幕間劇 ロスト・レス、シテマス

足抜け、シテマス

 パン屋の仕事が終わったアデルは、冒険者組合のクエスト掲示板を覗くのが日課となっていた。

 掲示板の前ではいつもと違い、かなりの人だかりが出来ている。


(なんだろう? 本の山はレベル十以上の冒険者が探索するみたいだから、封鎖が解除されるのはまだ先だし?)

 掲示板に近づくアデル。

 そこに見知った女の子の背中が見えた。


「あ、エアリーさん?」

「ん? あ! アデル君やっとかめ! イネスさんのお仕事は終わったの?」

「やっと……こんにちわ。今終わりました。ところで何かあったんですか? いいクエストが張り出されたとか?」

 なかなか”やっとかめ”が言えないアデル。


「う~ん、確かに美味しいクエストだね。なにせ最低報酬が十万ダガネだから。アデル君、やってみる?」

「じゅ! じゅうまん!」

 すぐさま、人混みの中に頭を突っ込んでのぞき込むアデル。


『―― お尋ね者 ―― 

 ヤゴの街方面へ向かったとの情報あり。

 通り名:アシナガグモ 

 性別:男(ただし変装している可能性あり))

 冒険者レベル:不明(レベル十並みの盗賊スキルを持っている) 

 情報があれば近隣の盗賊ギルドまで。

 なお、生死は問わず』


「報奨金は……100,000~ダガネ! ”~”ってことは最低十万で、これからもっと上がるってことか……」

「どうアデル君? 一攫千金狙ってみる?」

 エアリーが顔を近づけ、イタズラっぽく笑顔を向ける。

 鼻から吸い込まれる女の子の香りにも惑わされず、アデルはエアリーに向かって軽く叫んだ。


「これは賞金首じゃないですか! しかもレベル十並みの盗賊なんて変装の名人で、そもそも探そうにも顔すらわからないですよ!」

「あ、言われてみれば……だから似顔絵がないんだね?」

 エアリーが今さらながら天然っぽく答えた。


「盗賊の暗殺スキルなんて、死んでからやっと、『あ、殺された』って気が付くレベルですよ」

「あははははは!」

 エアリーの笑い声を聞きつけたのか、二人の背中から”師匠”の声が届く。


「なんだおめぇら、ここにいたのか」

「あ、ナインさん」

「ナインさんもお尋ね者の張り紙を見に来たんですか? 早くしないと、アデル君に先を越されちゃいますよ~」


「え? ちょっとエアリーさん!」

 エアリーの茶々にアデルはびっくりするも


「ばぁ~か! そんなモン、高レベルの冒険者の間ではとっくに知れわたっとるわ。何でもこいつは盗賊ギルドを抜け出して、非合法の暗殺者に鞍替えしたらしい」


「暗殺に合法も非合法もないと思いますけど……」

 アデルがふと思ったことを口に出したが


「ひよっこが知った風なこと言うんじゃねぇ。暗殺されるヤツはそれなりの理由があるんだよ。反乱を起こそうとしたヤツとか、王族の家系を乗っ取ろうとした貴族とかな。そういうヤツは例え殺されたところで、帝国の審判官は国家のうみが掃除されたとして、いつの間にかうやむやにしちまうんだ」


「へぇ~」

 歓楽街のルールを聞いた時のように、社会の仕組みを知ったアデルは思わず声を漏らす。


「でもこいつは貴族だろうが役人だろうが関係ねぇ、気に喰わないヤツを殺しますって看板をかかげているんだ。金さえ積めば邪魔なヤツを殺しますってなっちゃ、帝国の法もなにもあったもんじゃねぇ。だからこんな張り紙をしているんだよ」


「でもナインさん。だったらなんで帝国じゃなく、盗賊ギルドが張り紙を出しているんですか?」

 アデルにも気がつかなかったことを、エアリーがナインに質問する。


「抜け出したとはいえ、元は自分のところの一員だったからな。いくら盗賊ギルドといえども、帝国に痛くもない腹を探られたくねぇから、早々と闇に葬りたいんだろ」

「「へぇ~」」

 今度は二人そろって声を漏らした。


「んで、おめぇら、しばらく鍛錬は中止だ。あそこの広場は街外れだから、衛兵の目も行き届かねぇしな」

「「はい!」」


 ナインと二人で広場に戻ると、ウッゴ君がねぐらの前で待ちぼうけを食らっていた。

「あれ? ウッゴ君」

 ウッゴ君はアデルに手紙を渡すと、墓地へと帰っていった。


「なんでぇ? 馬鹿馬に食べられる仕事か?」

 手紙を見ているアデルの背中越しから、ナインがのぞき込む。


「いえ、さっきのお尋ね者の件で

『広場は危ないから、しばらく馬小屋で寝泊まりしろ』

と、フランさんからです」


「んじゃ、暗くならないうちにさっさと行くんだな」

「……エアリーさんは大丈夫ですか?」

「ああ、あいつは蒼き月の神殿でお勤めをしているからな。神殿で素泊まりでもするんだろ」


「ナインさんはどうするんですか?」

「ああ、俺か。そうだな……いや、そうそう! 仕事を頼まれてたんだ。しばらく留守にするからな。もし広場や街中で変なヤツ見かけたら賞金に眼がくらんで、てめぇで何とかしようとするんじゃねぇぞ。すぐさま冒険者組合に駆け込めよ」

「はい!」 

 アデルは返事を返したが、わずかながらナインの眼が泳いでいる感じだった。


 

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