初めてのお使い、シテマス

 二人は昨夜と同じように建物を背に広場に座り込んでいた。 

「どうする? 今から犬鷲のところへ怒鳴り込むか? あんな”をたんちん”クエスト作りやがって! とかいってよ~」

 

 放心状態のアデルに向かって、ナインはフランから聞いたドラゴンの糞の匂いのことを説明していた。

 日は高く昇り春の陽気が二人の体を暖めているが、落ち込むアデルの心は冷たいままだった。


「そう気をおとすな。確かに笑ったのは悪かったし、こうして謝っているからよ」

「でもフランさんのおっしゃったとおりです。地図を買わなかった僕が悪いですし、イヌワシさんもクエストは己の技量を考えて、できなければ引き直せとおっしゃっていました。

 たぶん僕のクエストが正にそれだと思います。今思えば,僕以外誰もいませんでしたから、みんな引き直したと思います……」


「まぁ……おまえがそう言うのならな」

「もしフランさんと契約していなければ、今でも僕は本の山でドラゴンのうんこの下敷きのままだったでしょう。

 琥珀のように僕の死体がうんこに閉じ込められ、そのうち発掘され、魔導研究所でさらし者になっていたかもしれません。そう思えば今、生きているだけで十分です。……ただ」


「ただ? ……なんだ?」

「せっかく冒険者になったんだから、一度くらい依頼を受けて達成したかったなぁ……と思って……ははっ……」


 アデルは笑いながら顔を上げ、空を見つめながらそう呟いた。作り笑いなのか、その顔はどう見てもぎこちなかった。


「そうか……よし! わかった! 冒険者同士、ここで会ったも何かの縁だ。俺からおまえに依頼するわ」

「え?」

 意外な言葉を聞き、アデルはナインの顔をまじまじと見つめ直した。

 

     ※ 

 商店街を走り抜けているアデルは、ナインに言われた依頼内容を忘れないよう、何回も何回も頭の中で繰り返していた。


『いいか、商店街の奥に《ボーア鍛冶屋》ってところがある。そこに俺が頼んだ剣がある。ドワーフのおっさんがいる鍛冶屋だから、まぁ間違えねぇだろ。

 そいつを取りに行ってくれ。《デラ》いや《ドエリャア》色男のナインの剣といえばわかるさ』

 

 ――デラとは冒険者用語の”すごい””上等””レア”という意味である。

 武器、防具、アイテム、魔法のレベルを表すのに使われ、例えば武器の場合はショートソード・デラ一(または単にデラ)という具合に末尾につけられ、魔法の場合は【デラ爆炎】と言う具合に先頭につけられる。

 さらに上等、強力だとデラ二、デラ三と数字が増えていく。


 そして最上級を表すドエリャアのつく品、魔法はまさしく”ものすごい””超レア””究極”といわれ、冒険者なら一度は手にしたい一品、魔術師なら唱えてみたい魔法である――。


「こんにちわ~」

 鍛冶屋の看板を目印に店内を入っていくと、壁にはまだ刃を入れていないいろいろな大きさの剣や、まだ板金していないただ鉄の板だけの盾がつり下げられていた。


「すごいや……」

 鉄とさび止めの油の匂いに酔いそうになるアデルの耳に

「誰ぞい?」

 赤髪に赤髭のドワーフの重い声が、アデルの耳に響いた。


「あの~ナインさん、いや『でーらーいろおとこのないん』さんの剣を取りに来ました」

「なんじゃ? おまえあのろくでなしの使いぞい? こりゃまた珍しいぞい。ん? ぬしは冒険者か? ならナインとなんか縁を切れ。お主の為ぞい」


(そういえばフランさんの口調ってドワーフに似ているな……)

「まぁよい。ちょっとまっとれ、今出すぞい」

 奥から剣を取り出すとアデルの前に歩みよるが、ボーアは剣ではなく自分の手のひらをアデルに差し出した。

「二十ダガネぞい」


「あ! いっけね~金を渡すの忘れてた。でもあいつ一文無しだからどうせすぐ戻ってくるだろうし、あ~あ、あとでボーアの爺に嫌み言われるな……」

 毛布の上で寝転がりながら不意に思い出したようにナインは呟いた。


「ハァッ! ハァッ! 遅れてすいません」

 息を切らしたアデルが剣を両腕に抱えて戻ってきた。

「これで……ハァッ……いいですか」

 アデルは寝転がっているナインの上に剣を差し出した


「お、おう」

「すいません、ちょっと時間がかかっちゃって」

「い、いやいいけどよ……」

 起き上がり剣を受け取るナイン、その剣を柄をつかみ、ゆっくりと剣を抜いた。


「うん、こんなもんか」

 その剣の刃はつぶしてあり、先端もとがってはおらず、逆Uの字になっていた。

「変わった剣ですね」


「ああ、ちょっとな……。っておまえ金はどうした? 一文無しじゃなかったのか?」

「実は僕のパンツに両親が十ダガネ金貨を二枚縫い付けてくれまして、それを取り出すのに時間がかかっちゃって。パンツの中をゴソゴソしてたからボーアさんでしたっけ、変な目で見られましたけど、ははは」


「うん、そ、そうか、ありがとな」

「では今までありがとうございました。じゃあ僕はこれで……」


「ん、ちょっと待て! これで、ってどういうことだ?」

「ラハ村へ帰ります。パンツのお金を使い果たしたらラハ村へ帰ろうと決めてました。案の定、僕は冒険者に向いてなかったみたいです。

 あの、短い間でしたけどいろいろお世話してくれてありがとうございました。あ、冒険者ってさよならは言わないんでしたっけ?


