第二の計画、シテマス

「くそ! 道理で俺様の《猪玉》を坊主が見切れる訳だぜ。なにせ今まで誰も見たことのない、黒き鳥が見えるんだからな」

 わずかに残った小樽の酒を飲み一息ついたナインは、今度は神妙な顔でイタチに尋ねた。


「ところで糞騎士と……坊主の母親を殺ったのは……どこのどいつだ?」

「これはこれは、らしくないですねぇ。”冒険者は自己責任”をモットーにしているナインさんが、アデル君に変わって仇討ちですか?」


「そういうことじゃねぇ。もしあいつが将来、親の仇討ちをしたい時にな、一人ぐらいは仇の名を知っておいた方がいいだろう」

「僕に聞くって事は”僕ではない”とお思いで?」


「ああ、一番の有力候補だったんだが、おめぇさんの敵は黒き鳥だからな。坊主ならともかく、坊主が黒き鳥を飲み込んだ後、両親を手にかける理由がないと思ってな」

 ナインはさらに小樽をめいいっぱい傾け、最後の酒の滴を舌の上に落とした。


「かといって暗黒女王や貴婦人、ましてやクンダリンじゃねぇ。坊主や糞騎士に対する態度を見ればわかる。もっともそれ以外の魔神を俺は知らないが、だがたとえ大なり小なり魔神が関係するなら、白き鳥や黒き鳥が何らかの手を下すからな、魔神って線は消えたわ」


 ナインは空の樽を置くと、腰の袋から自分の酒瓶を取り出し口に含んだ。

「あとは逆さ傘の、《純尻ネイキッド妖精人エルフ》だ。もっとも少し会っただけだが、あいつは太古の言葉で例えるとこう言うだろうな、


『フギノーミ帝国? ギフテッド? なにそれおいしいの?』ってな」

 気色悪い声まねをするナインの顔を、イタチは冷や汗を垂らして見つめていた。


「まず考えられるのは同じ人間。その筆頭は、太古の帝国を興す為の反乱を摘み取ろうと、糞騎士もろとも一族を亡き者にしようと考える、《ナゴミ帝国》。

 その最強騎士! イヌワシの二番目の兄貴でありナゴミ帝国第二王子、《黄金の雄鯱おすシャチギルツ》! 

 それと双子の妹であり、魔導師でもある第一王女、《雌鯱めすシャチミカガ》! 

 さらに奴らを長とする総勢七百五十三人の琥珀の騎士の一団……」


「……いい推理していますね」

「だがな、こいつらが総出で糞騎士一人に立ち向かったところで、あいつは殺れねぇよ」


「へぇ、糞騎士とののしっている割には、その力量を認めているんですね」

「例え短い間とはいえ、背中合わせに死線をくぐりあった仲だ。普段から影でこそこそ隠れている、小心者のてめぇにはわからねぇよ」


「言ってくれますね。もっとも僕もアデル君が白き鳥を取り込んでから、なにもせずただ手をこまねいていたわけではありませんよ。本の山の計画が失敗しても、《第二の計画》を考えていましたから」

「なにぃーー!」

 聞くやいなや、ナインはイタチを鋭い目つきで睨み付けた。


「そう怖い顔しないで下さいよ。せっかくの計画もナインさんと糞騎士さんに完膚なきまでに叩き潰されましたから。実はあの時、僕はラハ村にいたんですよ。しかもナインさんと糞騎士さんの……すぐ真下に!」


 ”!”と、ナインの目が見開く。

 そして糞騎士が結界内をのぞき込んでいたことを思い出した。

 ナインに最後っ屁を浴びせたと思い、イタチは胸を張った。


「失敗したから偉そうにしゃべれませんけど、僕もあの時、アデル君がお漏らしするのはわかっていました。そしてラハ村へ進入した後、村人みんなを眠らせて、ラハ村へ一直線に向かってくる、総勢七千九百八十三万三千五百八十八匹のマ物を僕の、《三門》に収納した後、今度はヤゴの街へ向かわせようとしたんですよ」


