クネクネ、シテマス

 ボーアの店からの帰り道、足取りの軽いアデルは、何度も巾着袋から剣を取り出し、にやけた顔で眺めた。

 さすがに街中で刀身を出すのは控えたが、なにやら自分が強くなった錯覚のまま、ねぐらへと向かって行く。


(……そうだ! ボーアさんの言ったとおり隠しておこう)

 だがそんな注意もナインの前では全く効果がなかった。


「ただいま戻りました!」

「おう! おかえり~おつかれさ……」

 ねぐらで横になったまま、アデルに挨拶を返したナインの目は、巾着袋からわずかに飛び出た柄の先端、そしてご機嫌でねぐらに帰ったアデルの顔を見逃さなかった。


 二人の目があった瞬間! 


 草食動物のごとく逃げるアデル! 


 獲物を捕らえた肉食動物のように追いかけるナイン! 


 二人は広場をぐるぐる回り北の街道を北上していった。


「あ~さ~は~か~な~り~! 北の門は封鎖されているぞぉぉぉ~!」

 肘を直角に曲げ、開いた手の平を高速で前後に振り、そして口からは舌を垂らしつばを飛ばしながら、獣のごとく叫ぶナインは、逃げるアデルの腰にタックルをかました。


「あひゃ! あひゃひゃひゃひゃ!」

 ナインは、アデルの脇腹をくすぐりながら腰の巾着袋からダガーを取り出すと、動けないように背中にドスッと腰を下ろした。


「あの爺の”地獄の工房”からご機嫌で帰ってくるから何かあると思ったんだが、ドンピシャだったな! あの、をたんちん爺! 俺には糞まずい塩水しかよこさなかったくせによ!」


 ナインは毒を吐きながら鞘から剣を抜き、鋭い目つきでじ~っくりと刀身を眺めながら呟いた。


「おお! こいつは五百……いや魔力付きの特注品だから倍の千は堅いか……へっへ、これで”お姉ちゃんの《谷間酒》を存分に~うひゃひゃひゃあ!」

 谷間酒をほおばる己の姿を、ナインはよだれを垂らしながら思い浮かべていた。


 ――谷間酒とは、歓楽街のお店、《双子山の谷間亭》の名物の一つである、お姉ちゃんたちの胸の谷間に注がれる、安物の白リンゴ酒のことを言う。

 どうやって飲むかは……あえて記す必要もないだろう――。


「返してください! あの蒸し暑い工房で、干し肉になって働いたんですよ!」

「うるせ~! てめぇはせいぜい三日だろ? こちとら一週間こもりっきりで、しかも逃げられないように工房の柱に鎖でつながれたんだぞ! あの、をたんちん爺め!」

 

 盗賊ギルドの構成員ですら容易に外せない《ドワーフの錠前》がついた首輪。

 そこから伸びた鎖が柱にくくりつけられ、ひからびたゾンビのように両手でハンマーをふるった、かつての自分の姿を思い浮かべながら、アデルを背中越しに怒鳴りつけた。


「え、衛兵さぁ……うぐふぅ!」

 北の門にいる衛兵を呼ぼうとアデルは声を上げるが、ナインの手はアデルの口をふさぐ。


「ひくっ……ぐすっ……」

「俺様に見つかったのが運の尽きだなぁ~へっへっへおとなしくしろい。これで久しぶりに(お姉ちゃんの谷間酒を)じ~っくり味わうことができ……」

 アデルの口を手でふさぎながらナインは覆い被さり、その耳元で悪魔のような呟きを奏でた瞬間! 


 ”どごおぉぉぉぉん!”

「おひゃぁぁぁぁ!」


 アデルは爆音、背中の熱さ、ナインの悲鳴、そして体が軽くなったことを感じると、すぐさま頭を抱えてうずくまった。

 辺り一面、ナインのシャツと背中の肉と髪の毛が焦げる臭いが漂い、アデルは聞いたことのある女性の声と、初めて聞く女性の声で顔を上げた。


「なにをしているのフラン! これからが”いいところ”だったのにぃ~!」

「やかましい! この《くされ女》! ここは儂の縄張りじゃ! お前達、こんなところで発情するな! 色魔を呼び寄せるつもりか! ……って、お主ら?」

 

 アデルが顔を上げると、杖の先から魔力の残り香を漂わせているフランと、フランの袖をつかみながら叫んでいる女性がいた。

 その女性は、フランのような魔導師の格好をしているが、帽子やローブの色は赤、青、白、茶色の染料をぶちまけたような模様をしており、さらにその周りには”炎”、”水”、”風”、”土”が、それぞれ杖の形をして漂っていた。


