金銀、シテマス

 木箱が積み上がった台の上では、イヌワシが調査隊の説明をしていた。

「け! あの”ひよこ”が旅団の団長どころか”調査隊の隊長”様とはよ。この間までピヨピヨ鳴いていたくせに!」


 蛮族と言ってもおかしくない、赤いシャツと毛皮のパンツとブーツを身につけ、一本角が生えた赤い兜をかぶり、特大の両手斧を持った金髪の初老の男が、木箱の上で説明するイヌワシに向かって毒ついていた。


 その姿は、隣にいる冒険者が身につけている、ピカピカ輝く白い鎧や赤い盾よりも、赤黒い己の鍛え抜かれた胸板が最高の鎧だと言わんばかりの格好をしていた。


「ああゆうのを太古のことわざでは

『魔物の攻撃なんて、当たらなければどうってことない』

と言うらしいぜ」

 赤白の二人の冒険者を見比べながら、ナインはおもしろそうに説明した。


「ナインさん、この寝ている人もそうですけど、レベル一桁の人でも参加していいんですか? と言っても皆さん、ものすごい武器と鎧を装備していますけど?」


「だから言ったろ。命知らずの糞野郎ってな! 俺みたいにレベル十にならない奴らなんて世の中には糞の数ほどいるのよ。奴らにとってこの調査隊の招集も、ちょいと酒場へ行ってカードで遊ぶレベルさ」


 よくわからない例えにアデルは首をひねると、アデルは群衆の中によぼよぼのおばあちゃんがいることに気がついた。

 しかも二人。


「ああ、《ゴル婆》と《シル婆》って名の双子の姉妹の冒険者さ。今は確か魔導研究所の食堂で”賄い”をやっているはずだが? ……っておいおい! まさか古代図書館跡を”老後の養老院”にするつもりなんじゃねぇだろうな?」


「おいくつ……なんですか? あとレベルは?」

「さあな、年もレベルも百か千か一万か……。なんでもあの二人が


『ショ○ベンをかき混ぜてこの世界を創って、ゲ○や糞で神を創った』


との噂もあるぞ」

(なんかもう……すごすぎてピンとこないや)


 イヌワシの説明も終わりに近づいてくる。

「では最後にこの調査隊の……あの、よろしいんですか?」

 イヌワシは横にいる誰かに問いただすと、

「この調査隊の”糞拾い”であらせられるフラン・シターナ”様”より一言あいさ」


『うぉおおおおおおおぉ!』

『フラン様ぁぁ~! あ、あたしの鉄壁を貫いてぇ~!』

『俺のこの槍を見てくれ! こいつをどうお……』

『フラン! 俺のケ○の穴を覗け!』


 フランの名が呼ばれたとたん、一致団結したようにこの世のモノとは思えない地獄の雄叫びが、広場のみならずヤゴの街全体に響き渡った。

 思わず耳をふさぐアデルに、

「まぁここにいる奴で、フランを知らない奴はいねぇだろうな」


 ナインのその言葉にふいにアデルの心が冷め始める。

 フランとナイン。

 自分はこの二人の側にいていいのか? その資格があるのか……? と。


『あーあー、お主ら聞こえるか?』

 フランは拳より少し小さい丸い鉄の球に、円柱状の木の棒を取り付けたモノを手に持ちながら話し始めた。


『あ~あ~、逆さ傘より発掘された【拡声】の魔法が付与された棒を試して……、ヲイ! そこ! これのどこが誰の張○じゃ!』

『俺様の”槍”の方がもっとたくましいぜ!』

 冒険者の中から茶々が入るも、フランは咳払いをして話を続けた。


『まぁ儂も使ってみようと思ったことは否定しないが……んんっ! とりあえず”ドエリャアドエリャアをたんちん”なお主らになにを言っても無駄じゃからな。でもこれだけは言っておく。ケ○の穴をかっぽじってよおく聞け!」


『……』


 まるでこの世を滅ぼす大魔王が降臨したかのように、一瞬にして広場に静寂が走る。

 フランは”すぅ~!”と大きく息を吸うと、思いっきり口を開き叫んだ。


『お主らの屍はわしらが拾ってやる!』

『じゃから安心して糞をまき散らしてくたばってこ~い!』


『!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』


「しゅっぱ~~~つ!」

 もはやイヌワシのかけ声すら聞こえない、言葉ですらない怒号と歓声と雄叫びと地響きが、糞とショ○ベンとゲ○と鼻水と唾を同時にまき散らすかように、ヤゴの街どころかその周辺にまで響き渡っていた。


 各々が絶対の自信を持つその拳と腕と武器を、

 天空を貫くがごとく高らかに突き上げ、

 地を割るかのように脚を掲げ大地を踏み鳴らし、

 己が信ずる神の名と想い人の名を、

 一人一人が己の心に刻みこんだ歌と唄と詩を、

 魂の声で高らかに耳や鼻や毛穴、

 当然糞やショ○ベンの穴からも勢いよく噴出させた。


 もはや彼らを止めるものはこの世に存在しない。

 例え太古の超兵器や異界の神の奇跡ですら……。


 そんな彼らの背中をアデルはまるで取り残されたみたいに立ち止まったまま、ただ見つめることだけしかできなかった。

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