大爆笑……シテマス

 アデル、ナイン両人の言葉と息が詰まる。何とかナインは声を絞り出した。


「お、おい……ドラゴンってあの?」


「そうじゃ! ドラゴンについてはもはや説明の必要はあるまい? 

 特にこの世と共に生まれし《神祖竜しんそりゅうエルドル》はまさにこの世すべての万物の王! そして絶対無比の存在! 

 なにより《異界より来訪しうる魔の眷属》共を、唯一完全に消滅せし者……。

 おおドラゴンよ、その至高とも言える存在、究極たる力は、なにゆえにこの世に存在せしめるものなのか……」


 歌劇の歌姫が口ずさむ様にフランは両腕を広げ、自分の言葉に酔いしれていた。


「ドラ……ゴン」

 あまりに壮大な存在に、これ以上ないほどアデルの心は固まっていた。


 あくまで学園の教科書に載っていた想像図しか頭に浮かばず、ひょっとしたらあの赤玉キノコが実はドラゴンじゃないか? と錯覚すら覚えていた。


「確かになぁ……ドラゴンなら納得できる。未だ実害がないのも俺たちを観察している為なのか……。

 それとも帝国の王族や直属の魔導師、各教団の本部の大司教達が会談を申し入れているのか……。

 いや、まさに今、その最中なのか?」

 あらゆる可能性をナインは思い浮かべ、それを順番に口ずさんでいた。


「でよフラン、おめぇはそのドラゴンを見たのか? 遠くからでもよ?」

「残念ながら、いや幸運と言うべきか、それはない。もしそうなら儂ですら今ここには存在しておらん。

 しかし《痕跡》はあった。小僧をほふった痕跡がな」


「痕跡だぁ? 爪か? 牙か? ひょっとして魔神すら焼き尽くす

竜の咆吼炎ドラゴン・スペル》か?」

 

