運命の出会い? シテマス
何人かの人間にぶつかりならが、何度も転び、どこをどう走ったのだろう、アデルは再び広場の前にたどり着いた。
噴水と広場の周りに建っている街灯からは魔法によるものなのか、あるいは聖法なのか、風や雨でも消えない炎が、噴水からわき出る蒼い水とその周辺を赤く照らしていた。
一週間以上寝たきりのアデルの体は街を走り回っただけで息切れと疲労が襲ってきた。
噴水の水を飲み、今度は体を休める為に座り込む。もはやアデルの体は空腹よりも休息を求めていた。
あたりには路上生活者なのか、それともただの酔っ払いなのか、ある者は壁にもたれて座りながら、ろれつの回らない歌を口ずさみ、ある者は建物の壁を背にし寝転がり、そしてもはや生きているのか死んでいるのかもわからない者もおり、横たわる体の上を平気でネズミが走り回っていた。
それはまるで遠くない未来の自分の姿を見ているようだった。
アデルはある建物の壁の下に無造作に敷かれたゴザと、その上に敷かれた毛布を見つけた。
それはフランの休憩所にあったベッド以上の居心地を感じ、【魅了】の魔術にかかったかのようにゆっくりとした足取りで、そして吸い込まれるようにその体を毛布の上に預けた。
ただの毛布とは思えない全身を包み込むような柔らかい感触は、つかの間の休息と睡眠をアデルに与えた……が、
”ドスッ”
アデルの腹に何かの衝撃が走る。
「こぉんのぉ糞ガキ! 人のねぐらで寝るんじゃねぇ! 起きろ! この糞野郎が~!」
口から怒気と酒の匂いをはき出しながら一人の男がアデルの体を蹴飛ばした。
危険を感知するアデルの冒険者本能がすぐさま目を覚まし、体を転がしながら何とか立ち上がり目の前の男と対峙した。
「お、おう! なんだぁ~。や、やるっていうのかぁ~! こ、こう~みえても俺様はよぉ~元レベル九の冒険者様なんだぞぉ~」
”冒険者”
”レベル九”
その言葉にわずかに寝ぼけたアデルの頭がはっきりと目覚めた。
三十前後ぐらいだろうか?
身長はアデルより頭一つ分高いが、無精髭を生やしただらしのない顔、それほど筋肉がついていない肉体、しまりのないガニ股。
口調と酔っ払い加減からもっと年上にもみえるその男からは、先の二文字に当てはまる人物とは到底思えなかった。
しかし、今のアデルにとって、目の前の男の首につけられた冒険者リングは、暗闇の中の街灯の炎に等しく、アデルは炎に近づく蛾のように男の脚に飛びついた。
「た、助けてください! 一文無しなんです! 身ぐるみはがされて! 使いっ走りでも荷物持ちでも何でもしますから~!」
「こ、こら! 男に抱きつかれてもうれしくなんかね~よ! っておいてめぇ! ズボンに鼻水つけるな!」
アデルは男の脚を海で溺れる寸前に流れ着いた一片の木の板のように必死でしがみつき、どんなに振りほどかれようが蹴られようが、決して離れようとはしなかった。
体中に痣ができても離さなかったアデルに対し、さすがに男は根負けしたのか、話だけでも聞いてやることにした。
二人は並んで建物の壁を背に座った。
「とりあえず食え!」
「あ、あじがどうございまず……いだだぎまず」
男は腰の娑婆袋からナマズクジラの干し肉を何片か取り出すと、アデルに勧めた。
まだベソをかき、口の中で自分の血の味のする干し肉をほおばりながら、アデルは卒業してから今までのことを、ぽつりぽつりと話しはじめた。
「屍回収屋? おめぇフランと契約したのか? 学園卒業したてで契約するなんて、おめぇ案外変わり者だな」
「実際はほとんど無理矢理連れて行かれましたけど……。でも衛兵の人も珍しいと言ってましたけどそんなにですか?」
「ああ、あいつは魔導師のくせに、けちで傲慢で自分勝手でよ~。あいつの仕事を何回かやったが、毎回毎回そりゃひっで~目にあったもんだ」
「そうなんですか……? で、それで契約レベル以上の危険度のエリアで死んだから、追加料金を払えと言われて……」
すでに悪人を判断するメーターが振り切れているのだろうか、それとも胸の谷間で目の保養ができたからだろうか、アデルから見てフランという女性は、目の前の男が言うほどの悪人には見えなかった。
「で、ちなみにどこで死んだんだ? あとその場所の危険度はいくつなんだ?」
フランに対してアデルはそんなに恨んでいる様子には見えないのと、卒業生だからたいした所で死んだのではないだろうと思い、男は軽い気持ちでアデルに聞いてみた。
「じゅ……じゅうぷらすだぁ~~! 本の山がぁ~! 確かにあそこの図書館跡には雑魚魔物や、研究所からおちぶれた魔術師が住み着くこともあるが……それでも、れべるじゅうぷらすぅぅぅ~! そんなもんナゴミ帝国の存亡がかかるほどの
「そんなすごい危険エリアなんですか? すごすぎていまいちピンと来ませんけど」
男が大げさとも言える驚き方をした為、逆にアデルは冷静になって答えた。
「確かにここ最近、警備隊の連中が上へ下へと騒いでいたが……そうか、そういう訳か」
ヤゴの街の慌ただしい様子に納得がいった男は、う~んと腕を組んで考える。
男は続けてアデルに聞いた。
「……で、追加料金ってのはいくらよ? 百か千か? ひょっとして一万か?」
「……七千九百八十三万三千五百八十八ダガネです」
「は? ……はひぃ?」
「七千九百八十三万三千五百八十八ダガネです。なんかフランさんが言うには、太古のことわざでは大事なことは二回言うらしく、僕も二回言ってみました……ぐすっ」
アデルはトラウマとも言える借金をぺらぺらしゃべりながら、フランの店のやりとりを思い出してか、再びベソをかき始めた。
「あ~わかったわかった。明日朝一でフランのところへ一緒に怒鳴り込んでやる! だから今日はもう寝ろ!」
男は娑婆袋からぼろぼろのゴザと毛布と取り出し、アデルに向かって放り投げた。
「あ、あじがとうござひっ……ます。……でも、なんで僕にこんなに?」
アデルはゴザと毛布とくれて、さらに話をつけると言ってくれたことに対し、鼻水混じりの声で礼を言った
「こう見えても俺様は元冒険者だ。てめぇが選び進んだ道でのたれ死ぬのは知ったこっちゃねぇが、
『てめぇが望んじゃいない、理不尽な運命とやらに抗うのも冒険者の特権』だ!
てめぇの知らねぇところでこれからの未来を決める契約金をつり上げられちゃ、冒険者を馬鹿にするのもいい加減にしろと怒鳴りつけてやりたいわ!」
酔っ払っていてもなおはっきりと芯のある演説をした男に対しアデルは安心感を覚え、再び礼を言いながら毛布をくるむと、そのまま倒れ込むように寝入っていった。
男は隣で寝息を立てるアデルを一瞥すると、娑婆袋から黒リンゴ酒の入った小瓶を取り出し、一口含んだ。
「いくらレベル一の本の山でも赤玉キノコのクエストの為に、あれだけうろうろしてちゃゴブリンや
そして男はアデルに鋭い眼光と向けながら、自分にしか聞こえない声で呟いた。
『まさかと思うが、この坊主……《ギフテッド》か?』
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