いけめん、シテマス

 前の見えないゴーグル、《罰当たりぃ》を被ったイタチは、軽く息を漏らした。

「やれやれ、ちょっと驚かされましたが、所詮しょせんはひよっこ。私どころかこのゴーレムの敵ではなかったみたいですね」


 気が抜けたイタチの体から、今度は軽いあくびがこみ上げてくる。

「どうせ東の園に近づけばいやでもはやぶさの団が迎撃に来ますから、それまでちょっと休ませてもらいますか……」

 イタチは寝転がると、すぐさま寝息をかなで始めた。 


「ゲンポウ……さん?」

 ゲンポウに抱きしめられ、未だ混乱しているビアンカであったが、助けてくれた礼より先に、仲間の名前が思い浮かぶ。


「デリア! ロザリ! リ、リエルは!」

 体中の力を振り絞り、肺の空気をすべて吐き出し、ビアンカはゲンポウに向かって仲間の安否を尋ねた。


「ご安心下さい。私の部下が皆様を救出いたしました」

「は……はは」

 一気に力が抜け、その体をゲンポウの腕の中へ預けるビアンカであったが、再び体に緊張の矢が貫いた。


「ゴ! ゴーレムの頭が! ヤゴの街へ! 早く!」

 切羽詰まったビアンカを安心させるように、ゲンポウは

「そちらもご安心下さい。我が同僚のカラカラが迎撃のにんいております。ご覧になりますか? あそこです」

 ゲンポウが顔を向けた先、それは太陽。

 そしてその横に立つカラカラとイケメン部下達。


「カラカラ! ビアンカ様は救出した。後は任せる」

『あいよ! っておまえ! どさくさに紛れてなにビアンカちゃんに触っているんだよ!』

 【飛声】の術でカラカラの声がゲンポウ、そしてビアンカの耳に届けられる。

 それを聞いたビアンカは初めて、ゲンポウに”お姫様だっこプリンセスハグ”されていることに気がつき、軽く動揺する。


「無駄口は叩くな! ゴーレムの頭部がそちらへ行った。魔術では効果が薄いから【疾風しっぷうけん】を使え!」

『おめぇに言われなくてもわかっているよ! それじゃいくぜ!』


「ゲンポウ……さん。あ、あんな高いところから、カラカラさんはどうやって攻撃を?」

 いつの間にかビアンカの口調もざっくばらんなしゃべり方から、借りてきた猫のように、一人の乙女の口調に変わっていた。


「はい。我が隼の団の戦法の一つ。飛行魔物に対してより高高度からの攻撃、その名を、

【疾風の剣】。

どうぞご覧下さい」


 腕を広げたカラカラの体が、まるで糸の切れた操り人形のように、体をひねりながら落ちていく……。

 そして部下達も、全く同じ、きりもみの軌跡を描きながら落ちていった。


 が! その落下速度はまるで夜空を駆ける一筋ひとすじの流星!

 そして、カラカラの飛翔の先には、風の部隊を追い払って油断しているのか、”へろへろ”とゴーレムの頭部が飛んでいた。


「は、速い!」

「落下速度、【デラ飛翔】、そして、鍛え上げられた腕から繰り出す【かまいたち】。この三つの速度が一つになった時に放たれる【疾風の剣】は……」


「そおりゃあ!」

 接敵する瞬間! カラカラの腕から幾重にも繰り出されるかまいたちが、ゴーレムの頭部に直撃する!


”ドガガガガガガン!”


「……ワイバーンの翼や胴体すら切り刻みます!」


”ドガン!””バガガン!””ズガン!”


 カラカラの部下達も【疾風の剣】を放ち、ゴーレムの頭部に攻撃をかける。

「な! なんだぁ!」

 慌てて飛び起きたイタチは、すぐさまゴーレムの周辺を確認します。


「アレは……隼の団のカラカラ! いつの間に! てっきり東の園の手前で迎撃に来ると思ったが……。いやまて、ここで奴らをやり過ごせば、逆にヤゴの街への襲撃がやりやすくなる!」


 攻撃の終わったカラカラとイケメン部下達は左右に分かれると弧を描きながら上昇し、今度は八の字に交差しながらゴーレムの頭部に向かって【疾風の剣】を放つ!


”ドガン!””ガン!””ズドン!”


 空に轟く衝撃と共に、ゴーレムの装甲も宙へと舞う!


”ボン!”ボン!”ボン!””ボン!”


 ゴーレムの頭部から、魔追弾がカラカラの部隊へ一斉に放たれるが、


「さぁ君達! 舞台の幕開けだぜ! 本日のお客様は風の部隊のビアンカちゃんだ!」

『いやっほぅ~!』


 カラカラの合図と共に、イケメン部下達は一斉に雄叫びを上げ、華麗に宙を舞い踊りながら、魔追弾を難なくかわす。

 さらに、カラカラとイケメン部下達はメビウスの輪のような軌跡を描きながらゴーレムの頭部を取り囲み、、次々と【疾風の剣】を放つ!


「す、すごい!」

 しかし、なにかを感じたビアンカは、すぐさま大声で注意する!

「気をつけて! コイツは何重もの装甲をまとっています! そのうち装甲を吹き飛ばして脱皮します!」

「本当ですか! カラカラ! ゴーレムの装甲に注意しろ!」

「なにっ!」


『遅いですね』

”ボン!” 


 イタチの顔が妖しくにやけた次の瞬間、ゴーレムの装甲が再び弾け飛び、破片がカラカラの部隊を襲う。


「くそっ! 味なまねを!」

 一瞬の隙を突き、ゴーレムの頭部は全速力でカラカラの部隊の空域から離脱した。


『カラカラ! 深追いするな! 風の部隊の護衛にまわるぞ!』

「おっと! 忘れてた。こっちが本命だったな。さぁ君達、栄誉あるお姫様の護衛の任に向かおうぜ!」

「「「ヤァー!」」」


「♪~♪」

 鼻歌を歌いながらゴーレムを操縦するイタチ。

「どうやら巻いたみたいですね。カラカラ、ゲンポウの部隊がいなければもう怖いモノはなし。さすがにイヌワシやハヤブサ、白燕しろつばめの団は出てこないでしょうから、このままヤゴの街まで一気に行きましょう」


 東の園の手前で右にカーブし、ゴーレムの頭部は一路南へ、ヤゴの街へ向かうが、その進路上の森の上には多くの”百合の花”が咲いていた。


 森の中で一番高い木の上に立つ”白百合”。

 男性冒険者の中ではハヤブサとゲンポウとしか【飛声】の術を許さない、白百合しらゆりの団の団長、オトメが、ゲンポウからの【飛声】を受けていた。


『オトメ様。ゴーレムの頭部がそちらへ向かいました。あとはよろしくお願いいたします』

「ゲンポウさん。風の部隊の皆様方は?」


『ご安心を。私とカラカラの部隊が責任を持って護衛の任に就いております』

「そう、ご苦労様でした。以上で【飛声】を終了します」

『は! ご武運を』


 オトメが耳から手を離し、今度は部下に命令する。

『まもなくゴーレムがこちらへ向かってきます! 風の部隊の皆様、そしてカラカラの隊をもやり過ごした手練てだれ。決してあなどってはいけません!」

「「「はっ!」」」


 そしてオトメは、体中から純白の魔力をたぎらせながら、攻撃開始の口上こうじょうを述べる。


『さぁ乙女達よ! 可憐かれんに”華”を咲かせましょう!』

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死シテ屍(しかばね)拾いマス ―竜の糞にぺちゃんこにされた少年― 宇枝一夫 @kazuoueda

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