反省、シテマス

「だぁっーはっはっはっはっはー! ひぃーひっひっひー!」


赤玉キノコのようなたんこぶを頭中に、青玉キノコのような青あざを体中につけ、フラフラになりながらねぐらに戻ってきたアデルを、ナインは腹を抱え笑いころげていた。


 アデルはゾンビのような足取りで噴水に向かい、腰の袋から桶を取り出し頭から水をかぶる。


 何回も何回も……。


 まるで、自分の体の奥底から、目元に込みあがってくる何かを洗い流すように……。

 そして、水に濡らしたタオルでたんこぶの上からほっかむりをした。


「俺もせいぜい五分五分と思っていたが……、こ、こうも見事に酷い状況になるとはなぁ」


 酸欠寸前のナインの横に腰を下ろすと、生命力ポーションは例え小瓶でも今のアデルには高嶺の花である為、組合で買った塗り薬を顔をしかめながら体中に塗る。


 傷口がしみる為か、それとも別の理由なのか、噴水の水で洗い流しても、アデルの目にはうっすらと涙が浮かんできた。


「やっぱり僕は、冒険者には向いていないんだな。ゴブリンのゴーレムですら……」

 弱々しい声で泣き言を言うアデルに、ナインは意外にもにやけた顔をアデルに向けた。


「まぁ俺の”策略”に引っかかるお前が悪い! お前は二つのミスを犯したからな」

「……策略? ミス?」


 以前向けた冷たい声ではなく、学園の教官のような優しく諭すナインの声に、アデルはたんこぶの下で意外そうな顔をする。


「おめぇ、俺がやったコインをちゃんと見たか?」

「コイン?」


 アデルは袋からコインを何枚か取り出すと、腫れたまぶたの隙間からコインを凝視した。

「どれも”四”って数字が書いて……」


「やっぱりな。その数字はな、ゴーレムのいわば”レベル”だ。おめぇ自分がレベル一だからって、俺がやったコインもレベル一か二ぐらいだと”勝手に”思ったんだろ? そして学園の時と同じように、何も考えずゴブリンタイプのゴーレムにコインを入れたと」

「……?」


「その結果、おめぇが戦ったのは

 ”レベル四のゴブリン!”

って訳さ。もっともゴブリンタイプのゴーレムなら最大レベルは四だから、それ以上のコインを入れてもレベル四の動きしかしねぇけどよ」


「……えぇ! そ、そんな!」

 やっと事態が飲み込めたアデルは、コインとナインの顔を交互に見比べた。


「これがてめぇのミスその一だ。むやみに人を信用するな! 自分に都合のいいように勝手に解釈するな!」

 ナインは立てた人差し指をアデルに向けた。


「俺から貰ったらすぐ袋の中を確認すればよかったんだ。これがコインだからいいようなものの、もし依頼主からもらった報酬が金ではなく、鉄くずが中に入ってたらどうするつもりだったんだ?」

 問いかけるようにナインの目は、アデルの腫れた顔を睨み付けた。


「おそらく……おめぇは中身を確かめもせず、すぐさまステーキを食いに行って、金払う時にやっと袋の中が鉄くずと気付いただろうな。そうなっては後の祭りだ。

 どんなに文句を言ったところで、依頼主はおめぇが金を袋から出して、代わりに鉄くずを入れて文句を言ってきたと言うだろう」

「……」


「そしてお前は組合の鍛錬場に……、その様子じゃおそらく初めて行ったんだろ? カウンターのおばちゃんにあれこれ説明を受けていたと思うが、俺がやったコインを一枚でも見せればよかったんだ。

”貰い物だけど使えるかどうか?”ってな。

 そうすればおばちゃんがレベル一か二のコインに両替してくれただろうによ」

 ナインは中指も立て、アデルに向かってピースをする。


「これがミスその二だ。組合や依頼主からの説明は、完璧に理解するまで何度でも質問する。依頼を話半分で聞いて旅立った冒険者がな、成功して財宝を持ち帰った話なんて聞いた事ねぇ。おそらくみんな屍になっているからだ。

 今頃そいつらはあの世で後悔しているぜ」

「……」


「あともう一つおまけだ! 世の中は広い!


 《レベル四以上のゴブリン》が絶対いねぇとも限らねぇ。


 例えゴブリンといえども弱肉強食のこの世界でレベル四になれば、立派な百戦錬磨の強者つわものだ。中堅の冒険者ですら不覚をとるかもしれねぇ。例えゴブリンといえども強さ、弱さを決めつけるなって事だ。わかったか!」

「は、はい!」


ナイン”教官”の講義に、アデルは顔が腫れ、口の中が切れているのにもかかわらず、笑顔で、大きな声で返事を返した。


「そういわれてみれば、鍛錬場のゴーレムってよくできていますね」

 ナインに騙されたことになぜかホッとしたアデルは、気分が軽くなり、ナインに質問をする。


「そりゃそうだ。学園のはあくまで剣技の基本の動きしかしねぇ。だが鍛錬場のは、より実戦に近い動きをしてくるからな」


「そうですね。ダメージが溜まると動きも鈍くなったような気がしましたし……。あれって、魔導研究所が造ったんですか?」

 アデルは水袋の水を口に含んだ。口の中に針で刺されたような痛みが走る。


「ん? おめぇ知らねぇのか? 学園のも組合のも、フランが造ったんだぞ」

「ゴホッ……ええ!」

 思いがけない名前が出てきて、アデルは口から水を吐き出しそうになった。


「でもフランさんってネクロですよね? ゴーレム遣いでも……あ! ウッゴ君とウッゴちゃん!」

 二人の名前を聞いたナインは、わずかに顔をしかめた。


「そういうこと。フランレベルの魔導師なら、いくつものスキルがあってもおかしくねぇ。それにあいつは冥界から魂を召還できるネクロだ。さすがに学園のは違うが、組合のゴーレムにはな、すべて魔物の魂が宿してあるって噂だぜ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る