怒鳴り込み! シテマス

 朝の九時を過ぎた二人は北の街道から墓地へと向かった。

 街道の奥の北門はすでに閉鎖されており、アデルが話をした軽装の衛兵とは違う、重装備の警備兵二人が緊張した面持ちであたりに殺気を放っていた

 

 その手前で右に曲がり墓地へと入ると、最奥にたたずむ灰色を基調とした平屋の建物へと向かっていった。


「ここがフランさんのお店ですか?」

「そうだが? ……おめぇが契約したのも蘇生したのもここじゃないのか?」

「契約は墓地の前で行いましたし、蘇生後はお金がないからと、裏口から街道へと放り出されましたから」


 灰色を基調とした横に細長い建物は向かってやや右側にドアがあり、ドアの横には来客用のだろうか、馬をつなぎ止める杭が立っていた。

 建物の左側は同じような窓が並んでおり、周りの景色からアデルは

(どれかの部屋に僕は寝ていたんだな……)と思った。


 少し離れた所に馬小屋が見えるが馬は見当たらず、飼い葉しかその中になかった。

 ドアには後からつけたのだろうか、建物から見れば新しめのプレートに『フラン屍回収屋』の文字が書いてあった。


「ま、店と言っても墓守はいわばお役人。この建物は墓場の役所みたいなもんだ。あいつは一応ここに住んではいるが……」

『なにをごちゃごちゃしゃべっておる! とっとと入ってこんか!』

 まるでドアがしゃべっているかのように、この建物の主の声が聞こえてきた。


「うぃ~す」

 男がドアを開け、なれなれしく片手を挙げながら店に入っていき、アデルも後に続いた。

「なんじゃ、《ナイン》か。仕事を頼んだ覚えはないぞ?」

 ドアを開けた正面にカウンターがあり、アデルにとっては昨日ぶりだが、なんか久しぶりという感じの女性が暇そうに座っていた。


「ナインさんっておっしゃるんですか?」

 アデルは男の顔を見上げ尋ねた。

「ん? 言ってなかったか? まぁイヌワシとかと同じ、冒険者の《通り名》よ」


「そうじゃ、イヌワシ殿とは天と地の差があるがの。《ろくでなしのナイン》と聞けば、大抵の冒険者、特に女性は顔をしかめながら知っていると答えるじゃろ。覚えているのも後悔するくらいにな」


「へ、ごあいさつだな。ところで、今日はこいつについて話があって来たんだ」

 ナインは、隣に立っているアデルの頭にぽんと手を置いた。


「おお! 小僧か! 元気そうで何よりじゃ! やはり儂の蘇生の魔法は完璧じゃ! 後遺症もないみたいだしよかったよかった! 正に天下一じゃ! 儂!」

 再び自分の魔法に自分で褒めているフランに向かって、ナインが怒鳴りつける。


「てめぇの魔法のことはどうでもいい! なんだあの……おい坊主、おまえの追加料金を言ってみろ!」

「七千九百八十三万三千五百八十八ダガネです。あと僕の名前はアデルです」


「おお~記憶力も衰えていないみたいじゃな。正にこの世の至宝じゃ! 儂!」

「ふざけるのもいいがげんにしろ!」

 再度、ナインはフランに怒鳴りつけた。


「なにを怒っておる。小僧のことでなんでお主が怒っておるのじゃ?」

「当たり前だ! 一応俺もてめぇと契約しているんだぞ! あとから料金つり上げられちゃたまったもんじゃねーわ!」


「契約金表ならお主や小僧にもちゃんと見せたじゃろ。”契約金”の変更はないぞ」

「だったら今すぐ見せてみろ! あと本当に本の山が超危険エリアなのか確認してやる! てめぇの地図も見せてみろ!」


「わかったわかったうるさいやつめ。地図ぐらい買ってから怒鳴り込んでこい……」

 フランは胸の谷間から、スクロールと丸めた地図を取り出しカウンターの上に広げた。


「相変わらず悪趣味な形のスクロールだな……どれどれ」

 ナインはまず地図に顔を近づける。危険度を表す色は白から順に黄色、黄緑、緑、水色、青、紫色で表されており、エリアの真ん中にレベルを表す数字が記してある。


 そしてレベル十は赤色だがさすがに地図のどこにも塗られておらず、ほとんどが白や黄色だった。

 その中で本の山エリアは黒く塗られており、中心に『10+』の数字が白抜きで書かれていた。


「墓守、そしてネクロのフランの名に誓って”地図”はいじってないぞ」

「わかっている……確かに……こりゃ本物だ」

 冒険者レベル九のナインの鑑識眼は、地図は本物との結論に達した。

 今度はスクロールに顔を近づける。

 やることのないアデルは、店内をあちこち見渡していた。


「……ヲイ!」

 ナインが顔を上げ、鋭い目つきでフランを睨みつける。

「なんじゃ? ”契約金”は変わっておらんじゃろ?」


「ふ・ざ・け・る・ん・じゃ・ねぇ~! なんだこの”と、えりあ”は! どう見てもあとからてめぇが書き足したんじゃねぇか!」


「し、仕方なかろう。今回のケースは初めてじゃ。運命の歯車が偶然かつ巧妙にかみ合った結果か、はたまた気まぐれな神の悪戯か、小僧のようなレベル一の冒険者がレベル十以上の危険度エリアでポンポン死んではのう、回収する儂の体も財布も命がけじゃ!」