「ぞっとしねぇな。坊主一人の為に、今度はヤゴの街を約八千万の魔物で蹂躙させようとしたのか?」

「そんなめんどくさいことはしませんよ。ヤゴの街をそうですね~、数万匹ぐらいのマ物で取り囲んで町長でも誰でもいい、彼らにこう要求するんです。


『アデルという名の少年を引き渡せ。さすればおとなしく退散する』


とね。

 今となっては要求されたヤゴの街の人々が、アデル君をどうするかわかりませんが」


『悪魔め!』

とナインが魔物すら退かせる形相をイタチに向けた。


「そのお顔、とても素敵ですよ。でも実際はマ物が漏らされる前に糞騎士さんの結界に閉じ込められました。おかげで特等席でお二人の活躍を見ることができましたよ。”糞魔女”二人にティーセットを壊されなければ、のんびりお茶を楽しみたかったんですが……」


「ちょっとまて! じゃあラハ村や”本体”ごと、俺様や糞騎士を輪廻りんねだか世界から切り離したのは……?」

「はっはっは! まさかあんな出鱈目なモノが生み出されるとは! さすがステーキ十枚完食するアデル君の驚異的な胃袋ですね。まさに天晴れです!」


「て、てめぇ! 笑いごとじゃ!」

「僕としても大事おおごとになって、アレを退治するのに天界からいろんなモノが《下生げしょう》して、それこそナインさんが待ち望んでいた《神々の黄昏ラグナロック》になるのは避けたかったんですよ。ですので、あのような方法ととらさせて頂きました」


「おい、もし俺様や糞騎士、クンダリンが”糞拾い”に失敗していたら……」

「ご安心を。もしそんな事態になった時は、ナインさんがあの時おっしゃったように、”煮る華”へ本体もろとも皆さんを放り込んで、僕は脱兎のごとく逃げますから! はっはっはっは!」

「この”クソッタレ野郎”め!」


「以上のように、僕の計画はそれこそ本体のように完璧に粉砕されました。まぁ最後に、《露出狂アリヤ》さんの、”あそこアヴァロキタ”が見られたからよしとしました。しかし特等席で見られたナインさんを、あれほどうらやんだことはありませんでしたね」

 イタチは露出狂の”観音様アヴァロキタ”を思い出しながら頬を緩ませていた。


「で、結局糞騎士を殺ったのは誰だ?」

「もう一つの勢力、最大の教団であり、その本部、《偉大なる蒼き月の大聖堂》は、お考えではないんですか?」

 イタチはなにかを知っているかのようにナインに問いただした。


「あそこは坊主が仇と思う前に、”俺様自らの手で潰してやる”からな。今回は除外だ」

「いくら僕の、マ神の結界内とは言え、ヤゴの街でその御発言は穏当ではありませんね?」


「かまやしねぇよ。本当に神がいるなら、今すぐ俺を地獄の肥だめとやらに沈めてみろってんだ。むしろその時になって初めて、俺は神とやらを感じることができるんだからな、むしろ望むところだ。

 それに俺がゆるせねぇのはな、神の名をかたって人の心や人生、挙げ句の果てに、運命とやらを御大層に振りかざして大勢の人間を弄んでいる連中だけだ!」


 そう言いながらナインは拳を固く握りしめた。今まで数え切れないほど、魂に刻みつけて誓ったかのように……。


「そうですか、マ神である僕の前でそこまでおっしゃるのならもう何も言いません。では正解を申し上げます。

『全部外れです』

 そもそも糞騎士さんは、


『死んではいません』」


「は! ……は! ……はぁなぁにぃひぃ~!」

 素っ頓狂すっとんきょうなナインの叫び声が、二人を包み込むマ神の結界を膨らませるほど響き渡った。

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