スンスン、シテマス

 フランの店内、カウンターの向かって右側はコの字状の壁になっており、中心には来客用の丸テーブルと椅子が四脚置かれていた。

 ウッドゴーレム達は茶とお菓子を用意し、フランは改めて、アデルにアルドナを紹介した。


「アルドナさん? へぇ~魔導研究所の所長さんなんですか。魔導研究所って墓地の向こう正面にあるでっかい建物ですよね。あ、初めまして、一応、冒険者のアデルです」


 淡々と自己紹介するアデルを見つめながら、アルドナは意外そうな顔をした。

「なんか普通の反応すぎて逆に新鮮さを感じるわ。こう見えても《逆さ傘アンブレラ》の長、《露出狂エルフ》に、ほんのちょっとだけ負けている力を持っているんだけどね」


 アデルは学園の講義でわずかに触れた魔導本部のことを思い出した。

「逆さ傘……って、魔導本部のことですか? 謎のでっかいクレーターがあるっていう……」


 ――逆さ傘とは魔導研究本部の異名である。

 名前の由来はヤゴの街よりも遙かに大きいクレーターと、その中心から雲を突き破るほどそびえる細長い塔が、文字通り、太古に存在した”傘”を逆さまにした姿からきている。

 元は古代都市、しかも首都レベルがあった場所と伝えられている。

 地下に埋まった遺跡を調べているうちに塔が立ち、クレーターの内と外に並の都をも凌駕する街が誕生した――。

 

 アルドナの顔が驚きからが笑顔へと変わり、アデルの顔を見つめながら補足をした。

「よく知っているわね。でね、その謎のクレーターなんだけど、できた原因はいろいろあって、天からの隕石か、太古のドエリャア超兵器の暴発か、”ドエリャアモノを召還して跡形もなく吹き飛んだ”等、いろいろあるのよね」


 アルドナは人差し指を左右に”フリフリ”して、痛、いや、かわいくアデルに説明する。

「その中であたしの予想は一番最後。逆さ傘から発掘された書物によるとね、太古の昔、逆さ傘の塔が建っていた場所に、世界中の賢者共が集まって、《異界の全裸の妖精》を《四万六千日》かけて”ハァハァしたいが為に召還”したらしいのよ」

 魔導師の話しについて行けず、アデルはポカ~ンと半分口を開けて聞いていた。


「召還したらしたらで、をた○ちん共が世界中から何千万人も押し寄せてきちゃったの。妖精はそれを見て”キモッ!”と思って、この世界の


《元素構成》を


《めちゃくちゃに作り替えちゃって》、


《をた○ちん共を”浄化”》した跡って書いてあったわ」


 話し終わるとアルドナはほおづえをつき、口を尖らせて今度は愚痴を吐いた。

「あの時はホントびっくりしたわよ。私、その時ね、たまたま《下生げしょう》して、今の塔の場所から北東にある《あたし専用のかわや》で用をたしていたのよ」


「おい! 儂の店で汚い話しをするな!」

 フランの怒声にかまわず、アルドナは話を続けた。


「そしたらいきなり厠ごと、お気に入りの下着もろとも吹き飛ばされたのよ~。目が冷めたら


《帽子をかぶって鞄を持っている、四角い顔の変なオッサンの像》


があたしを押し倒しているし、ホント”往生こいた”わ~」


 アルドナに続きフランも昔を思い出して、溜息をつきながら愚痴った。

「儂もあの時は、塔から東の場所で、新品の《マンナン》を削って慰みの……んんっ! コホン、アルドナよ、呼びたくはないが小僧の手前、一応お主の名前を呼んでやる」


 フランは立ち上がると大げさに腕を振り、高らかに宣言した。

「遅くなったが紹介しよう! この小僧が《ドラゴンの糞》、《糞を存分に浴びるほど祝福された者》じゃ!」


 そんなフランの声を、アデルの怒鳴り声が覆い被さる。

「変な通り名をつけるのはやめてください! でもなんで、魔導研究所の所長さんを僕に紹介してくれたんですか?」


「お主のおかげで手に入ったドラゴンの糞を、”こいつ”のところで研究してもらっておる。儂でもできなくはないが、設備や人手はこいつの所のが充実しておるからのう」


 フランからこいつと呼ばれたアルドナは、うっとりとした目でアデルを見つめていた。

「だからね、一度君を拝見したくてやってきた次第。おかげで目と妄想の保養になったし、今夜は《慰みの儀式》が捗るわぁ~」


 そんな妄想たくましいアルドナを、フランはジト眼で睨みつけ、指を指しながら愚痴を吐き出した。

「こいつはなぁ、学園の入学、卒業式すら出席せず、普段は”地下十七階”の所長室兼腐った研究所から一歩も出てこない奴じゃ。最近は逆さ傘の塔から”南西方面の場所”で発掘された、なにやら妖しいモノで毎日ハァハァしておるそうじゃが……。でもさすがにドラゴンの糞とあらば部屋から出てこずにはおれんからのう」


