深淵の吸引、シテマス

「長かった……人の時からすれば十数年だが……長かった。黒き鳥よ! われが放つ《マ物》をあと十二体取り込むがいい! さすれば貴様はその身を焼き尽くす為、天へと飛び立つだろう!」


 彼はその薬指を伸ばし、地平線の彼方にあるラハ村を貫く。


「その時こそ! 貴様をおしまいだぁ! 我が積年の恨み辛みを、自らの体で存分に味わうがいい! うわっはっはっはっは!」


 しかし彼は、先ほどの威勢はどこへやら、尋ねるように若干前屈みになる。


「……飛び立つ……よね?」


 彼は咳払いを一つすると再び背筋を伸ばし、今度は太古の人から《悪魔》と呼ばれた《天遣てんし》の妖しく歪んだ笑みをラハ村へと向けた。


「まあよい。飛び立とうがどうなろうが、これですべてが終わる……さすれば我は再び、数十億年の惰眠をむさぼることができるのだぁ! あ~はっはっはっは!」


 彼は両手両腕を天へと広げ、頭上の空間に《肥だめ》を出現させる。

 五感をふさぎたくなるような渦と色と臭気を放ちながら、まるで下腹部を包み込む”おしめ”に向かって放たれた”ショ○ベン”のように徐々にその姿を拡大していった。


「さぁ! 準備は整った! 黒き鳥よ! が”最期”の贈り物をありがたく取り込むがいい! ……んんっ!?」


 彼の中に違和感の種がまかれ、やがてそれは芽を出し葉を茂らせる。

 いや、ラハ村に向かっていた時から気づいていたかもしれない。

 人が己の過ちをすぐさま認めないように、彼もまた、違和感の種を今の今まで気づかないフリをしていた。


「まさか……そんな……いない! 白き鳥も……アデルくぅ~んも」

 

 十数年間、両親と共に暮らしていたアデルと言う名の少年。

 そして、天を貫くような”ドエリャアドエリャア巨大な体”を人だけでなく、この世のものから隠し、そばに寄り添うように見守っていた白き鳥、真祖竜エルドル。


 彼はゆっくりと空を”歩み”、上空からラハ村へ眼と意識を向ける。

 最初に”イタチ”がつぶやく。

「すでにさ、マ物を取り込んでさ、天へと飛び立ったのさ? ……いんや、それなら”僕が”感知するさ……」


 続いて”メテヤ”がつぶやく。

「どこかへ移住した? いや、両親はいる。今までアデルくぅ~んがエダ村やヤゴの街へ行く時でさえ、白き鳥はラハ村から動かなかった。流行病はやりやまいか? もしそうならラハ村一帯が無事では済まない」


 最期に”マイトレーヤ”がつぶやく

「天遣共が襲来したか? いや、ならばナゴミ帝国どころかアイシール地方そのものが蒸発している。……ではどこに?」


 順に三つの姿、そして三つの”意”に変化へんげしても結論のでなかった彼は、目の前に一枚の長い布を出現させた。

 それは”偶然にも”、ラハ村から飛んできて、彼の手の平の上に飛来した布。

 彼は体中の風を吐き出し、その布を鼻に当てると、その布越しに周辺の風を一気に吸い込んだ。


”ズオォォォォォォ!”


『あらゆるモノを受け入れる”究極の受け”』

と、太古の貴腐人の口々から奏でられた、漆黒の宇宙に存在する深淵ぶらっくほうるのような吸引音が地鳴りのように辺り一帯に轟く。


 彼の顔は落ち着きを取り戻し、その唇から淡い笑みが漏れる。

「……フゥ。やはり十数年熟成させたアデルくぅ~んの”おしめ”の芳醇ほうじゅんな香りは格別ですね。……おっと、余韻に浸っている場合ではありません」

 彼の鼻はおしめの持ち主の匂い探す為、イヌのように辺り一帯の匂いをかぐ。


「西……?」

 彼の体は、奇天烈な衣服とマントをなびかせながら、匂いの出所でどころへ向けて"空を歩く"。

 それはまるで、人から見れば【飛翔ひしょう】の魔法を唱えたかのように。


 徐々に強くなる匂いは、彼にある場所と建物の名をつぶやかせた。

「ヤゴの街……冒険者学園!」

 彼は空の歩みを止め、顔に手を当て大笑たいしょうをまき散らす。

「あ~はっはっは! これはこれはしてやられました! そういえば冒険者学園に入学したいとアデルくぅ~んはおっしゃていましたね。いやはや、これは失念!」


 彼は三度みたび、妖しい笑みを浮かべる。

「ですが、これはむしろ僥倖ぎょうこう! 我が根城にしているヤゴの街ならば、アデルくぅ~んを如何様いかようにもできます。たとえ《根暗婆ねくらばばあ》や《貴腐人きふじん》。そして《露出狂ろしゅつきょう》が邪魔しようが、恐るるに足らず。あ~はっはっはっは!」


 再びヤゴの街へ空の歩みを再会する彼の右側から気配を、北側から感触を、そして本の山から突き刺さる、

 白き鳥が持つ《大逆たいぎゃくざい》。

 ”のモノ”のいみなは……

 《明けの明星》、

 《いにしえの竜》。

 そして、《神殺しの罪》!

 さらに、太古の人が《分割絵画まんが》、《活動木偶絵巻あにめいしょん》の中で、ごくあたりまえに眼に入り、耳に届き、口から紡ぎ出した言葉。


  《さたあぁ~ん》

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