 ――ドラゴンの攻撃方法は数多くあるが、中でもその口から放たれる三つの攻撃は三大攻撃と呼ばれる。その内訳は、

 ・並の人間や魔物なら聞いた瞬間ショック死する【咆吼ロンクス】。

 ・山をも吹き飛ばす【衝撃波ステルヌ】。

 ・唯一無二の破壊力を誇る【竜炎サリーウァ

と呼ばれており、それぞれが並々ならぬ破壊力をもっている。


 さらにこれら三つが同時に口から放たれる、ドラゴン最大の攻撃が竜の咆吼炎である。

 《レッサー種》と呼ばれる若いドラゴンが一発放つだけで、レベル十の冒険者数人のパーティーが五分五分で倒せる魔の眷属を、瞬時に消滅させる威力を持っていた――。


「そんなもの放たれたら本の山は蒸発し、このヤゴの街は衝撃波で、人も建物すべてが跡形もなく吹き飛ばされとるわい!」

 思わず苦笑したフランは再びアデルに目をやった。

 固まってはいるが目も見え耳も聞こえ、発狂する様子もない為、フランは言葉を続けた。


「よく聞け小僧、お主を屠ったのは《ドラゴン・ダング》じゃ」

「ドラゴン……」

「ダング……」


 アデル、ナインの順番で呟いた後、ナインが恐る恐る尋ねた。

「ダングって《Dungeonダンジョン》ってことかい? 坊主がドラゴンのいるダンジョン、いやドラゴンの作ったダンジョンに迷い込んだとか?」


「なんか……すごいや」

 ついさっきまで身も心も魂も固まっていたアデルは突然目を輝かせ、その目からあふれる星の光は顔どころか店内へと散らばっていった。


「そうかぁ? ……っておいおい坊主、だいじょうぶか? 恐怖を通り越して、魂がぶっ飛んじまったんじゃねぇだろうな?」


 ナインが心配そうに聞くが、アデルは満面の笑みと顔中に瞬く星の輝きをナインに向けると、その興奮をあらわにした。


「だってすごいじゃないですか! 例え偶然とはいえドラゴンのいるところに迷い込んで倒されたなんて。

 そりゃ死んじゃったのは残念ですけど、なんて言うか、ドラゴンに倒されるなんて冒険者冥利に尽きますね。

 ……そうかドラゴンかぁ。あぁ……一目見たかったなぁ」


「……てことは本の山のどこか、それとも図書館の中にドラゴンが住み着いた。

 そして蟻を踏みつぶした程度の感覚で小僧を倒して、すでに何処かへ飛び去ったとか……。

 あれ? じゃあ何で今でも本の山や北の街道は封鎖されているんだ?」


 ナインの問いかけに、フランは魔導師として説明した。

「近隣で目撃情報とかがないと、ドラゴンが飛び去った確認が取れないとして封鎖は解除できん。

 ましてやドラゴンなら【転送】【跳躍】の魔法、いやドラゴンにとってはもはや魔法ですらないな、人知れず移動することなんて欠伸をするよりたやすい。

 それに、もしかしたらまだ図書館内にいるかもしれないしな。あと小僧、喜んでいるところ悪いが、正確にはお主は直接ドラゴンには倒されてはおらん」


「でもドラゴンならあの大きい羽根の一振り、ましてやドラゴンの欠伸ですら僕の体がバラバラにされてしまうじゃないですか。でも、


”すっきり”しました!


フランさんがトラウマとか脅かすから、ちょっと怖かったですけど」

 アデルの”すっきりした”顔にフランは安心し


「そうかそうか……”すっきり”したか。でははっきり言おう!」


 フランもなにやら覚悟を決めたのか、すぅ~と軽く息を吸うと薄い紫に染まる唇を大きく開き、尖った爪が生えた人差し指でアデルを指さすと、最後の審判を告げるかのごとく高らかに宣言した。

 

『小僧! お主は《竜の糞(Dragon Dung)》に押しつぶされて死んだんじゃ!』

 

