不可説不可説転、シテマス(第一部 完)

 最後尾を行くフランのけったの後ろを、牛追い男姿のイタチがあとについて行く。


(アデル君、太古に衆生が描いた《曼荼羅まんだら》のように、この世界で貴方が何をなすのではなく、

『この世界のモノで、君を中心にこの輪廻をどう描くのか』

 この僕に見せて下さい。そして貴方の彩る曼荼羅に、この僕が描かれんことを……」


 やがて行列の先頭がなにやら騒がしくなり、そのざわめきは波となってフランの幌馬車の中へ、そして最後尾のイタチにもおしよせてきた。

 イタチは顔を上げ帽子のつばを上へとはじくと、思わず目を見開いた。


「はっ! あ~っはっはっはっは! これだから! これだからアデル君のそばにいると”退屈”しません!」

 イタチのマ神の顔が破顔し、やがて《無垢な少年の淡い微笑み》へと変化していった。


「なんじゃ、なにやら先頭が騒がしいが? とうとうやばいモノが図書館から飛び出してきて、大暴れでもしておるのか?」

 フランは幌馬車から顔を出し、おもわず感嘆の声を漏らした。

「ほほう……これはこれは見事なものじゃ!」


 他の者もフランに続いて幌馬車から顔を出す。

「な、なんじゃぁ~ありゃぁ~~?」

「うわぁ~すっご~い!」

 何は大声で叫び、エアリーは思わず口を押さえた。


「ねぇ↑さま↓、あれを」

「うん、今日の晩ご飯はあれで決まりだがね。向こうに着いたら《ちゃっとすぐ》《お勝手台所》の準備をせなかんね~」

 ゴル婆シル婆姉妹も、すぐさま夕食のメニューを決めた。


 つられてアデルもみんなの頭の上から顔を出す。

「えええぇぇぇ~~~~~!」

 叫び声をあげながらアデルが目にしたのは、古代図書館の入り口あたりから、雲を突き破らんと、いや天にまで届くほど丸々と太った赤玉キノコだった。


「ま、まさか、あの赤玉キノコって……?」

 アデルはドエリャア赤玉キノコに指を指しながら、確認するかようにフランに尋ねた。


「そうじゃ! お主の屍を回収した時に、共に”ぺちゃんこ”になっておった”あの”赤玉キノコじゃ! 正にお主の墓標じゃな。いつかお主に見せようと【姿消し】の魔法で隠しておったんじゃが、あそこまででかくなっては、もはや魔法では隠しきれなくなったみたいじゃな。しっかしさすがはドラゴンの糞。どんな”肥え”よりも作物がよく育つのぅ」


 フランの言葉はそこで終わったが、目はにやけながら

”人間はどうかのぅ”

とアデルに問いかけていた。

 そして糞の列に向かってフランの【ドエリャア拡声】の魔法が飛ぶ。


『フランじゃ! 糞共よ! そのままで聞けえぃ! ゴル婆シル婆からのお達しじゃ! 本日のディナーは目の前の赤玉キノコの特大ステーキじゃ! 一番功のあった者が、中心部の一番旨いところを独り占めじゃ!』


『うおぉぉぉぉぉ~~~~~~~~~!』

 糞達が奏でる咆吼が、本の山を震えさせ、ドエリャア赤玉キノコから胞子の雲を”ボフッ! ボフッ!”と噴出させた。

 

     ※

 菩提樹ピッパラの木の上で、二羽の小鳥のさえずりは続いていた。


『黒き鳥よ。かつて私は創造神に仇をなしてまで、神の写し子である奴ら《衆生》を憎んだ。だから私はこの世界の神に呼ばれし時、快く承諾し、奴らを私の炎で焼いた。

 やがて衆生らが”この世界の人間”達に”存在自体許せないモノ”として無残に殺されてゆくのを見ているうちに、これこそ貴方に教えて貰った《悪因苦果あくいんくか》と思い、私は奴らに手を下すのをやめた。だがそれでも貴方は衆生を集めるのを止めず、その御身を燃やしてまで醜く薄汚い”魂”を救うのか?』


『白き鳥よ。どんな美しい”器”だろうがそこから吐き出される《糞》は万物変わらず醜く、そしてひどい悪臭を放ちます。だがそれら糞を《肥だめ》に集め、《熟成》させた後、大地に撒けば生命の源となり、やがて美しき大輪の華を咲かせ、万物を魅了する香を発します。我が行っているのはそんな”ただの糞拾い”にすぎません』


『黒き鳥よ。私は創造神に逆らい大逆の罪を犯した身。もはや糞どころか、魂、肉体すべてが穢悪えあくに満ちた汚物と化している。だが例え芥子ケシ粒程度でもよい、今一度、私は華を咲かせることができるのだろうか?』


『できますとも白き鳥よ。さあ我と《一体》となって、共に《千と一つの肥だめ》で熟成されましょう。そしていつしか貴方の神から赦されるほどの、《三千大千世界さんぜんだいせんせかい》すべてを覆い尽くす《ドエリャアドエリャア不可説不可説転ふかせつふかせってん》もの華を、我と共に咲かせましょう!』


 ――第一部 完――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る