宴、シテマス

「彼らが《失うモノがない者ロスト・レス》……。《己の望む全てを手に入れた者》……僕も全員を見るのは初めてですが」


「おっと、これで全部じゃないぜ。人の入れ替わりもあるからな。文字通り”失うモノがない”ってくくりで言えば、シナンやアデル坊主もそれに含まれるかもな」

 驚くイタチの顔に向けてナックが説明をした。


「ロスト・レス? ヤゴの街のぬしだと? 帝国の直轄地にそんなすげぇヤツがいたんなら帝国やギルドが黙っちゃいねぇが……」


「まぁ主と言っても俺たち一部の冒険者がそう呼んでいるだけだからな。そもそもご覧の通り、ただの宿無しの糞爺達だしよ」

 格好つけてナインはロスト・レスの爺達を紹介したが、アシナガグモの問いには自信なさげに答えた。


「だが俺の糸を難なく通り抜けるとあっちゃ見過ごすことも出来ねぇな。てめぇらを殺ってからまとめて始末させてもらうぜ」


 だがそんなアシナガグモのすごみにもロスト・レスの爺達は気にも留めず、ナイン達を見物する為建物の壁を背にすると、宴の準備を開始した。


「ん? 《酔っ払いハオマ》よ。ろくでなしが二人いるぞ?」


「《鉱夫フシャスラ》よ。よく見ろや。不細工な方がお尋ね者。ドエリャア不細工な方がろくでなしだって! ひゃっひゃっひゃ!」


「ではこの《占い師ウォフ》が、ろくでなしの運命を占ってやろう!」


「占いなんぞ無意味じゃて。ワシ、《両替商ラシュヌ》の天秤にこやつらの魂を乗せればいい。重いほど長生きするでな。今回ばかりは《噂好きスラオシャ》の出番はないぞよ」


「なぁに、勝負はやってみなければわからん。噂一つで人の運命なぞひっくり返るぞ。て言うかおぬしら、一体どっちのろくでなしの運命を占うつもりじゃ?」


『おいおめぇら! 占いも天秤も噂もいいけどよ! ほうけてもドエリャア色男の方が、俺様ナインだって事だけはよく憶えておけ!』

 場の空気を読まずワイワイしている糞爺共に向かって、ナインは大声で怒鳴りつけた。


 だが、そんなナインの怒鳴り声でさえどこ吹く風で

「酔っ払いの酒もいいが、なにかさかなは……」


 《雨乞いティシュトリヤ》の呟きを聞くと、いつの間にか普段の等身に戻ったウッゴ君とウッゴちゃんは、酔っ払いの元へと歩み寄り、首に巻いた生肉を差し出した。


「これは? そうかやそうかや、あの時の礼ちゅう訳かや。ほんに、いい子らじゃて」


「ん? これは滅多に狩れない黒鹿の肉か?」 

「これはこれはいい肴になりそうじゃ。ありがたく頂いておこう」

「まったく……どこぞのろくでなしとは大違いじゃて」

 ご機嫌な顔の糞爺達に向かって、ナインが再び怒鳴りつける。


「ちょっと待てぇ! それは俺様が奮発した黒鹿の一番いい肉だぞ。”感触”が人の首の肉とよく似ているからわざわざ取り寄せたのに!」


「なにをいう。金も肉も酒も、人の手に渡ったらそいつの物じゃ。両替してから金を返せと言うようなものじゃぞ」

 両替商が黒鹿の肉の重さを量りながら呟いた。


「そこのろくでなし……いや、クモの方じゃな。こっち来て一杯やれや」

「な……なに?」

 酔っ払いの誘いに戸惑うアシナガグモ。


「おう、殺し合いなぞいつでも出来るからや。しかし宴は今しか出来ぬ。なら一人でも多い方がええでや」

「犬もろくでなしもこっち来い。来ないとお前らは”できている”との噂をばらまくぞ」

 噂好きの誘いとも脅しとも言える言葉にイタチは肩をすくめた。


「やれやれ、トンでもないことになってきました。致し方ありません。イタチならともかく、監察官の犬がナインさんと”できている”との噂が流されれば、いずれ別荘にいらっしゃる我が主の《眼と《耳》に入ってしまうかもしれません。いささか不本意ではありますが、ご相伴にあずからせて頂きます」


「おいイタチ。そう言いながら顔がにやけているぞ」

「……そういうナインさんも」

「当たり前だ! 俺様が買った黒鹿の肉を爺共に食われてたまるか! いくぞ!」


「本当、仕方ありませんね。アシナガグモさん、さあ、参りましょう」

「お……おう」


 ウッゴ君、ウッゴちゃんを中心に、いつの間にか宴の輪ができる。


 酔っ払いが酒を出し

 雨乞いが人数分のグラスを取り出し

 両替商が量った肉を

 鉱夫が手持ちのナイフで切り分け

 その肉を占い師が占いに使う串に刺し

 噂好きが、口から炎を吐き出すウッゴちゃんの前へとくべる。

 そして、ウッゴ君が酔っ払いの酒を皆のグラスの注ぐ。


「……飲め」

 アシナガグモが上等の黒ブドウ酒の瓶を娑婆袋から何本か取り出し、イタチの前へ置いた。


「これは……」

「言っただろ、イタチおまえと杯を交わしたいと……」 


「なんだ、結構いい奴じゃねぇか」

 早速栓を抜き、酒を口に含んだナインがアシナガグモを見直す。


「本当じゃ、ろくでなしとは大違いじゃて、ひゃっひゃっひゃ!」

「だ・か・ら! その肉は俺のだって言ってるだろ!」


 アシナガグモの糸と”マ神”の結界によって誰も近づけないヤゴの街の広場。

 九人と二体のゴーレムの宴が炎のように噴き上がる。


 イタチがリュートを弾き、

 ウッゴちゃんとコンビを組んだアシナガグモが華麗なステップで舞えば、

 ナインとウッゴ君コンビは踊ると言うより、足を踏んだか肘が当たったかで、いつの間にか殴り合いへと変貌した。

 歓声を上げ腕を振り回す糞爺達。

 アシナガグモの声にも熱が入ってきた。


 そして、ナインとアシナガグモによる

『ドエリャア姿変化 VS ギルド仕込みの変装』

の勝負が行われる。


 明らかにめちゃくちゃに化けたフランとアルドナの姿に、イタチをはじめ皆は大笑いをするが、あるじとその友人を馬鹿にされたとしてウッゴ君はパンチを、ウッゴちゃんは口から炎を噴き出し二人をノックアウトした。


 やがて一人、また一人と酔っ払いながら眠りの世界へと旅立つ。

 いつの間にかイタチとアシナガグモだけが、建物を背にし互いに杯を交わしていた。


「なぁイタチよ……冒険者っていつもこんなもんなのか?」

「どうでしょうか? ……ですが、こういう方達もいらっしゃるのが僕が冒険者をやっている理由の一つかもしれません」

「そうか……そうだよな。こんな世界もあったんだな」


 やがて明るくなる東の空。

 太陽の光が広場へと差し込み、イタチとアシナガグモの体を照らす。

 日の光を浴びながら、アシナガグモは一人呟いた。


「陽の当たる場所って、あったかいんだな……」


 

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