VSゴーレム、シテマス
頭部から発する振動、音、そしてわずかに遅れてやってくる痛覚。
それらがアデルの体に満たされた瞬間!
「え?」
という声がごく自然に、半開きになった口から漏れ、体のバランスが崩れる。
時間と共に増大する頭部の強烈な痛みに、アデルの防衛本能が発動し、己の神経、筋肉、骨に命令を発し、目の前のゴーレムから距離をとる。
しかし、目の前にいる獲物に追い打ちを掛けるように、ゴーレムは素早く突進し、手に持った棍棒をアデルに向かって振り下ろす。
「くそぉ!」
口の中に血の味を感じたアデルの肉体は、防衛から闘争へ、本能を移行させる。
そして、空から降ってきた丸太のような衝撃を、剣、両手の平、手首、肘、肩、そして膝で何とか受け止める。
「ぐぁ!」
なんの変哲もない棍棒から放たれたその一撃は、アデルの関節に想像以上のきしみを与え、再び、悲鳴にも似た血の息を吐き出させた。
「こ……こんなに……強い……なんて」
学園のゴーレムよりも強いと覚悟はしていたのだが、今、自分が相対しているのは、明らかに想像以上の力と素早さを備えた、ゴブリンタイプのゴーレムであった。
「くそぉ!」
膝のバネを思いっきり伸ばし、剣に全体重を掛け、ゴーレムの体を棍棒ごと突き放す。
いくら力が強くとも重量はゴブリン。アデルの必死の突き放しに、ゴーレムはバランスを崩し、あわや尻餅をつきそうになる。
通常ならそこで一撃を加えるのだが、今のアデルは己の体勢を立て直すのが最優先だった。
剣を構えながらゴーレムの動きに注意し、呼吸を整える。
『これは鍛錬ではない! 生き残る為の戦いだ!』
学園で行われたゴーレム鍛錬の時に、教官が放った言葉がアデルの脳裏に響く。
その声を背中に背負い、崩れそうになる体を支える。
(そうだ! これは……戦い! 待っていても……勝てない!)
「うあぁぁぁ!」
敵ではなく、己の肉体に向かって鼓舞する為、アデルは高らかに咆吼を掲げ、体を前へ跳ばす。
そして、完全に体制が整っていないゴーレムに向かって渾身の一撃を振り下ろす。
が、崩れた体のまま、ゴーレムは手にした棍棒で、アデルが振り下ろす剣を一気になぎ払う。
鉄と木が衝突し、双方から放たれる一瞬の叫びが結界内に響く。
ぶつかった力がぴったり同じだったかのように、アデルとゴーレムは同時に左右にはじき飛ばされた。
『受け身もできねぇでやんの』
アデルは何とか片手を出し、はじき飛ばされた反動で腕、肩、背中、腰と地面の上に転がり、その勢いでなんとか立ち上がった。
すぐさまゴーレムの居場所を確認する。
まだ膝をついているゴーレムの姿を確認すると、再び己の体を前へと跳ばした。
「ああぁぁ!」
片膝をついているゴーレムへ剣を振り下ろす。ゴーレムは何とか受け止めるが、すぐさまアデルは次から次へ、連撃をお見舞いする。
しかし、アデルが剣を振り上げた瞬間、がら空きになったアデルの腹へ、ゴーレムはパンチをお見舞いする。
「ぐはぁ……」
ぺらぺらの皮鎧ごし、しかも、みずおちの下でも、ゴーレムの拳の一撃は、アデルの肺から、再び血の息を吐き出させるのに十分であった。
アデルは距離をとり、二息、呼吸をとる。その隙にゴーレムは立ち上がり、アデルに向き直った。
『筋肉に力を込めろ! だが堅くするな!』
『関節は柔らかく! しかし、脆くするな!』
教官の教えが次から次へと脳裏に蘇り、そして徐々に学園の鍛錬を思い出す。
体中の筋肉、関節に神経を行き届かせ、戦闘態勢の体になる。
「!」
雄叫びも上げず、ただ一直線にゴーレムへ跳ぶ。
むき出しになった相手の肩、脇、腰へと剣を振るう。
それを踏ん張りながらも受けるゴーレム。
『ただ打つんじゃない! 打ち込んだ瞬間に力を込めろ!』
ボーアの怒号が背中から飛んで来る。
アデルは教官の、そしてボーアのゴーレムと化し、教えてもらったことをなぞりながら、一撃一撃、力を込めて打ち込む。
逆にゴーレムはアデルの打ち込みに対して
”まるで人間のように”
ムキになって応戦する。
一見、互角に見えた勝負も、疲れを知らないゴーレム相手に、体力に限界のあるアデルには分が悪かった。
アデルの連撃も軽くかわされ、返す刀、ではなく棍棒で、アデルの体に打撃を刻み込んでゆく。
が、なぜかアデルの眼には、目の前のゴーレム”も”疲れているように思えた。
(……負けない。負けない! 負けたくない!)
街で見かけたかつての同級生。旅団の一員になった二人の顔は輝いていた。
まわりからろくでなしと呼ばれている男。そんな男に馬鹿にされた。
『今の君は……冒険者じゃない。しいて言えばパン屋さんだ』
パン屋の店員で終わりたくない。
だから、鍛錬した。
冒険者は立ち止まってはいけない。
だから、疲れた体にさらにムチを打った。
冒険者学園を卒業した時以上の体を手に入れた。
だから、ゴーレムに挑んだ。
しかし今、全身をコブやアザで彩り、ゴブリンのゴーレムにすら、膝を屈しようとしている自分がいた。
自分はここで終わってしまうのか?
一文無しになったとき、おとなしくラハ村へ帰ればよかったのか?
『……理不尽な運命とやらに抗うのも、冒険者の特権』
その時、なぜか、ろくでなしと呼ばれた男の言葉が思い浮かぶ。
(終わりたくない! ここで負けたら……終わっちゃう)
言葉の主語が何なのかは、アデル自身にすらわからなかった。
ただ、今の自分に振りかかる運命に、全力で抗う思いだけを剣に乗せ、ひたすら打ち込む。
「ああぁぁ!」
咆吼とともに、アデルは最後の一撃をゴーレムに向かって振り下ろす。
しかし、ゴーレムはくるっときびすを返すと、元いた場所へと戻っていった。
「……え?」
空振りしたアデルはその場へ倒れ込む。
「終わ……り?」
柵から張られた結界は解除され、さっきまで自分の息の根を止めるほど攻撃してきたゴーレムは、何事もなかったかのように、闘技場の隅っこで立っていた。
「くっ……」
終わってホッとした自分、そして、終わってしまった自分……。
ゴーレム一匹倒せない自分に、もやは悔しさや情けなさは感じず、ゆっくり体を起こすと、闘技場を後にした。
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