聞き捨て、シテマス

(僕は何てことをしてしまったんだ! 技が見切られたら、当然見切った相手を……)


 『排除』

という言葉がシナンの魂の中にこだまする


 店を出たシナンは慌てて辺りを探す。

 偶然か、あるいは、ナインと長年寝食を共にしていたカンか、匂いか、

 雑踏の中から一瞬垣間見えたナインの姿を探し当てた。


(よかった。あの先はイネスさんの店や広場じゃない。……《栄光の冒険者通り》?)


 ――栄光の冒険者通りとは、旅団のアジトが連なる街の通りの名である。


 その名の通り、ここでアジトを構えられる冒険者とは、レベル十になった者のみであり、新米冒険者、誰もが夢見るあこがれの場所である。


 アジトを所有するには土地を買い、自ら建設したり、冒険者組合が造った建て売りや組合から売りに出されたアジトを買い取ったり、組合に家賃を払う方法まである。


 賃貸だからと言って、決してその旅団が他より劣るわけではなく、旅団によっては仕事でナゴミ帝国、アイシール地方を転々と移動するからである。


 ちなみに金色犬鷲の団のアジトは、通りの最奥にそびえ立っており、その姿は要塞と言っても差し支えなく、現に、外敵から街を守る砦の役割をも果たしている――。


 両手をズボンのポッケにしまい込んで、猫背気味に歩くナイン。

 雑踏を縫うように、ナインの後をつけるシナン。

 

 もっとも、シナンの尾行など、ナインはとっくに気がついているのかもしれない。

 それにかまわず、ナインはある建物へと向かっていった。


「あそこは……灰色熊の団のアジト」


 旅団のルールで、アジトに団長がいる時は、ドアの前には団員が立つ。

「おう、団長いるかぁ~?」 

「あ、ナインさん、こんちわ~。団長なら団長室です。どうぞ~」


 初めて灰色熊の団のアジトに入った者なら、そのサイズに驚くであろう。

 机も椅子もカウンターも、ドアも窓も、そして天井までの高さも、全てが二回り以上の大きさで鎮座しているからである。


「ナインさん、やっとかめです!」

「こんちわ~」

 団員から挨拶を交わされるナイン。


 しかしアジトの中を見渡すと、ナインは何か違和感を感じた。

 突然、雷鳴のような太い声が天井から降ってくる。


『ぐわっはっはっは! よう来たな! このろくでなしめ! あがってこい!』


 大きさ、太さ、高さも二割増しな階段を上り、団長室へ向かうと、ドアの前に巨漢の男が立っていた。

 ナインの姿を確認すると、無言でドアを開ける。


 ドアをくぐった横にも、同じ顔をした巨漢の男が立っていた。

(双子?)

 顔をしかめるナインにハイイログマの号砲が轟く。


「ぐわっはっは! お前が来ると、”ろくでなしの匂い”でわかるぞ。まぁ座れや」

 ナインが子供に思える巨大なソファーに腰を下ろす。


「おい!」

 ハイイログマの声と共に、ドアの前に立っていた男が酒の入った大ジョッキを二つ持ってくる。


 乾杯をし、ハイイログマから見たらコップ程度のジョッキの酒を、二人は一気に飲み干した。


「ぷっは~! ちょうど飲みてぇと思っていたんだ。団長ともなると、こういう時でないと昼間から酒が飲めねぇからなぁ!」

「よく言うぜ。俺をダシにしやがって。てか、えらく人がすくねぇな。大仕事でも入ったんか?」


「ああ、新人の鍛錬のついでに、《特攻隊》も鍛えたいと、《クマデ》のヤツが言い出してな。いっしょに《あおいの山》で山ごもりしてるぞ」


 ――《灰色熊の団 特攻隊》とは隊長のレベル九、《クマデ》が率いる灰色熊の団の隊の一つである。


 その名の通り特攻隊であり、隊長のクマデが左右の手の甲から四本ずつ伸びる、計八本の鉤爪かぎづめで、敵の集団の一画にくさびのごとく攻撃をかけると、

 後に続く超重量級の団員が、特大の両手斧バトルアックス、バスタードソード、グレートソードなどの両手剣、特大のハンマーなどを駆使して削れた一画を押し広げ、

 後ろに控えるハイイログマの本隊の為に、道を作るように攻撃をかける集団である。

 