『またどこかで会おう!』


……だったかな? ははは」

 その顔はなにもかも吹っ切れており、怖いくらいにさわやかな笑顔だった。


「ちょっ、ちょっと待ったああぁぁ!」

 ラハ村へ続く東の街道の門へ、今にも歩こうとしたアデルの背中をナインは呼び止めた。

「え? どうかしましたか? 何か忘れ物でも?」


「い、いや……あのな……むむむ……あ~~~~も~~~う!」

 ナインは髪の毛をぐしゃぐしゃにかきむしりながら、

「おい! いいからそこへ座れ!」

「はい……」

 ナインは、自分があげたボロボロの毛布の上にアデルを座らせると、腰の娑婆袋に手を突っ込んだ。


「どこら辺かな……。お、あった! よし【吸着】」

 ナインが小声で詠唱すると、袋の中から蒼い光が一瞬漏れるのがアデルの目に入った。

「おい、シャツのその……裾を両手で持って広げな」

「……こうですか」


 アデルがシャツの裾を広げると、袋から手を抜いたナインの手にはダガネ銀貨や金貨が互いにくっつき、まるで赤玉キノコのようなボールとなって出てきた。


「ほれ、必要経費と報酬だ」

 ナインが手を離すとダガネ貨幣達はバラバラになり、ドスッと音を立てアデルのシャツの上へと散らばった。


「うわぁ!」

「静かにしろ……すぐ隠しとけ。どこでその金を狙おうとする奴がいるかわからんからな。……っておまえ財布すらないんだったな。

 よし、俺のお古だけどこれやるわ」


 再び自分の袋に手を突っ込むと、ナインの握り拳大ぐらいの大きさの巾着袋が出てきた。


「使い方はわかるわな。こいつは大型のリュック以上の量は入るし重さもそんなに気にならねぇ。冒険者にとって最低限必要なアイテムは、まぁこれ一袋でだいたい収まるな」


 突然空からお金が降ってきたような顔をしながら、アデルは慌ててシャツの上のダガネを、その小さい巾着袋の中に一生懸命詰め込んでいた。


「そういえば聞きてぇんだが、本当に、本の山で魔物に出会わなかったのか?」

 一生懸命お金を袋に詰めているアデルに、ナインは改めて尋ねた。

「はい、魔物どころか監視の団員さんもいませんでした。でも影で見張っていたかもしれませんでしたけど」


「学園にいた時、野営の課外授業があっただろ? その時は魔物に出会ったか?」

「ほかのエリアの班は出会ったみたいですね。僕のエリアの班は見かけませんでしたが?」


「おまえ、ラハ村にいた時、近辺で魔物に出会ったことあるか?」

「あ!」

「ん? なんか、思い当たることがあるのか?」


「い、いや、実は……僕、孤児なんです。ラハ村の前に捨てられてたのを今の両親が拾ってくれて、子供がいないからかわいがってくれたんです」


「……そうだったのか」

「両親が言うには昔は一,二年に一回ぐらい、新月のあたりになると、ラハ村や隣のエダ村周辺でちょっとした魔物の襲撃があったみたいで……」


「それで?」

「だから毎月、新月の時はヤゴの街から冒険者さんたちや、ラハ村の東にある《ハリの砦》からは兵隊さんが討伐に来てて、その時、村のみんなは討伐されるまで地下室にこもってたみたいなんです」


 何か記憶の底を探るように、ナインは無言になった。


「たまたまかもしれないですけど、なぜか僕が拾われてからそう言った魔物の襲撃がぴたっとやんだんです。

 でもハリの砦の近辺では何体か魔物を見かけたみたいですが、以前みたいな襲撃はなくなったみたいで。

 だからラハ村のみならず隣のエダ村の人も、僕をかわいがってくれました」


 思いがけない臨時収入が入ったおかげか、アデルはホームシックにならず、懐かしそうに自分の過去を話した。


「実は、僕が冒険者になった理由の一つに、本当の両親を見つけたいってのがあるんです。もっともこれは、両親を説得する為の建前でしたけど……へへ。

 本当の理由は、隣のエダ村にいる元冒険者のおじさんから、いろいろな冒険話を聞いたからなんですけどね」


 時折笑顔を見せるアデルの話を、神妙な顔でナインは聞いていた。


「……ん、ああわかった。すまねえな、昔のこと話させちまって……」

「いいですよ。でも学園にいた時たまに思っていたんです。


『僕がラハ村からいなくなったら、そのうちまた、魔物が襲撃してくるかも』


なんて、ははは!」

 

 その日の夜、冒険者組合の食堂で《旅立ちの定食》を食べているアデルの前にふらっとナインが現れた。”昔話の礼”と言い、多めの代金を置いて夜の街へと消えていった。


 ナインが寝床に戻ると、アデルはすでに毛布にくるんで眠っていた。

 ナインからの臨時収入と腹のふくれからか、その寝顔は、昨日よりもだいぶ穏やかになっていた。


「新月に街や村に魔物の襲撃はよくある……一,二年に一回もまぁよくあるといえる」

 酒瓶を口に含むたび、アデルに聞こえない呟きを発した。


「ラハ村に拾われてからは襲撃はなし」


「野営授業、レベル十プラスの危険エリアに入っても魔物と出あわなかった」


「……でもドラゴンの糞に押しつぶされて死んだけどな」

 自分の呟きを自分で苦笑するナイン。


「しかしあまりにもできすぎだ! いや、フランの言葉で言えば”出鱈目!”か? やっぱりこいつはぁ……」


 ナインはアデルの寝顔をもう一度見ると、酒瓶をめいいっぱい傾け、最後の滴を喉に落とした。


『《ギフテッド》の能力の一つ、《魔物除けアンチ・エンカウンター》か?」

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