押し倒……シテマス

 やがて幌馬車付けったに乗ったフランが二人の前に現れる。

「さて、わしらも行くか。さぁ乗れ!」


 ナインは”よっ!”と腰を上げるがアデルは、

「……でも」

と躊躇した。


 そんなアデルをフランは何か察したように怒鳴りつけた。

「お主! 儂の話を聞いておったか? 儂は確かに”わしら”が糞を拾うと言ったぞ。あれだけの大所帯じゃ。儂やナインだけで片付くと思っておるのか! あとお主は冒険者じゃろ? お主の”冒険”はどこじゃ? 案山子やゴーレムを叩いておるだけで満足しておるのか?」


 フランに怒鳴られるアデルを半ば慰めるように、ナインが優しく話しかける。

「まぁそう深く考えるな。糞拾いってイヌワシも言っただろ。どんな鎧や武器を持って、ご大層なご託を並べていようが、所詮、冒険者は糞だって事さ」


 そしてナインはアデルに対して初めてだろうか、今さっき心を交わした冒険者にしか見せなかった笑顔を見せながら、名前ではない、”別の名”をアデルに向かって叫んだ。


「んじゃ行くか! 『相棒』!」


「はい!」


 返事を返したアデルが勢いよく馬車に乗ろうとすると、

「あんれまぁ”エルちゃん”だぎゃ~!」

「ほんと、ねぇ↑さま↓”エルドル君”だがね~! やっとかめだなも~」

と、ゴル&シル婆の姉妹が、語尾に通貨単位をつけながらアデルに近づき話しかけてきた。


「ええっ?」

 驚くアデルにかまわず、二人はアデルの体を孫でも弄るかのようにぺたぺた触り始めた。


「ナインさん、エルドルって、神祖竜の名前ですよね?」

 首をかしげるアデルに対し、ナインは面倒くさそうに答えた。


「ば~か。帝国どころかアイシール地方にはな、エルドルなんて名は本名だろうが二つ名だろうが、名前にあやかって名付ける奴なんでごまんといるのよ。さすがにもう惚けちまったんだろう。適当に相手しておけ」

「そうなんですか……。あの~せっかくだから一緒に馬車に乗りますか?」


「あっら~さっすがエルちゃん! えぇ子に育ったなも~。ホント最近の卵達ってしこっとる(お高くとまっている)から、儂ら年寄りをほかりっぱなし(放っておいて)で、なんだしらんみんなぁ、おらん(いなく)なってまったわ~」


「太古の異界で、”なんでぇかまってくれにゃ~すの!”って神様の前で駄々こねて、天界をさんばらまき(散らかした)にしたあげく、地獄の肥だめの底に閉じ込められたの時が嘘みたいだがね~。”こっちの世界”ではちゃんとえぇ子にせなかんよ~」


 ゴル婆、シル婆はよくわからない昔話をアデルに向かって話し始めた。

 とりあえず適当に聞き流し、アデルは一人ずつ抱き上げ馬車に乗せようとすると、

「へへ、おじゃましてま~す」

 回収した時の鎧を着たエアリーが、舌を出しながら姉妹達を抱き抱え馬車へと乗せた。


「儂が雇ったんじゃ。屍となった女性冒険者の鎧や服を脱がせるのも、いいかげんめんどくさくなったからのう」

「剣を買うお金を稼ぎたいから、ご相伴にあずからせてもらいま~す」

 腰には中古の十ダガネの剣を差したエアリーがアデルに向けて挨拶をした。


「はい……よろしくお願いします」

 立て続けにいろいろなことが起こった為、アデルはポ~と心ここにあらずで、もはやゴーレムみたいに感情がなくなっているかのように見えた。


 それを見計らったようにエアリーはアデルに声を掛けた。

「アデル君、前から気になったんだけど、その腰の剣見せてもらってもいい?」

「あ、いいですよ」

 アデルはボーアからもらった剣を腰から外しエアリーに渡す。


 エアリーは鞘を抜いて、

「わぁ~すご~い! これ魔力が付与されているんだね~いいなぁ~」

と隅々まで眺めたあと鞘に戻し、さりげなく自分の腰の娑婆袋に入れようとした。


「え? あ? ちょ! ちょっと待って!」

 慌てて叫び、まるでエアリーを押し倒すかのようにアデルは飛びかかった。 

「きゃあ~!」

 エアリーが叫ぶと同時に、アデルの顔は二つの丘の柔らかい感触を味わっていた。


「エルちゃん! このたんちん! 女の子をいきなり押し倒してはかんの! 《太古の異界の楽園》でやったみたいに、まずは高級な白リンゴをプレゼントせなかんて!」


 ゴル婆の叱責と目の前にある女の子の膨らみに驚いたアデルは、慌てて立ち上がる。

「え! あ! ご、ごめんなさい!」

 それでもなんとか剣を取り返し、慌ててエアリーに謝ったが、当のエアリーは頬を少し赤らめるとナインの方を向いて舌を出した。


「ナインさ~ん、やっぱりだめでした~」

「馬鹿野郎! だから谷間や下着を見せながらその隙にしまえと言っただろ!」

「でも私、フランさんみたいな谷間はないですし~。下着だってスケスケじゃないです~」


「こいつはそんなこと気にしねえよ。いっつも剣技の鍛錬の最中、お前の胸やケツをチラチラ見ていたからな。まったくどこにそんな余裕があるのやら……。確かに胸を借りろとか押し倒してもいいとは言ったが、まさか本当にやるとは、こいつ、俺より大物かもしれんぞ!」


 ”ええ!”っとアデルの叫びに馬車の中が笑いに包まれる。

 アデルも図星なのか照れ笑いをする。

 仲間でしか味わえないこの気持ち。

 アデルの道の行き着く先は目の前を歩く糞達なのか。

 または別の道か。

 今のアデルには想像すらできなかったが、


『今この時を存分に楽しむのが冒険者』


 幌馬車の中でふと思ったこの言葉が、後に自分のすべてだと述懐する。

 そして懐かしむことすら楽しむのが自分だと……。     

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