「「……は?」」

 突然のフランの告白にアデル、ナインの体が、まるで時が止まったかのように固まった。


「これも大事なことじゃからもう一度言おう」

 再び息を吸い込むと、今度は若干笑みを含んだ声でアデルに向かって叫んだ。


『竜の糞が! お主の体を! ”ぺちゃんこ”にしたのじゃ!』


 フランの叫びは”だめ押し”、”追い打ち”、”とどめ”。これらすべてがミラクルコンボになってアデルの鼓膜と魂に突き刺さった。


「いやぁ実に難儀じゃった。まさか目の前の”ほかほかの湯気の立った、そびえ立つ小山”の中に、小僧が埋まっておるとは儂もつゆ知らずじゃった。

 屍回収至上、もっとも難関な回収と言ってもよい。それを難なく行うとは、正に至高のネクロじゃ! 儂!」

 フランは”エッヘン”と胸をはり、二つの小山をこれ見よがしにそびえ立たせる。


「もっとも、糞の山から掘り出したのは儂の作ったウッドゴーレム達じゃ。

 いくら仕事とは言え、貞節な淑女たる儂が、糞の山に手を突っ込むなぞ以ての外じゃからの」


 ナインの脳裏には、”エッホ、エッホ”と、ウッドゴーレム達が人夫のように糞の山を掘り起こし、ぺちゃんこになったアデルの屍を掘り出す様子が思い浮かんでいた。


「……ぷっ」

 その情景に思わずナインは吹き出す。

 そしてそれがダムにできたネズミの穴となり、怒濤の笑い声という鉄砲水がフランの店内を満たすまで、数秒とかからなかった。


「あ~~~! はっはっっはっはっっはっはああぁぁぁ! くそ、クソ、ドラゴン

の糞! ぺちゃんこぺちゃんこ、正に糞まみれだぁぁぁあっはっはっはっひっひぃーーー!」


 最後には酸欠状態になったナインをフランがたしなめる。


「こ、こらぁぁ、にゃん! にゃイン……! あははっはぁ! そ、そんなにぃぃひひひひわ、笑ってわあぁぁこ、小僧おぉにぃぃひひひし、失礼ぃぃじゃああぁぁははは!」


 カウンターをバンバン叩きながら、フランは肺から声と笑いを同時に絞り出す。


「な、何度! なんどぉぉ! そ、蘇生の、の、え、詠唱にぃぃ、し、失敗しそうにぃぃひっひっひ、な、なったああっかはっかはっ、そ、それでもほっほっほ、せ、成功っほっほしたぁぁ! まさにぃぃぱー、ぱーぺきぃぃ! わ! わはぁぁひひぃぃ!」


二人の笑い声すら聞こえない様子で、アデルは立ちながら白目をむいて固まっていた。

”ゼイゼイ”言いながら呼吸を整え落ち着く二人。

 フランは今まで貯め込んだ笑いをすべて吐き出し、すっきりした顔で二人を見た。


「いや~まさに便秘から宿便と化して溜め込んだ糞を、広場の噴水のごとく吐き出した爽快さだわい! まさしく愉快、痛快、”便快”じゃ! 儂!」

 

 女性の天敵とも言える便秘にかかるのは、ネクロのフランでも例外とはならないのか、鉄砲水のような怒濤の笑いも自身の経験で形容した。

 さすがにナインは気の毒と思ったのか、白目をむいているアデルに変わってフランに尋ねてきた。


「お、おい、坊主は大丈夫なのか? 後遺症とか? トラウマとか?」

「実は……その糞の匂いなのじゃが……」

「ん? 特には匂わないが?」

 ナインはアデルの体に鼻を近づけると、”クンクン”と犬のように匂いをかぐ。


「ドラゴンの糞じゃからの、おそらく肉体、いや魂自身に染みついた特殊な匂い、いや気配と言うべきか? 儂でも何とかわかる程度じゃ」

「つまり、一生消えない……と?」


「一生どころか魂になっても匂いを発していると思う。これまでの蘇生で冥界から呼び寄せた魂の中で、匂いを感じたのは小僧のだけじゃからの。何せ肉体と同じ匂いをたぐればよいだけじゃ。

 冒険者リングで確認せずとも、一発で小僧の魂とわかったわい」


 やがてフランの顔は上気し、唇を歪め、興奮した魔女の顔へと変貌していった。


「……それに小僧のおかげでドラゴンの糞が小山のごとく手に入った。なにせ今までドラゴンの糞自体、存在すら怪しい代物だったのが、こうして日の目を見ることになった。

 研究はこれからじゃが、ひょっとしたら魔法や聖法で使われるどんな希少触媒をも凌駕する狂気で妖艶な、正にドラゴンのごとく、至高にして究極な力を秘めておるかもしれぬぞ!」

 

 妖しく目を光らせ狂気の魔導師と化したフランは、もはや目の前にいるナインやアデルには気にも止めず、ドラゴンの糞の研究という甘美な誘惑の虜となっていた。


「うむ、どうやら話はそれだけみたいじゃな? ではどこへなりと行くがいい!」

 その声を合図に二人の後ろの扉が開き、吸い込まれるように外へ飛ばされた。


「「う、うわあああぁ~!」」

 二人の体はそのまま墓地内の通路の上を浮かびながら入り口の街道まで吹き飛ばされた。

 アデルはこれで三回目の尻餅をつく羽目となる。


「ざ! けんじゃねぇ! まだ坊主の借金の話は終わってねぇ!」

 立ち上がったナインは入り口に突進するも、見えない壁にぶつかりはじき飛ばされた。


「あ、あのやろう! 墓地に《結界》を張りやがった! おいフラン、開けろ! この”根暗女”!」

 見えない壁に向かってナインは”どんどん”と拳を叩くがびくともしなかった。


「もう……いいです」


 アデルは昨日、裏口からつまみ出された時と同じようにゆっくりと立ち上がると、ふらふらと広場へ向かって歩いて行った。

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