 その攻撃方法は後ろの本隊から見ると、魔物の体がバラバラにされ、断末魔の叫び声をあげながらのたうち回る”地獄絵図”を見ているようで

地獄の風景画パノラマ・アタック》と呼ばれている。


 その時、隊の皆はクマデを除いて、

『どぉ~けぇ~よぉ~どぉ~けぇ~よぉ~、こぉ~ろぉ~すぅ~ぞぉ~~~!』

『グァ~~~~~~!』

『グァ~~~~~~!』

と、雄叫びをあげながら攻撃をするのが習わしとなっていた――。 


「ヲイヲイ! 特攻隊の鍛錬に新人を同行させたのか? みんな逃げ出しちまうぜ?」

「なぁに、鍛錬と言っても、せいぜい特攻隊の奴らの付き人みたいなもんだ。それに新人を率いているのが、《アナグマ》だからな。あいつなら下手に厳しいことはしないさ」 

 

 ――灰色熊の団の団員は、その体の大きさから経費がかかり旅団のお荷物になり、クビになったり、その前に自分から団から抜け出した人間もいる。


 そうした団員をハイイログマは拾い上げ、家族のように扱っている。

 その為、戦場での結束力は、金色犬鷲の団以上ともうたわれている――。


「ところであいつらは?」

 ナインは親指で、ドアの前に控えている二人を指さした。


「ああ、《鶴の都》の冒険者組合にいたのを拾ってな。何でも前いた団は、団長が帝国のアンプロナイトになったみてぇだから解散したんだとよ」


「だったら、こいつらもいっしょに連れて行けばいいんじゃね?」

「まぁ一応、イヌワシや他の旅団へ顔見せしてからと思ってな。昨日やっと終わったところだ。今日はこれで、おめぇに紹介する手間は省けたけどな。ぐわっはっは!」


 ハイイログマの笑い声がおさまると、ナインは席を立った。

「ん? どうした?」

「いや、特攻隊の奴らに”遊んでもらおう”と思ったんだけどもよ。今いるのがひよっこだけじゃあなぁ。ま~た出直すとするわ」


 ドアへ向かうナインの前へ、巨漢の双子が立ちふさがる。

「今の言葉、いくら団長の友人でも聞き捨てなりませんね」

「確かに俺たちはレベル六でさぁ。でも前の団じゃ団の壁となって、最前線で戦ってきたんですぜ」


「ぐわっはっはっは! 部下がコケにされちゃ俺も団長として、黙っちゃいられねぇな。どうだ、せっかく顔を合わせた者同士、ここは一つ”手”も合わせてみろや!」 


”はめやがったな”と、ジト目でハイイログマを睨み付けるナイン。

 当のハイイログマは”ニカッ”っとレンガのように綺麗に並んだ白い歯をのぞかせた。


     ※

「あ、あの……シナンさん。ナインさんをお待ちでしたら中で待ってもらっても……」

 アジトの壁に背をもたれているシナンに向かって、門番の団員が話しかけた。


「フリーの僕が用もないのに、おいそれとアジトの中へは入れないからね。ここで待たせてもらうさ」

 

(でもナインさんなんて、団長と酒や博打をする為に、ここへ来るんだけどな……それに……)

 そう心の中で呟いた門番の団員は、アジトの前をチラ見する。

 

 灰色熊の団のアジトの前では、いつしか街娘や女性冒険者が、遠巻きにシナンを眺めていた。

「え? 今日って彼、滝の山脈亭でしょ?」

「やったぁ! あたし、くじ引きはずれたんだよね!」

「今頃、滝の山脈亭の奴らは泣きを見ているかもね」


 ちなみに、なぜ遠巻きに見ているかというと……

 灰色熊の団の団員は、その図体の大きさと、戦士系の団員が多い為、……暑苦しく、汗臭いのである!


 その臭いはアジトの壁を突き抜けて漂ってくる為、女性達はアジトの前を避けて通り、いつしか通りにわだちが出来るほどである。


「なんでぇどうした……」

ドアから顔を覗かせたハイイログマを見ると、シナンは一礼をする。

「ぐわっはっはっは! おいナイン! 金魚のフンが心配で”くっついてきた”ぞ!」


 ナインもドアから顔を出す。

 そして、”入ってこい”と言わんばかりにあごをしゃくり上げる。


”はい!”と声をあげ、シナンはまるで、子犬のように尻尾を振るかのごとく、アジトの中へ入っていった。

 ……女性達の溜息すら耳に入らないかのように。


「おもしれぇ話を聞かせてくれた礼だ。俺様の本気をちょっとだけ見せてやるぜ」

 ナインは戦士の顔をシナンに向けながら、サティと同じ言葉を発した。


「……はい!」

 その言葉にシナンもまた、戦士の顔で返した。

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