でえぇぇとおぉぉお!! シテマス??

 話はちょっと前にさかのぼる。


 ――金色犬鷲の団、アジトの団長室にて。

「……以上が、滝の山脈亭でおこった顛末てんまつでございます」

 

 ここ最近、滝の山脈亭を賑わしている噂については、当然、イヌワシの耳にも入っていた。 

 

 滝の山脈亭には団員が働いている。

 もしかしたら、団員が何かしでかしたかと、イヌワシはフクロウに内偵を命じていた。

 そして今、調べ終わったフクロウが、イヌワシに向かって報告をしているところである。

 

 団長席に座り、腕組みをしながらフクロウの報告を聞くイヌワシ。

 団長机の上には、ニケルが作ったチラシが置かれていた。


「ニケルは新しいことに”挑戦”していました。不覚にも、我々は彼の意をむことができず……。結果的に、フラン様やイネス様、そして、アルゲウス様のご助力を得た形になってしまいました……」 

 付け加えるようにハヤブサが進言する。


 金色犬鷲の団にも当然、女性団員が在籍している。

 ニケルがなぜ、自分の団にチラシを入れなかったのは、それは本人にしかわからない。

 

 ひょっとしたら、団の力を借りず、己一人の力で成し遂げたかったかもしれない。

 しかし、それを団長が知り見守ることと、何も知らず放置していたのとでは、天と地と、雲泥の、清流と肥だめの差があった。

 

 同じ団の仲間でありながら、新しいことに挑戦する部下の為に何も出来なかったと、後悔、そして己の不甲斐なさを責める雨が、団長である三人の心に降りかかる。

 

 ちなみに、ハヤブサが進言した名前の中にナインが入っていないのは、わざとなのか、元からナインの名前を記憶する気がないのか、それは彼にしかわからなかった。


 イヌワシは目を見開くと、何かを決意したかのように立ち上がる。

「まだ遅くはない! 我々がなすべきことは、今、出来ることを全力で遂行するのみ! 者共、ころもまとえ! いざかん! 滝の山脈亭へ!」

「「御意!」」

 

 イヌワシが引く椅子に腰掛ける、フクロウとハヤブサ。

 それをナインは、かつての街の人間と同じように目と口を限界まで開き、己の体の時を止めて眺めることしかできなかった。


「い、いらっしゃいませ。イヌワシ様、ハヤブサ様、フクロウ様。……ご注文は?」

 集会時に遠くから眺めているのとは違う、旅団の団長三人が自分の目の前に座っている光景に、ニケルはこれ以上ないほどの緊張を体全体で感じていた。


「こちらの”女性二人”には、チラシに掲載されていた赤玉キノコのクリームパスタを、私にも同じものを大盛りで頼む」

「か、かしこまりました」


 無心になってパスタを作るニケル。

 親父が手伝おうとしたが、ニケルの迫力に、他の客の注文を作ることに決めた。


「お、お待たせしました」

 うやうやしく、ニケルはテーブルの上に三つの皿を置く。

 そして三人はフォークを手に、クリームに絡まれた赤玉キノコのスライスをまず口に含んだ。


「「「!」」」

 その瞬間、三人同時に眼が見開く。


「シェフ殿、少しよろしいか?」

 フォークを置いたイヌワシは、厨房にいるニケルに声を掛ける。


「シェフ?」

「お、おめぇのことだよ! 早く行ってやりな!」

「は、はい!」


 親父にせかされて、慌ててテーブルに向かうニケル。

”味付けを間違えたかな”と、その心中は穏やかではなかった。

 恐る恐るイヌワシに尋ねる。


「な、なんでしょう?」

「この赤玉キノコを食してみたが、本の山でも、ましてや《星の丘》、《波の野》でもない。一体どこで採取したものなのか?」


「え……いや……その」

 返答に困るニケルに、ハヤブサが助け船を出す。

 しなを作り、紅を塗った唇から、オネェ声を発しながら……。


「あ~らイヌワシ様。シェフにとってスープとソースのレシピは、まさに命と言えるもの。それを知りたいだなんて、野暮にも程がありますわ」


 さすがにフクロウはいつもの口調で、あるじであるイヌワシに進言する。

「シェフにとって新しい材料とは、まさに金の鉱脈にあたいします。それを気安く尋ねることは、戦場において功を横取りするに等しい所行でありますぞ」


 二人のたしなめを耳に入れたイヌワシは

「うむ、これは小生が間違っておった。不躾ぶしつけなことを聞いて申し訳ないシェフ殿。どうか、許されよ」


「い、いえ、そんな!」

 幹部の進言を聞き、そして部下に詫びを入れるイヌワシの姿に、ニケル、そして店にいる客から野次馬まで、イヌワシの器量の大きさを体感していた。

 ……たった一人、ナイン以外は。


そして三人はパスタを平らげると、”男性三人分”+チップ代を払い、店を後にした。


「や……やられた。……やりやがった」

 砂上の楼閣が崩壊するように、ナインの体は砂のように崩れ落ちていった。

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