 そんな会話の中、フランの店のドアが”コンコン”と叩かれる。

「こんにちわ~! アルドナさんが地下から発掘されたと聞いてやってきました~!」

「こ、こらオトメ! いきなり入るな、無礼だぞ。フ、フラン様、失礼します!」


 ドアを開けて入ってきたのは、

 白百合の花を逆さまにしたドレスを着た白百合の団、団長のオトメ。

 左目に眼帯をつけた男装の麗人、黒薔薇の団、団長のイザヨイだった。


 女性、しかも旅団の団長がやってきたことで、アデルはマナーを思い出し、すぐさま椅子から立ち上がった。


 しかしオトメは、アデルなんか百合の茎に付いたアブラムシ程度にも感じず、首からぶら下げた木星教団の聖印と、ドレスに包まれた”二つの球根”を揺らしながら、すぐさまアルドナの背中に抱きついた。


「きゃ~! 久しぶりのアルドナさんの”お○ぱい~”。あ~今年一番の幸せ~!」

 アデルの目の前で、オトメは左右の手で背中からアルドナの小山をまさぐっていた。


「ちょうど……ん……よかったわオトメ! たった今、慰みの儀式に使う……ん、《触媒》が手に入ったの。そうよ! もっとあたしの体を”炎上”させてぇ~」

「あははっ、あいかわらず素敵な”感度”~。もおぅ~今夜は寝かせないですよぉ~」


「お、おい、アルドナ様にそんな、やめないかオトメ。だ、”男子”が見ているだろう……」

「いやんイザヨイちゃん、男子だなんて。冒険者学園時代から変わってないんだから~」


 突然の乱入者が巻き起こす乱痴気騒ぎを、アデルは対応に困る目で眺めていた。

「おぬしらやめんか! 小僧が見ておる! ところでイザヨイ、どうしたのじゃ?」

 フランはオトメとアルドナに怒鳴ると、二人の乱痴気騒ぎにオタオタしているイザヨイに怪訝な顔で尋ねた。


「来客中に申し訳ありませんフラン様。実はフラン様が管理をしている肥だめについてですが、最近、とくに広場の辺りから、”肥え”の香りが漂ってきまして……」


「……なんじゃと?」


「もっとも、それに気付いているのは、今のところ私とオトメぐらいですが、なにかあったのですか?」

「そうなのよ、”すごくおいしそうな香り”。あ、アルドナさんの”ここ”の香りにはかなわないですよ~」

 イザヨイは右手を胸から太ももの間へと滑らせた。 


「儂が管理しておる”八つ”の肥だめは特に異常ないし、苦情も来ておらんが……。お主らの団が所有しておるバラ園やユリ園に、うちの肥えを撒いたら何か変調があったのか?」


(肥だめって墓地が管理していたのか……)

「立て込むようでしたら僕は失礼しますが?」


「ん、ああ、すまない少年。すぐ終わるから座ってくれてかまわない……ん?」

イザヨイはアデルに申し訳ない表情を向けたが、ふと何かに気がついたようにアデルの顔をじっと見つめると、眼帯をしていない右目を閉じ、まるで口づけをするかのように淡い黒の唇をアデルの顔に近づけてきた。


(ええっ!)

 イザヨイの胸元にも木星教団の聖印が揺れているのがアデルの目に入る。

 心の中で驚くアデルにかまわず、イザヨイはアデルの顔を子猫のように

”スンスン”、”スンスン”と匂いをかぐ。

 そしてわずかに頬を上気させ、ゆっくり顔を上げるとアデルを指さし、


(もしかして?)

と、フランに顔を向けると小首をかしげた。


 フランは、

(そうじゃ!)とばかりにイザヨイに微笑みながら首を軽く縦に振る。


 イザヨイは、あごに手を当て

(なぜですか?)と、フランに問いかけの表情を向ける。


 フランは、

(人にはいろいろと事情があるのじゃ)と、にやけながら白い歯を覗かせた。


 イザヨイは

(御意!)とばかりに、胸に拳を当て、フランに向けて軽く会釈すると

「おいオトメ! 話は終わった。もう帰るぞ!」


 イザヨイはオトメの首根っこをつかむと、抱きついたアルドナごと、ドアへ向けて引きずっていった。

「アルドナさんをお持ち帰りぃ~。今夜は三人で《腐女死会ふじょしかい》だぁ~!」

「ああ、ちょっとまって~青い果実~! あのろくでなしからの調教をもっと詳しく~」 

 

暴れ身もだえるアルドナのマントにもアデルの知らない文字で、


 『上昇! 汚超腐神おちょうふじん! 

     腐敗! 貴腐人きふじん!』


と、きらきら輝く文字で記されていた。


「それではフラン様、失礼いたします。おやすみなさいませ」

 イザヨイはドアの外へ二人を放り投げると、恭しく礼をしながら退出していった。


 広場で卒業生を勧誘していたオトメの可憐な姿、イザヨイの凛とした姿とは打って変わった二人の団長の一面に、アデルは口を半開きにして、ただただ棒立ちになっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る