糞爺、シテマス

「ば、馬鹿な、なんでてめぇがここに……。確かに《イリの砦》にある警備兵の鍛錬所にいたはず……」


 ――《イリの砦》とはヤゴの街の西にある砦跡である。

 ヤゴの街が造られる前はここが帝国東方の要であり、巨大な砦と警備兵達の宿舎や鍛錬所が整備されている。

 ラハ村の東に針の砦が造られた今では、帝国警備兵の養成所となっている。

 ナゴミの壁にぶち当たり冒険者を引退した者が、次に歩む道としてまず思い浮かぶ場所でもある――。


 本物のナインを見ながらうろたえるアシナガグモにイタチが答える。

「僕が噂を流したんですよ。どうせ貴方は”仕事”をするに当たって、このヤゴの街中で昼夜問わず、どこにいてもおかしくない”ろくでなし”さんに変装すると思いましてね」

 図星なのか、アシナガグモが顔をしかめる。


「恐れながらナインさんの”嫌われ度”を逆手にとらせてもらいました。ナインさんがしばらく街を離れると噂を流しただけで、そりゃヤゴの街の皆さんの安堵の息、特に女性からは歓迎されて、あっという間に噂を広めて下さいました。そして貴方はその噂に乗り、暗殺の犯人になってもおかしくない、ナインさんに変装したと……」


 そして”ろくでなし”も、補足するように言葉を発した。

「まぁこいつの噂だけじゃ心もとねぇかなぁと思ってよ、魔導研究所が造ったゴーレム一体を借りて、俺様の【ドエリャア姿変化】で俺様に化けさせてイリの砦にお使いに行かせたんだが……」


「な……なに!」

 イタチ、そしてナインの手の上で踊らされたと知り、狼狽するアシナガグモ。

 それを見たナインは、怪訝けげんな顔をしながらイタチに話しかける。


「なぁ、こいつ本当にお尋ね者か? ヤゴの街一の美男子の俺様の顔を、こんなブッサイクな変装にしかできねぇし、俺様の【ドエリャア姿消し】とウッド共にかけた【ドエリャ姿変化、首に生肉巻き】を見抜けないようじゃ、どう見ても小物にしか見えねぇんだが?」


「そうでしょうか? 彼の変装は盗賊ギルドの中ではなかなかのものですよ。あとナインさんの【ドエリャア姿変化】が反則級なんですよ。それでこの間、僕も騙されましたから」


「ふ、ふざけるな! な、なんだよてめぇらは!」

 アシナガグモが体中から殺気を放ちながら二人に怒鳴りつける。 


「なにって? ”犬”と”ろくでなし”ですよ」

 イタチがさらっとアシナガグモの問いに答えた。


 平静を取り戻したアシナガグモは、鋭い眼光でナインとイタチを見据える。

「”この世界”に入ってわかったぜ。てめぇらの首を欲しがるヤツは山ほどいるってことをな……」


「へっ! なにをいまさら。こいつメテヤはともかく、俺様の首を欲しがるヤツなんざ、歓楽街のお姉ちゃんから借金取り、果てや魔神様まで、それこそ数え切れねぇぜ!」


「まぁいいさ。”犬”と”ろくでなし”。てめぇら二匹を消せば、ますますこの俺の株も上がる。次の仕事の報酬もつり上げられるってもんさ」

 アシナガグモの眼はイタチとナインを”新たな獲物”として睨み付ける。


「ナインさん、とりあえず我が主を亡き者にしようと”思った”モノ。ここは僕が……」

「おいおい、てめぇがラハ村に糞をばらまいたおかげで、こちとら手持ちの武器が全部おじゃんになったんだぜ。十万の懸賞金はちと物足りねぇがないよりましだ。ここは俺に譲れや」


「これは心外な言葉を……ラハ村に糞をばらまいたのはアデル君ですよ」

「元はと言えばてめぇがラハ村に魔物を差し向けたから!」

「アデル君が”黒き鳥”を食べなければ!」


『おい! いい加減にしろ!』


 アシナガグモの怒声にナインとイタチの口げんかは中断される。

 そしてイタチが残念そうに肩をすくめた。


「やれやれ、せっかく逃げる時間を稼いであげたのに……ここで事を構えれば、万に一つにも僕たちを倒しても、すぐに貴方は周りを取り囲まれますよ」

「へ! 逃げる? 囲まれるだと? 周りを見てみな!」


「ん?」

 ナインが辺りを見渡すと、無数の”蜘蛛の糸”が月明かりに照らされて広場中に張り巡らされていた。

 木々や噴水、屋根を経由して空一面にも……。


「ほぇ~。アシナガグモって名前も伊達だてじゃねぇんだな」

 ナインが場を読まない暢気のんきさで張り巡らされた糸に見入ってた。


「てめぇらが糞漫才してくれたおかげで、俺の”巣”が完成したぜ。てめぇらは逃げられないどころか、例え助けを呼んだところで誰もここには入ってこられねぇ」


「をたんちんか、てめぇは! そういうおめぇだって逃げられねぇんだぞ」

 ため息混じりでナインが質問するも、アシナガグモは舌なめずりして


「俺様の蜘蛛の糸は【ドエリャア爆炎】以上に”よく燃える”んだよな。いざとなったらこの広場一帯、いや、ヤゴの街を吹き飛ばすぐらい訳ないぜ」


「ナインさん、彼の言っていることはハッタリではありませんよ。”仕事”が終わったあと、証拠を消す為に辺り一帯吹き飛ばすのが彼のやり方ですから」

「ド派手なヤツだな。盗賊が聞いてあきれるぜ」


「ちまちま”仕事”をするのは俺のしょうにあわねぇんだ。さぁ、おっぱじめるか!」

「もうちょい待ってくれ。”観客”がまだ来ねぇからよ」


「「観客?」」

 ナインの言葉にアシナガグモとイタチが同時に同じ言葉を発する。

 やがて遠くから年配の男の声が聞こえてきた。


 《噂好き》が大声で叫ぶ。

「おお~いろくでなし。死んだ”噂”が聞こえてこんから、生きとるな~」


 《雨乞い》が空の雲を見ながら呟く。

「生きとるもなにも、まだワシが決闘につきものの”カミナリ”を鳴らしておらんから、まだ始まってはおらんぞ」


 《占い師》が走りながら娑婆袋からカードを取り出す。

「あたりまえじゃ! ワシの”占い”なしに始まってたまるか!」


 《両替商》が息も絶え絶えで倒れそうになる。

「……もうちょっとゆっくり走れや。……ワシは”天秤”より重いモノを持ったことがないんじゃ」


 その後ろを《鉱夫》が追い立てる。

「ほれほれ、速く走らんと、俺の”ツルハシ”で串刺しにするぞ」


 そして《酔っ払い》が笑いながら酒瓶を取り出す。

「ひゃっひゃっひゃ! 今夜はいい酒が飲めるぞ」


 六人のじじいの集団は、アシナガグモの”糸”を難なく通り抜ける。

 糸を切る訳でも、乗り越える訳でも。

 つい先日、メテヤの結界を横切ったように、広場のねぐらへフラフラと走ってきた。


「な! なんだ、こいつらは! お、俺の”糸”を!」

「ナ、ナインさん……この方達は? アレは《酔っ払い》さん? もしかして!」 今度はアシナガグモとイタチが同じように狼狽する。


 そしてナインはにやけ顔を二人に向ける。


「そうさ。この広場、いや、ヤゴの街のぬし

失うモノがない者ロスト・レス》の糞爺くそじじい共よ!」

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