かたぱると、シテマス

やがて一行は、魔導研究所の広場へと集まる。


「フラン様これは? トロッコ用のレールですか?」

 鉱山の坑道に使われるトロッコ用のレールが、傾斜がつけられた鉄の板の上に四線分、フランの身長の十数倍の長さに敷かれており、その上に鉄の板を乗せたトロッコの車軸が置かれていた。


 ハイイログマの質問にフランが答える。

「特別に作った《けった》じゃ! 東の園まで行軍すれば時間がかかるし、その間に別働隊が街を襲うかもしれぬ。かといってお主らすべてを【ドエリャア跳躍ちょうやく】で飛ばしては魔力がいくらあっても足りぬからの。いわば大砲や大型弩砲バリスタから放たれる砲弾や矢のようにお主らを”蹴”飛ばすのじゃ!」


「で、でも、俺やヒグマなんか、例え飛ばしてもらっても、重すぎて途中で落っこちちゃいますぜ」

「安心せい! ちゃんとお主らの足に【風の靴】をかけて、誰であろうと目的地まで送り届けてやる。これは言わば、素早く東の園へ贈る為の補助装置じゃ」


「フラン様、東の園へはどのように着地すれば?」

 今度はイヌワシの質問にラクルムが答える。

「私どもの先行隊が着地地点である東の園の手前に【風のあみ】を張り巡らしております。もちろん、ご自分で着地できる方はしていただいてもかまいません」


「おうお前ら! 武器は飛ばされてもパンツは飛ばされるんじゃねぇぞ! ”あそこ”が丸見えで魔物と戦う羽目になるぞ! ぐわっはっはっは!」 

 ハイイログマの冗談に男性冒険者は大笑いするも、女性冒険者は軽蔑の目を向ける。


「糞野郎共も笑ってはおれんぞ! いつまでも【風の網】にしがみついておるとだな……」

 フランから向けられる魔女の微笑みに、一瞬、男性冒険者の間に冷や汗が流れる。


「あとから飛んで来たヤツに、ケツの穴を掘られるぞ!」


『いやっほおぉぉぉぉ!』

『キャアァァァァ!』

 フランからの冗談に男性冒険者からは歓声が上がり、女性冒険者や魔術師からは歓喜の悲鳴がわき起こった。


「では糞共! おとなしくケツを蹴飛ばされよ!」

 フランの号令に四列ずつ並び、最初が男、次に女性冒険者、そして魔導研究所の女性魔術師が並ぶ。


「最初は団長クラスがよいじゃろ。何かあってもすぐ対処できるからのう」

 イヌワシ、ハイイログマ、ハヤブサ、緑ねずみの団の団長、《トガリ》が、”けった”の上に乗る。


「それではいきます。【ドエリャア風の靴】!」

 ウェントの詠唱で、冒険者達の膝下から足の裏に風のブーツが形成される。


「次にけったへ【かたぱると】の術をかけます。皆さん、膝を曲げて若干前かがみになってください。……ではいきます!」

 ウェントは軽く息を吸うと詠唱を始める。

『かくいん、かたぱるとそうちゃくかんりょう! しんろお~るくりあ……』


 後に並ぶ冒険者達の間から

”かたぱると?”

”おーるくりあ?”

”変わった詠唱だな?”

と声が漏れる。


(こやつ、また腐れ女アルドナの腐れ部屋で、活動木偶絵巻の《冒険戦士 ごーれむふぁいたあ》を観ておったな……)

 フランの心の中のジト目にかまわず、ウェントの詠唱は最終段階に入る。


『冒険戦士! いきま~す!』


 ウェントが杖の先を東の園へ向けると、”グワァ~~~~!”と勢いよくけったの車輪が回転し、一気に突き進む。

 そしてレールの先端にもうけられた車輪止めにぶつかると、四人の体は東の園の空へ向けて勢いよく蹴飛ばされた。


「うおぉぉぉぉ!」

 ハイイログマが雄叫びをあげるも、その声はあっという間に消えていった。

 フランが叫ぶ。

「よし! 次の者! 急げ!」


 四人の冒険者がバリスタから放たれた矢のように、くうを貫く。


「うおぉぉ! こいつはいいぜ! これならあっという間だぜ!」

「ハイイログマ殿! 周りを警戒されよ! 着地の瞬間を狙い撃ちされるぞ!」

 浮かれているハイイログマをイヌワシがたしなめる。

「おっと、さすが”犬鷲いぬわし”。空を飛ぶことにかけては一流だな!」


 やがて東の園の手前入り口あたりに、【風の網】が見える。

 それと同時に徐々にスピードが落ち、【風の靴】の効果でゆっくりと降下する。

 イヌワシとハヤブサは鳥が着地するように両腕を大きく広げながら音もなく地に降り立ち、緑鼠の団、団長のトガリは持ち前の軽やかさで宙返りをすると、膝で勢いを殺しながら華麗に着地した。


 そんな中ハイイログマは

”びよよ~~ん!”

と【風の網】がたわむほどの勢いで網に突っ込んでいった。


 イヌワシ達に続いて、次々と冒険者達が飛来してくる。

 ある者は華麗に着地し、ある者は次々に風の網に突っ込み、網の中で肉団子となっていた。


 そんな中、イヌワシの斜め後ろに、草原地帯ゆえ緑や茶をちりばめた装束姿のフクロウが、音も気配も立てず、片膝をつきながら現れる。

「……御屋形おやかた様」

「フクロウか。役目大義である。状況は?」


「なにも変化はありません。ラガスやブラックアナコンダ等の襲撃はありましたが、あくまで捕食としての攻撃。魔物の軍勢に何度か牽制してはみましたが反応は薄かったです。かなり統率がとれているのか……」

「……申せ」

 言葉が詰まるフクロウの発言を、イヌワシはうながした。


「未だその”モノ”が確認できませんが、まるで、”何かにあやつられている”かのような……」

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