盟約、シテマス

 金色犬鷲の団、団長のイヌワシの舌を唸らせ、何よりハヤブサが来店したこともあり、滝の山脈亭の名は女性冒険者から魔術師、街娘の記憶と舌に刻み込まれた。


 予想外の女性客の来店に、パスタソースや赤玉キノコが足りなくなり、とうとう赤玉キノコのクリームパスタは、水曜のみの数量限定メニューとなる程であった。


 そんな騒ぎが落ち着きを見せたある水曜日。

 昼飯を探すナインの視線の先に、見知った男女の姿が見える。


「なんだお前ら、今から昼飯か?」

「あ、ナインさん。こんにちわ!」

「やっとかめ! ナインさん!」

 笑顔で挨拶を交わすシナンとサティ。


「めずらしいな。いつものように魔導研究所の食堂じゃねぇのか?」

「へっへ! 実はこれに行くんですよ~」

 サティがにやけながら、懐から一枚の紙を取り出す。

 それはニケルが作った、滝の山脈亭のチラシであった。


「なんでぇ今頃かよ。とっくの昔に行ったかと思ったぜ」

「そんなこと言ったって! いつも満員で、例え入れても売り切れになってたんですよ。て、いうか~、ナインさんはここの常連さんなんですから、こういうことは真っ先にアタシに知らせてくれないと!」

”ぶ~!”と頬を膨らませながら、食べられなかった怒りをナインにぶつけるサティ。


「わ~ったわ~ったよ。今日の飯は俺の奢りだ。その代わり、俺も滝の山脈亭につきあうぜ」

「え! よろしいのですか?」

「わ~い! ナインさんの奢りだ~!」

 バンザイしながら小躍りするサティ。


(ま、こいつらがいるだけでも、華にはなるからな……)


「うぃ~す」

「来やがったなろくでなし! お! 今日は金魚のフンもいっしょかい!」

 ナインとシナン達を見た親父が、元気よく挨拶をする。

 

 そんな親父の挨拶に、店内にいる女性冒険者や魔術師達の間に緊張が走る。

 

 シナン達も笑顔で親父に挨拶を返す。

「こんにちわ~」

「まだ赤玉キノコのクリームパスタはありますか~?」

「だいじょうぶっス。まだあるッスヨ」


”へっへ~”と、ニケルの返事に笑顔になるサティ。

 次の瞬間、実験器具をひっくり返した時以上の絶望感にサティは襲われる。


「「「シナンくぅ~ん! いらっしゃいませ~!」」」


 ちょっとの未来、イネスの店でアデルと話している時、窓の外からシナンを誘惑した、《シナン親衛隊》を自称する女性魔術師三人の声が、三重奏カルテットとなって店内にこだまする。


「な、なんであんたたちが~! 水曜日は課外研究会のはずじゃ!」

 問い詰めながら、ドスドスと床と踏みしめテーブルに近づくサティ。


「ああ、導師様がぎっくり腰になってね、今日は中止になったの」

「そしたらあんたの懐の中にチラシが見えたからね。先回りしてきたって訳よ」

「サティの脇が甘いのはいつものことだから。ホント、単純なんだから」


”ぐぬぬ”と、歯を食いしばるサティをシナンがなだめる。

「まぁまぁ、みんなで食べれば、よりおいしくなるからさ」


「さっすがシナンくぅ~ん」

番犬ヘルハウンドより、私たちのことをわかってくれてるわ」 

「あ、ナインさんもご一緒にどうぞ~」

 ゴトゴトと四人がけのテーブルを二つくっつける魔術娘達。


『シナンを射止めるには、師匠であるナインをもてなせ』

とばかりに、彼女たちはナインにもちゃんと気を遣っていた。


『ナインさんにかんぱ~い!』

 白リンゴのジュースで乾杯する五人。一人、サティは顔をしかめる。


「ナインさんも、”こいつら”に奢ることないのに……」

「なぁに、シナンやサティが世話になっている礼だ」


 その声を聞いた三人娘は、勝ち誇ったようにナインに進言する。

「大丈夫ですよナインさん。サティはともかく、シナン君の”お世話”ならあたし達にお任せて下さ~い」

「サティじゃ、”女役者不足”ですからね~」

「いい男の”剣や槍”ってのは、女にたくさん”磨かれて”、よりいい男になりますから~」


 言葉の意味を何となくナインはわかっていたが、あえてそれを口に出さなかった。


 そしてニケルがパスタを持ってくる。

「おまっとぉ~。赤玉キノコのクリームパスタ五つと、ナインスペシャルっすね」


”おい、ニケル。赤玉キノコの方は大丈夫なのか?”

