第四章 お仕事、シテマス

カンカン! シテマス

 一週間以上が過ぎ、アデルは節約する為、中古でもいいからとあちこちの店を回り、少しずつ冒険者用の装備やアイテムを買いそろえていった。


 ついでに何か仕事はないかと探していたが、旅団に入った新米冒険者達が自分の食い扶持は自分と稼げといわれているのか、めぼしい仕事はすでに埋まっておりなかなか見つからなかった。


 アデルが寝泊まりしている街の広場。

 そこにいる路上生活者達は、ただ寝ているたけではなかった。

 

 街の内外から彼らに仕事を頼みたい人間が現れ、交渉が成立した者は、まるで冒険者のように依頼者について行き、街の中や外へと消えていった。

 

 ナインも便利屋みたいなことをしているのか、いろいろな人間が仕事の手伝いを頼んできた。

 時には断り、時にはついて行き、明け方まで姿を見せなかったこともあった。


「ねぐらはそのままでいいんですか?」

 出かけるナインに、あわててアデルが尋ねる。

「俺のねぐらを盗ろうとしたのはおまえだけだよ」

と、にやけた笑いを見せ。ねぐらをそのままに依頼者の後をついて行った。


 ナインに仕事を頼む者の中に、以前、剣を取りに行った鍛冶屋のボーアもいた。

 ナインが不在の為、アデルに話しかける。

「なんじゃお前、まだあのろくでなしとつるんでおるぞい。まぁよい、どうせ暇ぞい? 手伝うぞい。急ぎの仕事が入ったからの。全く、最近の若いモンは……」

「え? あ? ちょっと!」

 ボーアは有無をいわさずアデルの手をつかむと、自分の工房へと引きずっていった。


「火力が足りんぞ! もっとふいごを吹け! 腕じゃない! 胸と背中を使うんじゃ!」


「何をしておる! とっとと水をくんでこんか! 井戸じゃない、噴水じゃ! 清めた水だ! 貴様ぁ、儂の打った剣を何じゃと思っとる!」


「馬鹿者! せっかく汲んできた水を道中こぼしてどうする! お前は、あのろくでなしみたいに昼間から酔っ払っておるのか!」


「薪も割れんくせに魔物を倒すじゃと! 学園は何を教えとるんじゃ!」


「コークスを持ってこいと! それは石炭! 違いもわからんのか! をたんちんめ!」


「腕だけでハンマーを叩くな! 足の裏からハンマーの先まで順番に力を入れるんじゃ!」


「どこを叩いとる! 畑を耕しておるんじゃないんじゃぞ! 儂が教えた場所も見えんのか!」


愛嬌のある語尾が消えたボーアの怒号、罵声が湯気と熱気に満たされた鍛冶屋の工房に響き渡り、アデルはただ黙々と、ボーアから怒鳴られたことを一つ一つこなしていった。


 小さい窓から差し込む夕日が、工房の壁に掛かっている火星教団の聖印を照らしている。


 カラカラの干し肉状態になり、工房の地面に大の字に倒れているアデルに向かって、ボーアが木のコップを差し出した。

 火にかけた干し肉が反り返るように、アデルはなんとか起き上がりコップをつかみ取ると、中の液体を口に含んだ。


「ありがとう、ございます……ぐぇ! しょっぱ!」

「カッカッカ! 《守りの山脈》の恵みが詰まった岩塩水ぞい! 人間では濃すぎるからだいぶ薄めたんじゃが、まだまだぞい?」

 

 ――守りの山脈とはナゴミ帝国の北東にあり、蛮族や魔物の侵入を防ぐことからそう呼ばれている。

 豊富な天然資源がある為、古くからドワーフが住み着き、一大国家とも言える集落を形成していた。

 そこで一人前の鍛冶屋となったドワーフが己の技量を試そうと、ナゴミ帝国のみならずアイシール地方の各地へと旅立っていった――。

 

 ボーアは口を開けコップを傾けると、岩塩水はまるで滝のように喉の奥へと吸い込まれていった。


「これをうまい! といえるようになったらドワーフの工房では一人前ぞい。ところでお主、ろくでなしと違ってなかなか骨があるぞい。この前来た何とか……という旅団の新米どもは、水を汲みに行ったまま戻ってこなんだぞい」


