見学、シテマス

 冒険者組合の地下には鍛錬場があり、そこには学園と同じように鍛錬用のゴーレムが数多く用意されていた。

 

しかし学園と違い当然有料であり、利用するには魔力が付与されたコインを買い、ゴーレムの口や腹へ入れなければならなかった。


 旅団に属していれば旅団からコインが支給されたり、先輩冒険者から使わなくなったコインを譲って貰ったりもできたが、フリーのアデルにそれを望むのは酷であった。


 それに鍛錬をはじめたアデルの体は、育ち盛りと併せてより多くの食事を要求し、ザールの店の薪割りの仕事で得た給金も、己の体を作る為の食事に消えていった。


(だからといって何もしないわけには!)


 仕事のない日曜日、決意を胸に秘めねぐらから立ち上がると、横で寝ていたナインがひさかたぶりに声を掛けてきた。


「おい坊主、どこに行くんだ?」

「え? ……冒険者組合ですけど?」


 ナインからのいきなりの声かけに、アデルの中にあった気まずい思いは消え、普通に返事を返した。


「ならちょうどよかった。俺様の袋を整理していたらな、昔、使ってた組合のゴーレムのコインが出てきたからよ。俺にはもはや必要のないものだしな。おめぇにやるわ」


ナインは目を閉じながら”ポイッ”とコインの入った袋をアデルに向かって放り投げた。

 ずっしりとした袋を両手で受け止めたアデルは、一瞬、何のことかと呆然とする。


 そんなアデルの姿にかまわず、ナインはヒラヒラと手を振りながら寝返りをうち、アデルに向かって背中を向けた。

 やがて、アデルの顔は徐々に赤く、そして笑顔へと変化していった。


「あ、ありがとうございます!」

 大きな声で礼を言い、軽やかな足取りで冒険者組合へと走っていった。

 だが、アデルの足音が聞こえなくなると、ナインの顔は、”にたぁ~”と悪魔の微笑みへと変化していった。 


 アデルが地下への階段を下りると、鍛錬場には壁に沿って”コ”の字型にたくさんの闘技場が並んでいた。


 入り口に近い順に低レベル、中レベル、高レベル用の闘技場になっており、それぞれ、そのレベルにあった魔物のゴーレムが闘技場の隅っこに立っていた。

 日曜日はやっぱりみんな休んでいるのか、人が少なく、アデルの同級生達の姿すらなかった。


 何人かの先輩冒険者が、それぞれ柵で囲まれたエリアの中でゴーレム相手に自分の得意な武器を使って鍛錬を行っていた。


「おや、いらっしゃい。ここははじめてかい? ならコインを……」

 組合の主人の奥さんだろうか、カウンターの向こうから年配の女性がアデルに向かって話しかけてきた。


「大丈夫です。持っています」

 アデルはナインから貰った袋を見せる。


「ああ、先輩の冒険者から貰ったんだね。ただここは学園と違って低、中、高レベルのエリアに分かれているから、最初は低レベルエリアの闘技場を使うといいさ」


 婦人は闘技場のゴーレムを指さした。

「使い方は学園にあったのと一緒でね、闘技場の中に立っているゴーレムの口やお腹にコインを入れると、周りの柵から結界が出てきてゴーレムが動き出す寸法だよ」

「はい!」


「あと、武器は自分のを使わずに、あそこに立てかけてある中から自分にあったのを使っておくれ。あの武器じゃないとゴーレムにダメージは与えられないからね」

「わかりました!」


「まず最初は、他の人のを見て憶えればいいよ。じゃあがんばってね」

アデルは自分に合うショートソードを手に持ち、低レベルエリアには誰もいない為、中レベルのエリアにあるベンチに腰掛けて、先輩冒険者の鍛錬を見ることにした。


(あのゴーレムは、オークよりもさら大きい……《ハイ・オーク》タイプ!?) 


 通常のオークよりも二回り、先輩冒険者よりも一回り大きいその姿は、素早い動きと力強い剣の振りで、先輩冒険者に向けて休む間もなく攻撃してくる。


 それを、先輩冒険者は難なくかわし、その体に剣の一撃を刻々と加えていく。

 やがて、ダメージが積み重なったゴーレムは”ドスン”と崩れ落ちるように倒れた。


 それを合図に結界が解除され、ゴーレムは再び立ち上がると、元いた場所へと戻っていった。


「す、すごいや」

「ん? ここ使うかい?」

「え? いえいえ!」


 話しかけられたアデルは、あわてて低レベル用のエリアへ走っていく。

 準備運動をし体がほぐれると、誰もいない分、気が楽になり、ゴブリンサイズのゴーレムがあるエリアへと入っていく。


 ナインから貰ったコインを、ゴーレムの口の中に入れる。

 するとゴーレムの目が光り、武器が飛んでも周りに危害が及ばぬよう、柵から結界が形成された。


「さあ! こい!」


 アデルは気合いを入れながらショートソードを構え、目の前のゴーレムを睨み付けた。

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