空中戦! シテマス!

「くぅ~! やっぱり”どべ(最後)”は重い~! ……もうだめ! これを小隊長にぃ~」

 最後尾のデリアはカタリーナからもらった魔力ポーションの小瓶を、【浮遊】の魔術で前のロザリに飛ばす。 

「了解した! いくぜー!」


”ゴウゥー!”


 ロザリの飛行杖から勢いよく魔力の風が吹き出すと、その勢いでデリアの飛行杖が切り離された。

「いやっほ~!」

 ロザリは盛大なかけ声を挙げるが、その勢いは長くは続かなかった。

「くぅ~やっぱり一戦交えた後はきついわ~! どこまでつか~。……って、もうだめだ! リエル~! あとこれを~!」

 デリアと同じように、ロザリは二つの魔力ポーションの小瓶を【浮遊】の術で前のリエルに向けて飛ばす。

「了解した! ……ってこれって? ……よっしゃぁ! 燃えてきたぁ!」


”ドオォーーン!”


 デリアとロザリ以上の風が、リエルの飛行杖の推進口から噴き出される。

 前方を見据えたまま、ビアンカからリエルに向けて声が飛ばされる。

「リエル! 先回りの為、進路変更するぞ! 十二時半、いや、一時の方向だ!」

「了解! 小隊長殿!」

「ゆっくり行くぞ! 三……二……一……今だ!」


”ゴオゥーー!”


 リエルの推進口がゆっくりとわずかに右を向き、同時に二人の風のマントの右側上下がゆっくりと、ほんのわずか開かれる。

「くぅっ! 風のマント……飛行杖がつかぁ!?」

 たとえわずかな角度といえども、超高速での進路変更の為、風のマントと飛行杖が今にも破壊されそうなきしみ音を鳴らしていた。

「よし! 戻すぞ! 三……二……一……今だ!」

 ゆっくりと戻される推進口と風のマント。


「リエル! 少し遅れている! 飛ばせれるか!?」

「了解! この時の為にとっておいたんだ! ……いっけぇーー!」


”ドゴオォォーーン!!”


 リエルが手持ちの最後の魔力ポーションを口に含むと、推進口から勢いよく魔力の風が吹き出し、二つの飛行杖はさらに加速した。

「よおし! いいぞ!」


”バキィッ!”


「ど、どうした! リエル!」

 突如、後ろから聞こえた異音に、前を向いたままリエルに問うビアンカ。

「……なんでもない! 風のマントがイカレちまった! ……どうせあたしは戦闘には参加しないから、むしろ軽くなってちょうどいいぜ!」

「怪我はないか!?」

「……ピンピンしているぜ! ちゃんと前を向いていろよ!」


 やがて空を貫く鳥のゴーレムの頭部が、ビアンカの視界に収まった。

「追いついた! リエル! 後は任せろ!」

「……了解……餞別せんべつだ……受けとんな」

 【浮遊】の粒子に包まれた三つの魔力ポーションの小瓶が、ビアンカの体の前に飛ばされる。 

 そして、三つの蒼い瓶の表面は、深紅しんくしずくで彩られていた……。


「……なんだよこれ? 冗談だろ? ……リエルゥー!」

 慌ててビアンカが振り向くと、そこには親指を立てたリエルが、ひたいを深紅に染めてにやけていた。

”ガコン!”

 ビアンカが振り向いた揺れで連結が外れ、リエルの杖はゆっくりと後ろへ流されていく。


「パーティーに遅れるなよ……小隊長……殿」    


 風の精霊に弄ばれ破壊される飛行杖と、崖から転がり落ちるように後ろへ飛ばされるリエルの体。


『ア……アアアアァァァァ!』

”ドゴオオォォォーーーンン!” 


 ビアンカの咆吼と同時に、飛行杖の推進口から空に轟く絶叫が奏でられる。


 魔物の陣ではイタチが寝そべりながら、罰当たりぃから映し出される景色を眺めていた。

「これはなかなか使えますね。使い魔よりも行動範囲が広いですし、小さい鳥や小動物のゴーレムに組み込めばうら若き女性の着替えやお風呂を……いやいや、”監査官の犬”として不正の現場を押さえることも出来そうですね……」 


”ガン!””ゴン!”ギン!””ドン!”


 突如、異音とともに罰当たりぃの画面が上下左右に揺れる。

「な、なんだぁ?」


「おちろ! 落ちろ! ちろ! ちろ! ヲチロ!」

 飛行する鳥のゴーレムの頭部に向かって、ビアンカは飛行杖の先端から【風のくさび】を撃ちまくる!

