第二部

序章 お花見、シテマス。

ブツ、ブツ、シテマス

 ―― 前章より一年以上前 ――


 星の光、そしてある”モノ”が歩む音のみ存在する、暗闇に包まれた新月の世界。


最小短小極小粒さいしょうたんしょうごくこつぶ

    小悪小心超暇人こあくしょうじんちょうひまじん


 太古のある地方で使われた文字で彩られた奇天烈なマントを、ナゴミ帝国東部の地を走る風の精霊がもてあそぶ。

 所々が破れ、汚れ、糸がほつれているそのさまは、このマントの持ち主が長旅とそれに伴う困難をくぐり抜けたあかしとも言えよう。


 このマントの持ち主はつぶやく。

 まるで、やり場のない怒りを、その足の裏を使い土の精霊を踏みつぶすがごとく。

 まるで、今にも倒れそうな己の二本の脚に【歩行】という魔術で命じているかのように……。


『あと……十二体……《七千九百八十三万三千”六百”体》まで……あと……十二体』


 その姿は人に似せてはいる。しかし、その体を包み込む衣装は、この世のあらゆる色をちりばめたような、前衛的アバンギャルドな模様。

 過去、現在、そして未来、同じ模様を作ることはできるが、この模様の服を着る人はおそらく誰もいないと断言できる、この”モノ”にしか着こなせない衣服。


 その顔は人に似せてはいる。しかし、その声はすでに人ではない。

 恐怖という感情がわき起こるよりも早く、聞いた者の体を硬直させる、おどろおどろしい声。


 冒険者と呼ばれる者達からは、《イタチ》と呼ばれる”モノ”。

 ナゴミ帝国監査庁の者達からは、《メテヤ》と呼ばれる”モノ”。

 そして、ある特定の、人の雌の姿をした”モノ”達からは、


『引きこもりのクズ』

『小心者』

『針よりも細く小さく短い”槍”の持ち主』

さげすまされるのはまだましな方。  


『こいつ』

『あんた』

『おまえ』

と、代名詞の蔑称で、日々、その”モノ”にこき使われる”モノ”。 


 しかし、太古の者達からは

《”この世に存在できる姿”で最高の格とちから智慧ちえの持ち主》

と呼ばれ、

 かつて、《ぶっだ》と呼ばれたモノからは、《後継者》として名指しされた、この奇天烈なマントの持ち主。 


 輪廻りんねを超越し、そして輪廻をあやつるモノ。

 人の年月で表すと、数十億年後に、この世のすべてを救うと約束されたモノ。

 

 このモノが向かっている場所。

 人が作った国、ナゴミ帝国の東方部に位置するラハ村と呼ばれる集落。

 約一年後、このマントの持ち主の本当の名前が、黒い鎧をまとった騎士から、ある”ろくでなし”の耳に届けられる。


  《マ神》


 もちろんこれはあだ名、別称、略称である。

 そのモノのいみなを文字で表すと、


  《マイトレーヤ》


 太古の人から《みろく》と呼ばれ、そしてうやまわれた”モノ”である。


 マ神の歩みが止まる。

 人の時で十数年間、何度も立ち止まった場所。

 マ神の姿では、この先進むと己が消滅する”かもしれない”境界線。

 

 彼はマ神の姿そのままに、人へと変わる。

 それに伴い、つぶやきも変わる。

 今度は侮蔑と、憎しみと、それにともなう高揚に酔うかのごとく。

 後継者としてあるまじき、人の感情にとらわれたその姿。


 しかし彼はそれですら己の思いをしずめるのには物足りないとばかり、感情の赴くまま、その口から地獄の業火のごとき言葉を紡ぎ出す。


『エ~~ル~~ド~~ルゥ~~!』


 人の口から《白き鳥》、《真祖竜しんそりゅう》と呼ばれる”モノ”。

 彼が救うと決めた《衆生しゅじょう》を、己のゲ○で焼き尽くした”モノ”。


『ク~シ~ティ~ガ~ル~バァ~!』


 未だ人の眼に触れたことのない伝説の《黒き鳥》、《腐死鳥ふしちょう》と呼ばれる”モノ”。


 同じく彼が救うと決めた衆生を、

《《汚超腐神サハスラブジャ》の、

《千のわきがの風》と

《肥だめより臭い口臭》で焼き尽くす為、

 トンビのように横からかっさらい、せっせと天界へと運んだ”モノ”。


 やがて、彼のかなでは最高潮に達する。

 前者二つに対する感情を足してもなお上回る。


 彼が憎む黒き鳥を、あろうことか”食べちゃった”人のおすの赤子。

 それ以来、彼の全身全霊は、その赤子に対して向けられていた。


 彼は叫ぶ。

 世界も、次元も、輪廻すら超越した咆吼ほうこうを。

 太古の人間より《ドエリャアでかいいた》と呼ばれた

 この世の開闢かいびゃくに匹敵する爆発。

 今では少年に成長した、その赤子の名を彼は叫ぶ。


『ア~~~デ~~~ルゥ~~~!』


 後の世、白き鳥が黒き鳥に取り込まれたいが為、太古より溜め込んだ


  《竜の糞Dragon Dung


をその身に向かって放たれ、”ぺしゃんこ”になっちゃった少年の名である。

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