”手手”合わせ、シテマス
冒険者組合のように、アジトの地下には闘技場があり、団員達の鍛錬の場となっている。
【灯火】の魔術によって部屋一面に光が満たされると、そこは石畳に鉄板の壁の世界が広がっていた。
床や壁も所々へこんでいたり、割れやヒビがあちこちに見受けられ、さらに、どす黒い染みがあちこちに散らばっている。
それを上から何度も補修した跡が見え、巨漢ぞろいの旅団にふさわしい、壮絶な鍛錬の跡が
ナインやハイイログマの後に、シナンと巨漢の双子が続く。
団長命令で、アジトにいる全ての団員、門番までも地下へと降りてきた。
ハイイログマが双子に声を掛ける。
「おい、お前ら。自分の武器と鎧を身につけな。戦闘態勢だ」
「はい!」
「……ですが、この人は丸腰ですぜ」
「俺の命令だ……」
珍しく小声で呟くハイイログマのすごみに、双子は慌てて自分の鎧と武器を準備する。
「ん? ありゃなんだ?」
染料がついた筆で、自分の体のあちこちに模様を描いている双子を見て、ナインはハイイログマに尋ねた。
「あれか? あいつらの部族の風習でな。
両目の周りや両耳、鼻の先にも黒い染料が塗られると、黙々と鎧を装備し、シナンの体重以上の重さの両刃のバトルアックスを軽々と手に取った。
「ところでナイン。こいつらとどうやって”遊ぶ”んだ?」
ハイイログマの問いに、ナインは壁の黒板からチョークを手に取ると、石畳の床に線を引いた。
「お前らは線より向こうに立ってな。そして、まぁ俺に攻撃を当てるのは無理だから、この線より一歩でも俺に近づけばお前らの勝ちだ。ご褒美に……そうだな、ステーキを一ヶ月間、腹一杯! 喰わせてやるぜ」
「え? ”それだけ”でいいんスカ?」
「ほほう、”それだけ”たぁ、頼もしいなぁおまえら!」
陽気な笑い声ではなく、不敵に笑うハイイログマの形相に、二人は再び体を引き締められた。
「おいシナン。後ろからじゃ俺様のちょこっとの本気が見えねぇからなぁ。こいつらの後ろ、部屋の
「はい!」
シナンはナインから見て右斜め前の角に立つ。
「んじゃ、ワシは反対側の角っこに立ってるわ。こいつらの実力をまだ見てねぇからな」
ハイイログマは、左斜め前の角に立つ。
「あとシナン、隙があったらいつでも俺に攻撃してもいいぞ」
「おいナイン! ワシも攻撃に加わってもいいか?」
にやけた顔でハイイログマが叫ぶも
「馬鹿野郎! そんな事したらな、このアジトごとてめぇを押しつぶすぞ!」
「ぐわっはっはっは! おい、おめぇら! 準備はいいか?」
「「オス!」」
「……おれもいいぜ」
ナインも両手をポッケに入れ、わずかに足を開いたまま答えた。
そんなナインの姿を
(……団長の友人だそうだが、見た限りそんなに強いとも思えねぇ。まだ、後ろの優男のほうが……)
(先日挨拶した、イヌワシさんやハヤブサさんのほうが、遙かに強いと感じたのに、なんだ……この男?)
――先日、ハイイログマに連れられて金色犬鷲の団に挨拶に向かった時、二人は明らかに自分達と二回りも三回りも細く、体重も半分以下のハヤブサを見下し、意地悪をしようと企んだ。
「俺たちは二人で一人前です。出来れば、二人同時に握手して頂きたいのですが……」
その願いに、ハヤブサは快く承諾した。
そして、いざ握手した瞬間! 持ち上げたり振り回そうとしてもびくともせず、さらにハヤブサの拳を握りつぶそうとしても……。
「ハ、ハヤブサさん。お、俺たちは……も、もう、この辺で……」
「あ……ありがとう……ご、ございました」
「なんだ、意外とせっかちだね。もう少し、僕と握手しててもいいよ」
「ぐわっはっは! ハヤブサよ。うちの新人をそういじめてやるな!」
逆に、ハヤブサの握力で拳が潰されそうになり、二人とも悲鳴を上げながら、のたうち回った次第である――。
「んじゃ! はじめぇぇ!」
「「うおぉぉぉ!」」
ハイイログマの号令すらかき消す二つの号砲が鍛錬場に轟く。
大股で走る二人。
そしてその体がわずかに宙を浮いた瞬間!
”ドドォォーーンン”
二つの肉体が、ほぼ同時に鍛錬場の壁に背中から叩きつけられた。
呆然とする二人。
「な……何が起こった? あいつの両手は、”ポケットに入ったまま”だぞ?」
「兄者! 俺も”何も見えなかった”。これは一体? 魔術……?」
「落ち着け! 魔術でも何でも、俺たちは力で粉砕する! アレをやるぞ!」
「おう!」
二人は立ち上がると、斧を構え、ジグザグに体を動かしながらナインへ接近する。
(……あの巨体で……速い!)
シナンはそう呟いたが、二人の体が線に近づいた瞬間!
”ドドォォーーンン”
再び後ろの壁へ叩きつけられた。
「「くっ」」
今度はすぐさま立ち上がり、同じくジグザグに前へ進みながら、時折、目くらましの為、兄が前、弟が後ろに下がり、二人の体が重なる。
重なった瞬間、ナインの横へ回り込む為、フェイントを掛けながら、弟が横から飛び出す。
「ほぅ……こいつぁ結構な拾いモンかな?」
あごに手をあてハイイログマは
魂が抜けたように呆然とする二人。
他の団員も、ただあっけにとられていた。
(この闘技場の中で、ナインさんの猪玉を見切れるのはハイイログマさんしかいない。僕でも”タネ”がわかっているから、何とか神経を集中して、目を懲らしてやっとわかる程度だ……)
そしてシナンの魂の上を、一筋の汗が流れ落ちる。
(でもアデル君は初見で、……この猪玉を見切ったんだ!)
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