「そうですか……。あ、これ最初はしょっぱいですけど、後からちょっと甘いような味がしてきます」

 とりあえず終わった安心感からか、ちびちび岩塩水を飲みながらアデルは笑顔で答えると、ボーアは眉と腰を弓なりに反らせ高笑いをした。


「カッカッカ! そうかそうか! 意外とお主は鍛冶屋に向いておるかもな。それ飲んだら“今日は”帰ってもいいぞい」

「あ、はい……。ええぇ!」


 まるでゾンビのような足取りで一歩一歩足を前に出し、なんとかねぐらにたどり着いたアデルに、いつの間にか戻ってきたナインが声を掛けた。


「坊主どした? ふらふらで。きれいなお姉ちゃんでも追いかけていたのか?」

「ナインさんがいないせいで……、ボーアさんのところへ、連れて行かれました」


 ナインの軽口に反応せず、そのままフラフラと噴水へ歩を進めると、腰の袋から桶を取り出して噴水の水を汲み、干からびた頭や体へ一気に浴びせた。


「はっはっは! そうかそうか! いや~残念無念! 俺も急な仕事が入ってな~」

 絶対本心ではない口調でナインは残念がると、ずぶ濡れなアデルの背中へ声を掛けた。


「腹減っただろ? 飯行くか?」

「とりあえず今は水と……休みたいです。先に行っててください。明日もボーアさんに呼ばれましたので」

「はっはっは! んじゃお言葉に甘えて……。明日もがんばれよ~!」


 次の日もまた、ボーアの怒号を背中で聞きながら、アデルは黙々と作業をこなし、夕方、昨日と同じやりとりがアデルとナインでかわされた。


 そしてまた次の日の夕方、三度干し肉状態になったアデルの横で、ボーアは完成した剣を掲げ、ご機嫌な声で小躍りしていた。


「ほっほ~! 一週間はかかると思ったが三日で終わったぞい。これで今夜は夜通し酒が飲めるぞい。アデルと言ったな、やはり儂が見込んだやつじゃ。礼を言うぞい」

「は……はひぃ……」


「礼をやらねばな。お主武器は何を使っておる? 儂に預ければデラクラスまで鍛え上げておいてやるぞい」

「あ……、その……もってないです」


「はぁ? お主冒険者ぞい? 武器なしで何をしておるんぞい?」

「実は……借金のカタに……」


「なんじゃそりゃ? ああ、どうせあのろくでなしに付き合って博打でも打ったんぞい? だから縁を切れと……」

「まぁ……そんなところです」


 ナインを悪者に仕立て上げた罪悪感からか、アデルは心の中で謝った。

 しかしそれは、少し先の未来で、まったくの無駄だったことを思い知ることになる。


「全く最近の若いやつは……ほれ! これ持っていくぞい!」

 ボーアは壁につり下げてあった短刀(ダガー)をアデルに放り投げた。

「おっとっと! ……いいんですか?」


「なぁに、お主のおかげでだいぶ楽になった礼ぞい。そいつは商売っ気抜きで打ったから、そこらの武器屋で売っているやつとはひと味違うぞい。全く最近の若い奴らはダガーすらろくに扱えんくせに、すぐでかい武器を欲しがりおって。儂に言わせればそういうやつほど早死にするんぞい。どれ、抜いてみるぞい」


 アデルは左右の手で鞘と柄をしっかりと握りしめ、ゆっくりと引き抜くと、剣から放つ淡く白い光が薄暗い工房内を照らしていた。


「すごい! 光っている! そして重いや」

「カッカッカ! 剣の鋼の中に余った《魔力鉱石》を混ぜたからな。普通のダガーより長いし、安物のショートソードより重い。

 お主まだレベル一じゃろ? レベル三、四まではこれ一本でいけるはずじゃ。

 それに、そこそこ魔力が付与されておるからの、ちょっとした亡者や小悪魔程度なら魔力ダメージを追加できるぞい」


「ほ、本当ですか! あ、ありがとうございます!」

 満面の笑みを浮かべるアデルに向かって、ボーアは声を潜めるように呟いた。


「それとな……くれぐれもナインには隠しとけよ。もし見つかったら、あっという間に盗られて質草にされてしまうぞい……」

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