嫉妬、シテマス

 こうして、毎週水曜日、滝の山脈亭は男性客を押しのけて、女性客であふれかえることとなった。

 

 もちろん、彼女たちの中にも掟が存在する。

 一例を挙げると

 ・必ずテーブル一つ分の席を空け、参加者多数の場合はくじ引きで決める。

 ・当選者の中から、赤玉キノコのクリームパスタを食べる人間を決める

 (これは、毎週水曜日のキャンペーンを終わらせない為)

 ・他の者は必ず一品は注文する。(飲料不可)

 等々……。


 ……そして話は『掟、シテマス』の最後に戻る。

 

 入店したシナンに、女性ファンの体は緊張と喜びに包まれる。

 が、それもすぐに暗雲に包み込まれた。


「なんでぇシナン、今日は一人か?」

 全く空気を読んでいないのか、それとも、わざとやっているのか。

 至福の時に包まれた女性ファンの邪魔をしたのはナインであった。


 もしかしたら、一人であるのをいいことに、別のところへ連れ去るのかもしれない。

 しかしナインは、シナンの前へ座ると、ニケルに《ナインスペシャル》を注文する。

「《オシメちゃん》はどうしたんだ?」


「発表会のレポートを書いています。寮へ迎えに行ったら、

『あたしの代わりに食べてきてぇ~!』

ってドアの向こうで叫んでいました。後でなにか差し入れを持っていかないと」


「けっ! 普段サボっているからよ。いざというときに慌てふためくんだ」

 サティを”オシメ”と読んだナインの意図はわからないが、その後の言葉を聞いた周りの女性達も、心の中で大きくうなずいた。


 ――ちなみに、ナインがサティを《オシメちゃん》と呼ぶ理由の一つは、かつてシナンがナインに鍛えられていたとき……


『糞がしてぇだと! てめぇが糞をするまで、魔物がおとなしく待ってくるのかぁ!』


『武器の持ち替えや、糞をするまで待ってくれる魔物ってのはなぁ、太古の投影遊技とうえいゆうぎとやらの”お約束”にすぎねぇんだぞ!』


『糞やションベンしながら戦うのが半人前! てめぇの糞やションベンすら武器にするのが一人前の冒険者ってもんだぁ!』


 ナインの怒声を浴び、糞尿を辺りにまき散らしながら、ナインの剣を受けるシナン。

 それ以来、鍛錬を物陰から見守っていたサティが、シナンの為に常にオシメを持参するようになったからである――。


 運ばれてきたナインスペシャルをほおばるナイン。

「何かおもしれぇ話はねぇのか? オシメちゃんを押し倒したりしたとかよぉ?」


 一瞬、店内が凍り付く。


 店内の女性ファンがナインを排除しない理由の一つが、このようにズケズケとシナンに向かって問い詰められる人間だからである


「はっはっは。そんなことしたら、ウッゴ君をからかったナインさんみたいに、魔法で黒こげにされますよ」


「ん? てことは……したくてもできねぇってヤツかぁ~」

 いやらしくにやけ顔を向けるナインに、一瞬、シナンの動きが止まる。

 それに合わせて、女性ファンも固まる。


「一般論ですよ。どんな女性であれ、僕がそんなことをしたら、手痛い仕打ちを受けますからね」

 女性ファン達から桃色のオーラが沸き起こる。

 まるで自分ならいつでも、今すぐでも押し倒してもいいかのように……。


 話を変えるかのように、今度はシナンから話を振る。

「おもしろい話……実は、なくはないですが」

「お、そうか! 俺から”一本”とったら、上等の黒リンゴ酒を”一本”おごってやるぜ」


「……アデル君。いい素質を持っていますね。さすが、ナインさんが見込んだ子です」

「なんでぇ、坊主の話かぁ。けっ! 勝手にくっついているだけだし、俺は何もしてねぇよ。そう言えば、あの坊主にいろいろと仕込んだみてぇじゃねぇか?」


「ナインさんから教えてもらったことを、ちょっと教えただけですよ。それにアデル君、僕の猪玉を”見切りました”」

 一瞬、ナインのフォークが止まるも、パスタを平らげる


「ま、てめぇの物真似なんざ、ひよっこからでも丸見えだからな」

「確かにそうですね。……でもアデル君、ナインさんの猪玉も……見切っていましたよ。ナインさん……腕がなまっているんじゃないですか?」


 今度は体が止まるナイン。

 ほんのわずか、妖しい笑みを浮かべながらも、背中から冷たい汗が流れ落ちるシナン。

 しかし、それにかまわず、まるでナインを挑発するかのように言葉を続けた。


「かまいたちが風のやいばなら、猪玉は岩のような風の固まりをぶつける技。以前、アデル君に猪玉をぶつけた時がありましたね? あの時のことをアデル君はこう言っていました。

『ナインさんの左腕が、霧のように揺れて消えた瞬間、”何かの固まり”がぶつかってきた』と……」 


 二人の間に静寂と冷たい空気が漂う。


(僕は何を言ってるのだろうか? ……必殺技を揶揄やゆすることはいけないと、ついこの間、アデル君に忠告したのに)

 シナンは心の中で己を問い詰めた。


(嫉妬!? アデル君に!?)


(いきなりレベル二のゴーレムを倒し、猪玉を見切ったアデル君)


(そんな彼をナインさんは、ごく当たり前のように弟子にしていることに?)


(僕の時は、あれほど無理難題を命じたのに……) 


「……払っといてくれ」

 ナインの言葉に現実に戻されたシナン。

 テーブルの上には多めの代金。

 ナインの姿はすでに店の外へ出ていた。


「ナインさん!」

「あ、あの?」

 叫びながら店を飛び出そうとするシナンを、ニケルが呼び止める。


「ああ、ごめん、これ代金と騒がせ賃。あと、ここのみんなにジュースをご馳走して」

 ニケルにナインと自分の分+女性ファンの数より多めのジュース代をニケルに手渡す。


”きゃ~”と店内が歓声に包まれるが、耳に入らない様子で、ナインを追いかける為に、シナンは店を飛び出していった。

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