蓮華の華が咲き、そして花びらが舞い、やがてイタチのリュートへと吸い込まれていく。

 イタチの姿が消えると、フランの体はゆっくりと地面へと降りていった。


「どうやら《》は終わったみたいじゃな。


『世界が滅んだら輪廻へやから出る!』


と息巻いておる引きこもりの、《小心者》のくせに、こういうことはまめに行うのう……」


 フランはゆっくりしゃがむと、イタチが流した水晶のような涙の粒をいくつも拾い上げ、胸の谷間へと押し込んだ。


     ※

「アデル君だね。手紙が来ているよ。ラハ村から」

 冒険者組合の主人は、組合の食堂へ朝食を食べに来たアデルに、村や街を結ぶ駅馬者から届けられた手紙を渡した。


 パン屋の仕事が終わったアデルは馬鹿馬たちに”食べられに”フランの店に向かうと、食べられる前にフランに尋ねた。


「喪服……あるんですか?」

「お主、儂を誰と、そしてここがどこだかわかっておるのか? 喪服の一つや二つぐらい売っておる。ってなんで喪服なんじゃ? ナインでもくたばったのか?」


 アデルは両親から来た手紙の内容をフランに話すと、

「わかった。ちょっとまっとれ……。ほれ! これを着ろ!」


 フランは少し大きめの喪服を渡すと、喪服に着せられているアデルに向かって【縮小】の魔術を唱える。

 服が少し縮み、やがてアデルの体にぴったりになった


「こんなものか? まぁお主の年齢ならすぐきつくなるじゃろ。そうしたら【拡大】の魔術を掛け直してやる」

「いくらですか?」

とアデルは教科書を買い取った時みたいに恐る恐る尋ねるが、


「それはちょっと昔にな、目つきも態度も言葉遣いも手癖も悪い、ある”物真似上手なひな鳥”が置いていったんじゃ。いい加減邪魔になったからお主にくれてやる」


 数日後の昼前、駅馬車に乗ってラハ村からやってきた両親をアデルは出迎えた。

 きれいな喪服、そして腰につり下げられたボーアの剣。

 なにより手紙の内容にもかかわらず、笑顔で自分たちを出迎えてくれた息子を見ると、両親は安心し笑みがこぼれた。


「餞別の剣はどうしたんだい?」

と聞く母親にアデルは、

「なくさないよう預けてあるよ」

と笑顔で答えた。


 そのまま墓地へ案内すると、フランの店で花を買った。

 店内には「10,000」の札がついた剣はつり下げられてはいなかった。


 アデルは名も無き墓の前へ花を添えると、両親と共に祈りを捧げた。

 遠くからは喪服姿のフランと燕尾服姿のナインが見守っていた。


 祈りが終わった三人はフラン達の元へ近づくと、アデルはフランを紹介し、仕事を手伝っていると両親に教えた。


「最近、アデルのような新米冒険者は仕事がないと聞き心配していましたが、墓守様のような立派な人の下で働いていると聞いて安心しました」

 父親は笑顔でフランに礼を言った。

 

 ちなみにナインはフランから

”墓地で働く下男として紹介しろ!”

と言われてそう紹介したが


”気を悪くしたのでは?”

と、後日アデルが尋ねると

「ん? まぁ許してやるよ」

 ナイン自身、特に気にした様子はなかった。

 

 せっかくだからとアデルは両親に昼食をごちそうした。

 さすがに滝の山脈亭ではなく、フランに教えてもらった高級レストラン《三人トリオの料理人亭》に案内した。

 高そうな店に両親は心配したが、二人の背中を押し込む形で両親とともに店に入った。


『赤玉キノコのミニステーキと白ウドのクリームソース掛け』

という、正に犬鷲の団のクエストみたいなAランチを三人前注文し、アデルは初めて赤玉キノコを食した。


(これが赤玉キノコのステーキ? おいしいのか、よくわからないな?)

とアデルの舌はそう感想を漏らし両親の顔色をうかがったが、両親も初めてだったらしく、


「村で赤玉キノコのステーキを食べた人は村長さんぐらいだから、これで自慢できるね」

 二人の喜ぶ顔を見て、アデルは連れてきてよかったと内心ほっとした。


 両親はちょっとパンを買いたいといい、休みを貰ったイネスの店へと入店した。

”ここはおいしいからお墓参りの度に買っている”

という両親に対して、

”ここでも働いている”

とアデルは答えると、恐縮した様子でイネスとカッペラに対して両親は平身低頭した。


”店長、余計なこと言わないかしら”

 ジト眼をするカッペラだったが、何事もなく、二言三言イネスはよそ行きの言葉で両親と話した。


 駅馬車の出発時に仕送りにと、アデルは百ダガネ金貨を一枚渡した。

 目頭が少し赤くなっている母親は遠慮したが、父親は

「冒険者として初めて稼いだお金だから使わずにいるよ」

とアデルに答え、懐に大切そうにしまった。


     ※

「実は僕、捨てられた……というわけではなかったみたいです」

 先日の墓参りの時の礼と、アデルはフランにはイネスの店のチーズケーキを、ナインには白リンゴ酒の小樽を持って、両親の手紙のことを二人に話した。


「ラハ村の前で生まれたばかりの僕を抱きながら、若い夫婦が行き倒れていたそうです。村の神官さんや”たまたま”ラハ村に巡礼していた”蒼き月の聖女様とお付きの人”でも治せなくて帰らぬ人に……。それでここに埋葬されたみたいです」


「僕は知らなかったんですが、両親は毎年この時期にお墓参りに来ていました。学園を卒業して一人前になったからと、両親は僕に話してくれたんです」

 ぽつりぽつり話すアデルにフランは紅茶を口にし、ナインは早速アデルがくれた白リンゴ酒の小樽を飲んでいた。


「ナインさんには話しましたが、僕が冒険者になる理由の一つに本当の両親を捜すというのがあったんです……。今まで黙っていたことについて両親は謝ってました。で、でもむしろ感謝したいです。だ、だって、ぼ、僕をここまでそ、育ててくれたんですもの……」


 豪華な昼食も、破格の仕送りも、全ては今の両親に対する感謝の表れであった。

 しかし、そんな空元気を装うアデルの目はわずかながら潤んでいた。


 例え冒険者になる建前でも、捨てられたとしても、本当の両親に会いたい事に理由はいらない。

 だが、それはもはやアデルのとって叶わぬ夢となった。


 わずかな沈黙の後、アデルはテーブルの上にそっと鍵を置いた。

「あのお墓の鍵です。父親は騎士だったらしく鎧が入っているそうです。それを着るにふさわしくなったら開けるようにと、この鍵をくれました。あとフランさんにお願いが」

 アデルはテーブルの上になにやら紋章が書いた紙をフランの前に置いた。


「両親がその鎧に記されていた紋章を書き写したものです。細かいところはすり切れてわからなかったみたいですが……。フランさんは前に会った魔導研究所の所長さんとお知り合いみたいですので、できれば調べて欲しいんです。もちろん依頼料は払います」

 フランはその紙を手に取ると一瞥し、そのまま胸の谷間へと押し込んだ。


「わかった。ドラゴンの糞の頼みと聞けばあの引き籠もりもほいほい調べるじゃろ。ああ、報酬は金よりもむしろ、お主がナインに”仕打ちを受けている”ことを話せば極上のケーキと茶で逆にもてなしてくれると思うぞ。ん~例えばこの前の、”いやがる小僧をナインは羽交い締めにし、(馬鹿馬共に)無理矢理、”精”を吸われた話は特にな……」

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