「そういうことを言ってるんじゃ……!」

「あ~~~! 僕の剣!」


 ナインが正にぶち切れようとした瞬間、アデルの声が店内に響き、ナインは思わずそちらへ目にやった。フランの後ろの壁には『1,000』の値札が貼られたアデルの剣がフックでつり下げられていた。


「あれ! 僕の剣です! フランさん! せめて剣だけでも返してください!」

 涙目で訴えるアデルの横で、ナインは冷静にその剣を観察していた。


「おいフラン! その剣で千ダガネは高すぎるぞ。坊主の前で言うのもなんだが、その剣はいいとこ三百ダガネぐらいだ。それでも今の坊主には上等すぎる代物だがな」


「やはりそうか。卒業生にしてはいい剣を持っておったからのぅ。だからこの小僧は貴族か商人の三男、四男坊かとも思ったんじゃが……」

 呟くフランを気にもとめずナインは話を続けた。


「それにその剣はな、こいつの両親や村のみんなの餞別品だ。おめぇは確かに死体を扱うが、自身は血の通った人間だ。もちっとなんとかならんのか~?」

「ナインさん……」

 自分の肩に手を置き弁護してくれるナインに対して、アデルは涙でにじんだ目を向けた。

 ナインは振り向き、アデルに向かって軽く片目を閉じる。


「やれやれ全く……」

 フランは椅子から立ち上がりアデルの剣の値札に指を這わせた。指先と値札が光り輝くと『10,000』の文字に書き換わっていた。


「お、おいてめぇ! た、たーけたことを……!」

 再度怒鳴り散らさんとするナインの声を遮るかのようにフランは振り向き、人差し指でアデルを指さし、戸惑いながらも、凛とした声を店内に響かせた。


「そ、そもそもそんなに大事な剣ならなぜあんな危険なエリアに行く! 言っておくが新しい地図は”学園の卒業式の一週間前に冒険者組合から発行された”ものじゃ! この日付を見てみろ!」


 フランは今年の地図の上に手のひらをたたきつける。隅に書かれた発行日は確かに卒業式の一週間前で、さすがにこればかりは書き直した形跡はなかった。


「冒険者たるもの常に地図は新しくするもの! それを怠ったお主自らの非を責めよ!」

 ”と、えりあ”を書き足した自分の非を棚に上げて、フランはさもいいこと言った感が漂う顔を二人に向けた。だがナインも負けじと反論する。


「そもそもその地図がおかしいんじゃねえか! おまえも墓守の役人ならヤゴの街周辺の地図の作成に関わっているだろう? レベル十以上の危険度なら帝国最強の琥珀の騎士が出張でばってきてもおかしくねぇ! それこそヤゴの街全員が疎開するレベルだぜ? てめぇの”出鱈目”な報告書を冒険者組合が真に受けたんじゃないのか?」


「本の山の危険度は儂も知らんかったのじゃ。だから”と、えりあ”と……ゴホン、それに地図の作成は主に帝都の冒険者庁関係の役人や各教団、そして犬鷲レベルの旅団も関わっておる。儂一人がどうこうできんわい」


「じゃあ何でこの坊主は死んだんだよ! 即死レベルの魔法を食らったどころか、そもそもオークやコボルトにすら出会ってないんだぞ! こいつが何で死んだかは、屍回収したお前しか知らねぇ。なら知っているんだろ? 


《レベル十以上の危険度》をよ!」


 ナインの怒鳴り声が終わると、フランはアデルの方へゆっくりと冷たい顔を向ける。


「小僧、お主が何で死んだのか、聞く覚悟はあるか?」

「おい坊主!」

 ナインも心配そうな顔でアデルを見つめる。

「……はい!」

 アデルは一度口の中でつばを飲んでから、まっすぐフランの目を見つめる。


「本当にいいのじゃな? 聞いた瞬間、激痛、苦しみ、そして恐怖! あらゆる感覚が思い出され、廃人どころか魂にまで永遠に消えぬ傷が残り、それこそ冥界に落ちても永遠に苦しむやもしれぬぞ」

「はい!」

 両手の拳を握りしめフランの言葉を待った。


「よしわかった! 主の覚悟しかと受け取った。後悔するなよ」

「もったいぶるな早くしろ!」

 自分にはなんの関係もないのか、ナインは無責任にフランの次の言葉をせかした。


『……ドラゴンじゃ』

「「!」」

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