「フラン! てめぇ! 今、本気で俺に向かって【爆炎】ぶつけただろ! ……げ! 《キフジン》!」

 それでもシャツが燃え、うなじの髪が少し焦げた程度で済んだのは、さすがレベル九とアデルは感心する。


「当たり前じゃ! 今、北門と北の街道はドラゴンのせいで非常事態宣言中なのじゃぞ。見回りをしていたら助けを呼ぶ声が聞こえたのでな、走って来てみればこの有様じゃ! むしろこの程度で済んだのをよしとせよ!」


 ナインを怒鳴りつけたフランは、改めて二人を観察する。

「ところで……、お主らそういう関係か? いや、むしろナインが小僧を手込めにしようとしたのか?」


「手込め! ……青い果実の”つぼみ”を無理矢理開こじ開けるおっさんと、それに泣きながら、抗いながら少年は、その甘美たる快楽を受け入れ……。あぁ~まさしく、そそり立ち、燃え上がる熱きシュリンプ(海老)のまぐわい~!」


 フランに腐れ女、ナインからはキフジンと呼ばれたその女性は、アデルとナインを交互に眺めながら、フランに勝るとも劣らない豊満な胸を両腕で抱きしめ、体をくねらせ、意味不明な言葉を発しながら、完全に自分の世界へと入っていった。


「た、助けてくださいフランさん! ナインさんが、ナインさんが僕の大切な……」

 アデルは這いずりながらフランのローブにすがりつき、”あくまでナチュラル”に助けを求めた。


「大切! 純潔! 青いケ○! あぁ~《門》がひらいててよかったわぁ~! みんなクルクル~ウエルカム~《輪》の中にいらっしゃ~い!」


 ”太古”に流行った、意味不明な言葉を発しながら、フランの横の女性は塩をかけられたナメクジのように、クネクネと身もだえていた。


 そして、アデルの助けを聞いたフランは、都合よく別の解釈してくれた。

「ナインお前……こんな借金まみれの小僧にねぐらをやり、飯を食わせ、やたら世話を焼いていたのはそういうことか? 小僧がいい具合に太り、肌の色つやが出てきた今を見計らって“喰おう”と?」


「はぁ? 何言ってるんだ! お前もこのキフジンに毒されたか? そういう話はこいつの《腐れ部屋》でやれ……」

「問答無用! 【デラ爆炎】!」


 ”ずどぐおぉぉぉぉぉん!”


 先ほどより二回り大きい爆炎がナインの目の前で爆発し、炎と煙の玉を突き破ってナインの体は街の彼方へと消えていった。


 その音を聞きつけ、北門の警備兵が駆けつける。

「フ、フラン様! 今の爆音は?」

「あ、あなた様は! ヤゴ魔導研究所所長、《アルドナ》様!」


  先端に魔力がかかった鋼鉄の槍を持ち、灰色熊の団にいそうなたくましい体の警備兵二人が、鎧の金属音を響かせながらフランと、アルドナと呼ばれた女性の元へ走ってきた。


「案ずることはありません(ニコッ)。《色魔》が迷いこんだから魔法で撃退しました。もう大丈夫です。ご安心を(ニコッ)」


 アデルが今まで聞いたことのない、”よそ行き(上品)”な言葉で、フランは警備兵の問いに笑顔で答えた。


「お二人ともお役目ご苦労様です(ニコッ)。ここは我々魔導師に任せて、どうぞ持ち場へお戻りなさってください(ニコッ)」


 ついさっきまで意味不明の言葉を発し、体をくねらせていた姿からは想像できない、凛とした姿と、つやのあるアルドナの言葉を聞いた警備兵達は


「「はっ! ありがとうございます! 失礼いたします!」」


 わずかに頬を赤らめながら槍の先端を天に掲げ敬礼すると、金属音を響かせながら北門へと走っていった。


 アデルは、爆発とともにナインの手から落ちた短剣と鞘を拾っていると

「小僧大丈夫か? ほほう~なかなかいい剣じゃな。……まぁ、さっきの騒動はその剣を見ればおおよその見当はつくが……」


 そうアデルに話しかけるフランに、アルドナは”つんつん”とフランのローブを引っ張る。


「なんじゃ! ……たく、しょうがない。小僧! したくはないが紹介してやる。こいつはヤゴ魔導研究所の”腐れ女”じゃ!」


「ちょっとぉ”否定はしない”けどぉ、ちゃんと名前で呼んでよぉ。こう見えても”男の子”の前じゃ”乙女”に戻るんですからねぇ! ぷんぷん!」


(フランさんより”年上”っぽいのに、子供みたいなしゃべり方だな?)


 そう心の中で呟くアデルに

「へぇ~僕ちゃん、かわいい顔してそんなこと”思っちゃう”んだぁ~? これはきつぅ~い《調教》が必要かもねぇ~?」


「小僧、一つ教えよう。女の年齢という未知なる物は、《真実》を心の中で思うより、己の口から声を大にして叫んでこそ、皆に知れ渡るんじゃぞ」

 

 狂おしいほど妖艶な二人の“魔女”がアデルの耳元でささやいた

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