再会、シテマス

 月の光すら遮る厚い雲が、ヤゴの街一帯の空を覆い尽くす。

 お尋ね者の噂はあっという間のヤゴの街に広まり、飲食街や歓楽街は早くに店じまいをし、夜更けまで騒いでいる冒険者連中も早々とアジトや宿へと足を運んでいた。


 すっかり人の喧噪けんそうが消えたヤゴの街の周りを、二人一組になった衛兵が巡回する。

 腰には剣を、手には槍とランタンを持って歩くその顔からは、緊張と恐怖の感情が隠しきれずに浮かび上がっていた。


 そんな二人が、もっとも人気ひとけのないところに向かっていった瞬間!

「「!」」

 二人同時に体が固まり、叫び声どころか息すら漏らすことを許さないかのように、糸の切れた操り人形のように地面に崩れ落ちた。


 倒れた二人の横を、音も気配も立てず通り過ぎる”影”。

 やがて”影”は広場へと向かう。


 ”影”は街灯に向かって指先を向けると、煌々こうこうと燃えている炎は消え去り、ただ噴水の音だけが闇に包まれた広場を満たしていた。


 そして”影”は何かを捜しているかのように、広場から放射線状に伸びる街道一本一本から漂う”匂い”を嗅いでいる。


「……”捜し者”は見つかりましたか? 《アシナガグモ》さん」

「!」


 突如、”影”の背中に向かって放たれた声。

 その言葉が合図のように、天の雲は晴れ、月明かりが広場に落ちる。

 まるで歌劇の俳優に向かって落ちるスポットライトみたいに、月明かりは声の主を照らす。


 アシナガグモが振り向いた先には、月明かりを浴び、漆黒の執事服を身に纏ったイタチが唇の端をつり上げ、アシナガグモに向かって妖しい微笑みを捧げていた。


「なんだイタチか、脅かすなよ。久しぶりじゃねぇか。いや、その格好……”監査官の犬さん”て呼んだ方がいいのかい?」

 アシナガグモは馴れ馴れしく、執事姿のイタチに向かって声をかける。


「”イタチ姿”ならともかく、この格好では”初対面”ですからね。くれぐれも気をつけて下さいよ。僕に変な噂が立ちますからね」


「つれないな。せっかくいい酒を仕入れてきたからはいわそうと思ったのによ」

「ほんの数日前なら、喜んでご相伴しょうばんにあずからせて頂きましたけどね……」


「やっぱりそうか。気が合うな。俺もそうしようと思ったんだよ。でもさすがに自重したんだぜ。いくらなんでも”獲物の犬”に向かって

帝国監査官てめぇのご主人様りたいんだが、協力してくれ”

ってお願いするのはな」


「賢明なご判断ですよ。それだけ聡明そうめいなら、盗賊ギルドからわざわざ足抜けしなくても、ギルド内でそれなりの地位にたどりつけましたものを……」

 イタチの顔にわずかながらの影が落ちる。


「へっ! 犬風情ふぜいにはわからねえさ。帝国どころか教団にすら尻尾を振っている、今のギルドなんざ……」

「”知り合い”として後悔してますよ。足抜けする前に貴方の愚痴を聞いていれば、わざわざこんな形で再び出会わなかったのに……」


「ああ、俺もそう思うぜ。ちなみに昔のよしみで教えて欲しいんだが、てめぇのご主人様はどこだ? 例の地図の件で、この街に来ているはずなんだが、俺の”鼻”には”匂わねぇ”んだ」

「我が主はこんな肥だめ臭い辺境の街には近寄りたくないと、ご自身の”別荘”で過ごしていらっしゃいます」


「チッ! どうやら一杯食わされたみてぇだな。でもよ、俺としてはむしろ好都合だぜ。獲物は無理でも監査官の犬てめぇを殺れば、”新しい商売”に自信と箔がつくってもんだ」


「どなたのご依頼……と尋ねても答えてくれそうにありませんね。いくつか候補がありますから、後ほどしらみつぶしに捜してみましょう。当分、惰眠をむさぼらずにすみそうです」


「……一つ、聞いていいか?」

 アシナガグモが神妙な声でイタチに尋ねた。


「なんでしょう? 今なら”足抜けの足抜け”には間に合いますよ。さすがにギルドへの復帰は無理かと思いますが、私のように”犬”としてなら、口添えしてもよろしいですが、いや、むしろそうして欲しいですね。私も”人手”を”補充”したいので……」


「……なんで一目で、”俺”とわかったんだ?」

「ああ、そのことですか。貴方は致命的な、最初で最後のミスをしたんですよ」


「俺が……ミスだと?」

「ええ、だって貴方が変装したその御方は……今、貴方の後ろに立っていますからね」

「なにぃ!」


 厚い雲がゆっくりと移動する。

 それに釣られるかのように月明かりも広場を移動し、アシナガグモともう”二人”の男を照らす。


「ば、ばかな。鋼鉄の鎧ですら通り抜ける俺の【転移の糸】は確かにこいつらの首に……”肉”の手応えも完璧だった」 

 振り向いたアシナガグモが見たのは、ついさっき、自分が殺った衛兵二人。

 それが亡霊のように月明かりに照らされながら、うつむいて立っていた。


 どこからか指を”パチン!”と鳴る音が聞こえると、衛兵の姿が陽炎のようにゆっくりと消滅し、そこに現れたのは……


 フランによって両脚に【伸長】の魔術をかけられ八頭身になり、首の周りに生肉を巻いたウッゴくんとウッゴちゃん。

 そして、闇から浮かび上がる、アシナガグモと呼ばれた男と”同じ顔”をした、ヤゴの街の”ろくでなし”であった。

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