 ナインが小声でニケルに話しかける。


”大丈夫ッス。刈り取るとき、ちゃんと赤玉キノコの胞子も辺りにばらまいていますから。抜かりはないッスヨ”


 ニケルの狩り場を他の冒険者達は聞き出そうとしたり、ニケルを尾行しようとしていた。

 しかし、金色犬鷲の団、団長三人が来店したことにより、後ろに旅団が控えているニケルを問い詰めることが出来なくなり、さらに、尾行しようとしても、いつの間にかナインによって眠らされたり、邪魔が入ったりしていた。


 黄色い声の発する三人娘の中に、時折サティの不機嫌な声が混じる。

 それをなだめるシナン。 

 いつの間にか、華やかな賑わいになっている滝の山脈亭に、ナインはにやけながら、その様子を見守っていた。


「もうこなったら! シナン! これから毎週水曜日はここでお昼を食べるわよ!」

 そんなサティの宣言に抗議する三人娘

「ええっ~。サティ! あんたなにいってるのよ!」

「ちょっと横暴よ! 独裁よ! シナン君はみんなのものよ!」

「サティ! 男を縛り付ける女は、いつか愛想つかれ……あれ? その方がいいの……かな?」


「まぁ、僕はサティがそれでいいなら……」

「それみなさい! 決まりよ、決まり! あんた達はせいぜい課外研究会に励んでなさい!」

 憮然ぶぜんとする三人娘。

 しかし、サティのその言葉を、耳を皿のようにして聞いている女性達がいた。


     ※ 

 ――後日、ヤゴの街、某所。


『それは確かな情報なのか?』

『はい、”諜報員”が偶然居合わせました。これから毎週水曜日、”金魚”は”番犬”と共に、滝の山脈亭で昼食をとるようです』

『よろしい。”金魚”が確実にそこにいるだけでも、我々にとっては貴重な情報だ。協力に感謝する』


 ――冒険者というものは例え同じ旅団に属していても、仕事や鍛錬などで、そうたびたび顔を合わせることはない。

 しかも、それが美男美女だとなおさらである。


 卒業生勧誘の時に女性冒険者が多かったのも、確実にハヤブサのご尊顔を拝められるからである。

 ましてや、それがフリーの冒険者のシナンだと、その居場所はサティすらわからない時もある。


 ハヤブサと人気を二分すると言ってもいいシナンが、毎週水曜日の昼。滝の山脈亭を訪れるとあっては、例え、番犬サティ付でも、ファンにとっては僥倖ぎょうこうである――。


『しかし、一つ懸念が……』

『”貴腐人きふじん”のことか……たしかに、その気になれば、あの御方は力で我等を排除し、財力で滝の山脈亭を貸しきりにすることぐらいわけはないが……』


『その点は大丈夫だと思います。元々夜型の人間。しかも偏食がたたって、《まかないのご姉妹様》よりお叱りを受けております。お二人の目を盗んで、外に食事に行くとは考えられません。フラン様との食事ですら、事前に申請しているぐらいですから』


『了解した。では最後に、《金魚の盟約》の詠唱を』


『一、金魚は観賞するもの。決して自ら手を触れてはいけない』

『一、例え金魚から近づいてきても、過度の接点は慎むべきである』

『一、番犬は攻撃するのではなく、あしらうものである』

『一、《親衛隊》の存在を、我等は永久に認めない』

『一、金魚の関係者は、例え”ろくでなし”でも丁重に扱うものである。ただし、それは、金魚の側にいる時のみである』


「「「「ごちそうさまでした~」」」」

「ありがとね~」

”チリンチリン”とドアの鈴と共に店を出て行く女性冒険者や魔術師達を、カッペラは笑顔で見送る


 コップやお皿を片付けながら

「金魚かぁ~。この店でも飼ってみようかしら。あらでも、番犬も一緒に飼わないと。お腹のすいたろくでなしナインに丸呑みにされちゃうかもね」

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