天罰、シテマス
それから数日後の真夜中、墓地の結界を破って進入したナインはフランの家ではなく、アデルとその両親が祈った墓の前でかがむと墓石をじっと見つめていた。
ナインの脳裏には、ラハ村で奮闘した糞騎士、そして【跳躍】の魔法の寸前に垣間見た二人の男女の顔が思い浮かんでいた。
(たかだがガキのおしめを替える為に、わざわざ化けて出てくるとは。ご苦労なこったな)
軽く溜息をつくと墓の鍵穴に向かって【解錠】の魔術を唱えようとする。
が、その瞬間、一番自分を怒鳴っている女性の声が背中に叩きつけられた。
「見下げ果てたぞこのろくでなし! とうとう墓暴きにまで手を出すとはな。おそらく小僧の父親の鎧を売って、谷間酒とやらの軍資金にしようというのだろう? すべてはお見通しじゃ。まさに太古の物語で言う”庶民に紛れ込んで悪を撃つ乱暴王”じゃ! 儂!」
フランは腕を組み、谷間酒のお姉ちゃんに負けじとその小山で谷間を作っていた。
ローブではなくガウンを、そしてその下には露出狂に負けず劣らずのスケスケが覗いていた。
まるでいつ授かりの儀式を迎えてもいいように……。
ナインはそんなフランの出で立ちを一瞥すると、再び墓の前に向き直り、
「そんなんじゃねぇよ……」と呟く。
フランは”なっ!”と自分の格好に全く興味がないのかと怒りすらわいてきそうになった。
しかし、その気勢を先んじて、懐から糞騎士にもらった二つの娑婆袋をフランに放り投げた。
「これは? 《太古のをた○ちんが読む薄い書物》には、わざわざ授からないように槍に、《サック》をすると記述してあったが、それでも入っているのか?」
「ちげーよ! 今おめぇの頭の中はどんな”
「これはおしめ? しかもこんなにたくさん! そうかお主、もうこんな準備まで」
未だ”煮る華”の野から抜けきれないフランは、赤く染まる頬に手を当てうっとりした目でナインを見つめる。
体をクネクネさせているフランを見て
”何か会話がずれているな”
と感じたナインは袋の持ち主のことを話した。
「それはお前が以前契約した黒騎士の持ち物だ。何の因果か今は俺が持っているがな。もう持っていてもしょうがないから持ち主に返そうとしたんだよ。なんで俺が持っていたのかは……、話せば長くなるからお邪魔させてもらうぞ」
”儂の部屋で”
と言うフランに対し、
”店でいいや”
と答えるナイン。
”チッ”とフランは舌打ちすると、目の前の男が好きな黒リンゴ酒の小樽をテーブルに置いた。
小樽を鷲づかみにしながらラハ村で起こったことを淡々と話すナイン。
それをまっすぐな目で聞くフラン。
そしてアデルのギフテッドのことについて話が進むと……。
「なるほどのぅ。それは確かに、《引き籠もりの変態双”鉄壁”》が、わざわざラハ村に出てくるのもうなずける……」
ナインの話を聞いたフランの感想はそれだけだった。
ナインも自分が目にした以上の事は聞かなかった。
おのが目にし、感じたことだけを信じる冒険者の掟か。
目の前にいるのがたとえ、《冥界の暗黒女王》だとしても……。
「ところで鎧の紋章について何かわかったか?」
「うむ。と言うか儂でも知っておった。魔術師見習いが最初に教わる、あまりに基本的な問いで逆に忘れておったわ。どうせ逆さ傘の遺跡から発掘された薄い書物を、目を血張らせて、ハァハァしながら読むしか能のない腐れ女に依頼はしたがな」
ナインの問いかける目つきにフランは答える。
「《フギノーミ帝国》。この地に降り立った人が最初につくった、ギフテッドの語源にもなった国の名じゃ。このギフテッドを元に各魔術、魔法が研究され、素質があれば、おつむの足りないお主でも魔術や魔法が使えるようになったという訳じゃ」
”まだ続くんだろ”
と顔に書いてあるナインを見て、フランはそれに答える。
「あの紋章、これまで前例はないが、おそらくかなり地位の高い者、貴族、王族……。それ以上のことは不確かすぎて儂の口からはいえん。そういえば小僧と最初に話した時
”どこぞの王家の末裔か?”
