手合わせ、シテマス
鍛錬場の中には、ゴーレムのいない、冒険者同士が鍛錬を行う闘技場がある。
魔力コインのレベルによって使える時間が決まっており、ゴーレムのいる闘技場のように、安全のため、ちゃんと結界も張られる。
「そんなに緊張しなくていいよ。手合わせと言うよりも、ちょっと気がついたことがあったからね」
そしてシナンは同級生の男子にも声をかける。
「君たちもよく見ておくといいよ。こういう戦い方もあるってことをね」
「「は、はい!」」
シナンは備え付けてある木製のロングソードを、アデルはショートソードを手にする。
「アデル君。僕からは一切攻撃しないから、思いっきりぶつかってきていいよ」
「はい! お願いします」
「準備はいい? コインを入れるね」
柱に空いた穴に向かって、サティが【浮遊】の魔術でコインを飛ばす。
結界が張られた瞬間、アデルは両手で握った剣に力を込め、体が緊張で満たされる。
対するシナンは、右手で剣を持ち、剣先を地面に下ろすと、左手は腰に当てていた。
(そう言えば、卒業してから人に向かって攻撃するのは初めてかも知れない……それにシナンさん、自然に構えているように見えるけど、どこに撃ち込んでも反撃されるような……)
アデルの息が徐々に荒くなっている。
「アデル君、落ち着いてね。僕のことは案山子と思っていいから」
(そうだ! 案山子! 案山子なら隙も何もあるわけない!)
体の力が一瞬抜けた瞬間、アデルの体はシナンに向かって跳ぶ。
そして手を置いている左腰に向かって剣を振る。
”コーン!”
右腕を伸ばしたシナンの剣がそれを受け止める。
(一端ひいて、右の脇腹を!)
アデルは剣をひこうと……するが、シナンの剣はまるでアデルの剣に吸い付いたように離れなかった。
(え? ええ?)
アデルの体がわずかに浮く。
次の瞬間、シナンは軽く剣を押し出すと、アデルはそのまま尻餅をついた。
何が起こったかわからず、呆然とするアデル。
「まだ時間はあるよ」
「は、はい!」
シナンの声に我に返ると、すぐさま起き上がり、間髪を入れずに左肩に剣を撃ち込む。
シナンの剣はそれを防ぐが、今度は力押しで体ごと押し込む。
しかし、足に力を込めた瞬間、シナンの体はぐるりと回転する。
「うわっと!」
そのまま前のめりに倒れそうになるアデル。
しかしすぐさま振り返り、再び剣を撃ち込む。
剣で受け流す隙を与えまいと、上下左右、立て続けに撃ち込むアデル。
それを全て剣で受け止めるシナン。
しかし、アデルが剣を振り上げたとき、シナンの剣もまるで吸い付いたように上を向く。
(ええ!?)
バンザイ状態のアデルに向かって、シナンは軽く足を前に出し、剣を押し出す。
「!」
もはや叫び声を上げるまもなく、アデルの体は後ろに倒れてしまった。
「……ど、どうなっているんだ?」
「アデルのヤツ、勝手に転んでやがる」
同級生達も、何が起こっているのかわからず、ただあっけにとられていた。
それからもアデルの攻撃は続いたが、シナンの剣はそれを全て受け止めると、時には剣を滑らせ、時にはアデルの剣に自分の剣を吸い付かせて、バランスの崩れたアデルをひたすら転ばせていた。
「は~い! そろそろしゅ~うりょ~う!」
サティの号令と同時に、闘技場の周りの結界は解かれた。
シナンは呼吸一つ乱さず、まるで最初から微動だにせず、そこに立っていたかのように。
片やアデルは砂だらけになりながら四つん這いになり、犬のように舌を出し、息を荒くしていた。
「アデル君、お疲れ様」
「あ、ありがとう……ございます」
差し出されたシナンの手を握り、何とか立ち上がるアデル。
「その顔は、何が起こったかわからないみたいだね」
「……はい」
「アデル君の打ち込みは確かに鋭い。レベル二のゴーレムを倒すのもわかる。でもその後がいけない」
「その……あと?」
「そう、剣を撃ち込んだり、振り上げた瞬間の体勢が隙だらけなんだ。だから、僕が少しアデル君のバランスを崩しただけで、簡単に転んでしまう」
「は、はい! ……そう言えば、以前ゴーレムと戦ったとき、剣を振り上げた瞬間、お腹にパンチをもらいました」
「うん、これは練習相手のいない新人の悪い癖なんだ。もっともこれは、僕がナインさんに最初に教えてもらったことなんだけどね」
「!」
「そしてもう一つ、アデル君は相手の攻撃を受けるとき、全力で受け止めているね」
「え? それがいけないんですか?」
「間違いではないよ。でも、魔物のレベルが上がるたび、その力も強力になる。それが魔物に通用するのは、それこそ灰色熊の団の団員さんみたいな、体格に恵まれた人ぐらいさ」
「だから、僕の攻撃を受け流したりしていたんですね」
「そういう事。僕らみたいな非力な人間では、いずれ壁にぶち当たってしまう……」
「あ! それが《ナゴミの壁》!」
「そう、わかってくれたかな?」
「は、はい! ありがとうございます!」
そしてシナンは同級生の方にも目を向ける。
「君たちもただゴーレムを倒すだけじゃなく、いかに力を節約して倒したり、攻撃を受け流すことを考えながら鍛錬するといいよ」
「「はい! 勉強になります!」」
シナンによる授業が終わったと見るや、鍛錬場の婦人は声をかける。
「シナン君、ゴーレムの準備が出来たよ」
「ありがとうございます! せっかくだから僕の鍛錬も見に来るかい?」
「「「はい!」」」
アデル含む男子達は、そろって返事をする。
「あんたたちもついていらっしゃい。今日は課外授業ね。あたしの本気をちょっとだけ見せてあげるからね~」
「「「は、はい!」」」
サティの妖しい呼びかけに、女子達もそろって返事を返した。
二人に連れられて、新人冒険者と見習い魔術師はぞろぞろと後をついて行く。
それを鍛錬場の婦人は目で追いながら、軽く微笑んだ。
「ふふ! まるで親鳥について行く、ひな鳥みたいだね」
「シナンさんが戦うゴーレムってなんですか?」
男子の一人がシナンに声をかけると
「うん、レベル八の、オーガタイプさ」
「「「「「「えぇ~!」」」」」」
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