「まだまだぁ! 【魔風弾】!」

 さらに右手の平を向けると、【魔風弾】も一緒に放った!

 【風のくさび】と【魔風弾】によって、頭部の装甲が徐々にはがれていく。


『馬鹿な! いみなのモノでない風の部隊が、この速さについてこれるなんて!』

 イタチはすぐさま罰当たりぃを操作し、頭部を急上昇させる。

「逃がすかぁ!」

 飛行杖のあぶみと風のマントを操作したビアンカは、自身も急上昇しながらなおも【風のくさび】を撃ちまくっていた。


『ええぃ! 鬱陶うっとうしいぃ!』

 ゴーレムの頭部は、上昇しながら魔追弾をビアンカに向けて放つ。

「同じ手を何度も喰うか!」

 ビアンカは驚異の集中力で、飛来するいくつもの魔追弾へ向けて一発ずつ【魔風弾】を放ち、的確に撃ち落とす。


 今度は、急降下するゴーレムの頭部。

 ビアンカは飛行杖の推進を止め、風のマントのみで華麗に空中でUターンすると、推進口を天に向け、魔力の風を吹き出しながら勢いよく降下する。

「デリア! ロザリ! あたいに力を貸してくれ!」

 魔力ポーションの小瓶を二つ口に含んだビアンカは、降下しながらさらに加速し、【風のくさび】をゴーレムの頭部に向かってなおも撃ち込んだ!


 さらに今度は、地面ギリギリで急上昇するゴーレムの頭部。

「なめるなぁ!」

 ビアンカは再び風のマントのみでUターンすると、地面に向けた推進口から勢いよく魔力の風を吹き出し、ゴーレムの頭部を追尾する。

『お、おのれぇ~! ひよっこごときがぁ~』

 水平飛行に移ったゴーレムの頭部は、ジグザグに飛行するが、ビアンカはその後ろをピッタリとマークし、【風のくさび】や【魔風弾】を撃ち込んでいた。


『な、なんだこいつは! 風の部隊にこんな奴がいたのか?』

「あたいだけじゃねぇ! 四人の力が合わさった、今の”あたい達”は無敵さ!」

 ゴーレムの頭部も、度重なるビアンカからの攻撃に徐々にスピードが落ちていった。


「リエル! 一緒にとどめを刺そうぜ!」

 残った二つの小瓶を口に含むと、両手のひらをゴーレムの頭部へと向ける。

「【風のくさび】と【魔風弾】の三重奏トリオだぜ!」


”ドドドン!””ドドン!”ドドド!”


 飛行杖からの【風のくさび】、そしてビアンカの両の手から放たれる【魔風弾】はゴーレムの頭部を直撃し、装甲の破片を撒き散らしながらさらにスピードが落ちていった。

 ビアンカはより頭部に近づき、とどめを刺そうとするが!


『……馬鹿め』

「えっ!?」

”ボォン!”


 爆発音とともに頭部の装甲がぜ、いくつかの大きな破片がビアンカを襲う。

「くっ! くそぉ!」

 ”ドン!””ドド!””ドドン!”

 【風のくさび】と【魔風弾】で破片を撃ち落とそうとするが……。


”ゴゴン!”


 いくつかの破片がビアンカの体を直撃した。 

(そういやぁ……みんなで魔追槍を放った時……こいつ、鎧を着てたっけなぁ……頭に鎧があっても……おかしく……ねぇや)

 風のマントが砕け、飛行杖はへし折れ、ゴーレムの装甲とともにビアンカの体は宙を舞う。


(ざまぁ……ねぇや)

 魔力も生命力も使い果たし、風にもてあそばれるビアンカ。

 天と地が交互に移り変わる景色も、すべての絵の具が混ぜられた灰色の景色へと移り変わる。

 そして、手、腕、足、脚と己が認識していた部位も感覚がなくなり、心臓ですらその活動を止めようとしていた。

 墜落という死神が地面に口を開け、ビアンカを飲み込もうとしたところ、不意に暖かい何かで包まれる感触と、空を一直線に昇る浮遊感で目が覚める。


『……お体に触れる無礼をお許しください。ビアンカ様』


「えっ!」

 まぶたを開き瞳に映っているのは、つい最近、見たことのある男の顔。

「……だ、だ……れ?」

 肉体も魂も振り回され、すべてが混乱しているビアンカに向かって、愛を紡ぎ出す歌劇の男優のように、優しく、そして力強い旋律が男の唇から奏でられる。


『申し遅れました。わたくし、はやぶさの団に名を連ねる、ゲンポウと申します』

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