と聞いたことがある。正に女将の、《百里眼》すら凌駕する先見の明じゃな! 儂!」
声を潜めてフランは話を続けた。
「でもその黒騎士と小僧との関係、あまりに出鱈目じゃが儂は信じるぞ。でなければな、あの馬鹿馬共はああも小僧に懐くわけなかろう。何せ主の……」
フランの馬小屋では亡霊の馬鹿馬に”食べられた”アデルが、フランのご馳走で腹をいっぱいにし、飼い葉の上で熟睡していた。
その両脇ではまるで赤子を見守るかのように、馬鹿馬達が寄り添っていた。
※
本の山の騒動は意外な結末を迎えた。
フランは、ナインとアデルを店に呼び
「一応小僧にとっても大事なことだからな。実はまだ正式に帝国からは発表されていないが今回の本の山の件、正に”本の山騒動して赤玉キノコ一つ”じゃ」
頭上に?マークを浮かべながら、きょとんとする二人にフランは説明した。
「どうも別の場所で赤玉キノコが生える山を所有する商人がの、値をつり上げる為に冒険者庁の役人に賄賂を渡し、本の山の地図を書き換えて立ち入り禁止にして、大もうけしようと企んだみたいじゃ」
「そ、そんなのひどい! 冒険者の中にはキノコ狩りができなくて引退したどころか!」
珍しく声を荒げるアデルに対し、フランもナインも冷静だった。
「甘っちょろいこと言ってるんじゃねぇよ。冒険者ってのは自分の道は自分で決め、自分の責任でのたれ死ぬんだ。他人のせいでどうこう言う奴は冒険者になる資格はねぇ」
ナインは声は小さいが重い言葉をアデルに投げつけた。
フランも続けて淡々と話した。
「だがそういった小僧の
「役人共はどうなったんだ?」
「地図作成に関わった役人は商人の屋敷で共に殺されておった。卒業式に出席したらしいから、来賓として小僧も顔を見たかもな。しかし実際にドラゴンがいたわけで、動機はともかく、地図を書き換えたこと自体は間違っていなかったな。それに……」
まだ続きがあるのかと、ナインとアデルは前屈みに首を突っ込んだ。
フランはそれに呼応するかのように、自分も顔を突き出し、声を潜めて話し始めた。
「これもまだ正式な発表ではないが、今回の件で改めて古代図書館を捜索したところ隠し部屋が見つかってな。まぁ、あの本の山そのものが古代図書館と言っても過言ではないから今更驚きもしないが、出てきたモノがモノでの……。《
「へぇ~じゃあどうするんですか? もしそんなすごいモノが外に出たりしたら……」
アデルの問いにフランはアデルの目を見つめ、
”待ってました”
とばかりに答えた。
「だからな、近いうちに帝国は、レベル十以上の冒険者に招集をかける予定じゃ!」
「ええっー!」
アデルは椅子から飛び上がりそうな、これ以上にない興奮と叫び声を上げた。
夢にまで見たあこがれの冒険者達が一堂に会する。
もはやアデルの目は人生を達観した目ではなく、冒険者学園に入学する前の、冒険を夢見る少年の目に変わっていた。
「けっ! このヤゴの街に”命知らずの糞共”が集まるのかよ。正に広場、いや、ヤゴの街そのものが”ドエリャア肥だめ”になるぜ」
そんなナインの斜めに構えた言葉すら、今の興奮したアデルの耳には届かなかった。
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