VS オーガゴーレム、シテマス

 新人達を引き連れたシナン一行は、中級、上級の闘技場の前を通っていく。

「今日はシナンさんがいるから、堂々と通れるな」


「え? どういうこと?」

 同級生の会話にアデルが尋ねた。


「この前、俺たちが奥へ入ったら

『ひよっこ共がうろちょろするんじゃねぇ!』

って、怒鳴られたんだ」


「へぇ~」

(僕の時は、運がよかったのか……)


「よう! シナン、やっとかめ! サティちゃん、たまには俺ともパーティ組んでよ」

「へへん! また今度ね!」

 軽い口調で、ベテランの男性冒険者がシナンとサティに声をかけ、サティが軽くいなした。


「シ、シナンさん! お久しぶりです! この前は鍛錬につきあってくれてありがとうございました!」


 アデルが着たら、おそらく歩くことすら出来ない鉄の鎧を纏った女性冒険者が、まるで少女のように、シナンに向けて礼と挨拶をする。


「やっとかめ! 僕でよければ、また、声をかけてくれていいよ」

「はい! ありがとうございます!」

 その言葉に、サティの顔が少しむくれる。


一行の目の前に現れたのは、さらに地下へと延びる階段だった。

 階段を下りたひよっこ達の前に現れたのは、アデル達の身長程の棍棒を持ち、身長は倍近い、巨大なオーガタイプのゴーレムだった。


「「「で、でけぇ~」」」

「さすがにオーガタイプのゴーレムは大きいからね。もう一段、地下へ掘り下げないと頭が天井につかえてしまうんだ」


(こ、こんなのと、シナンさんは戦うんだ……)

 そしてシナンは鎧を脱ぎ、娑婆袋へ入れていた。

 アデルが思わず尋ねる。


「え? シナンさん。鎧、脱いじゃうんですか?」

「うん、アデル君がその皮鎧で、自分よりレベルの高いゴーレムに挑んだからね。これぐらいはしないと、みんなのお手本にならないから」


(ふふん! ひょっとしてシナン。ナインさんの弟子同士、アデル君と張り合っているのかしらね? 本当、子供なんだから……)

 シナンを眺めながら、サティは心の中でにやけていた。


 皮製の鎧と手袋、ブーツを纏ったシナンに向かって、サティが声をかける。

「準備はいい、じゃ、魔術をかけるからね。あんた達もよく見てなさい!」

「そ、そうだよな。いくらシナンさんでも、補助魔術がなけりゃ……」


「そ~れ! 【筋力強化】! 【防御強化】! 【耐久強化】! 【加速強化】! 【生命力強化】! 【重量軽減】! 【火精付与】! 【土精付与】! 【水精付与】! 【風精付与】!」


 アデルのまばたきとまばたきの間、心臓の数回の鼓動、軽い深呼吸。

 そんな時の間に、サティは十の魔術をかけていた。

 

 しかもそれぞれが、《太古の女性が、いろいろな服を着ている本》の様なポーズをとりながら。

 そして魔術をかけたその先はシナンではなく、

 

 闘技場の端にそびえ立つ、オーガのゴーレムであった。

 

 いろいろな強化の粒子を纏うゴーレム。

 手に持つ棍棒には、四つの精霊の加護が付与されていた。


「とどめは~【デラ! 魅了】!」

 サティは両手でハートのマークを形作ると、淡い桃色のハートをシナンに向かって飛ばした。

 しかし、シナンの体が桃色の光で包まれても、その目は相対するゴーレムをまっすぐ見つめていた。


「ぶ~~~~!」

 ほっぺを膨らますサティ。しかしすぐさま心の中で呟く。

(よし! 今日もかっこいいぞ! シナン)


「サティ、コインを頼む」

 ゴーレムを見つめたまま、シナンは力強い雄の声でサティに命令する。


「わかったわ。はい! あんた達、注目!」

 サティは見習い達に声をかけると、娑婆袋からレベル八のコインを取り出す。


 さすがにその大きさは手の平ほどある、大きいモノだった。

 それをサティは顔の前に掲げると


”チュ!”

 口づけと共に、コインは蒼い魔力の炎で包まれる。


「「「!」」」

 その光景に、頬を染めながら目を見開く見習い達。


「【魔力付与】なら、これくらいの”演出”は出来ないとね。そ~れ!」

【浮遊】の魔術でコインを飛ばすサティ。

 コインがゴーレムのお腹に吸い込まれると、闘技場には結界が張られた。


「え! 三重さんじゅうの結界!?」

「これぐらいしないと、見ているあたし達も怪我をするからね」

 アデルの驚きに、サティはウインクしながら答える。


 眼が光った瞬間、地響きを立てて歩を進めるゴーレム。

 片やシナンは、アデルと手合わせしたときと同じように、右手に剣、左手は腰に当てていた。


 咆吼という名の風斬り音が、棍棒と精霊の加護と共にシナンの頭上を襲う。

 ぎりぎりではなく、わずかに余裕を持ってよけるシナン。


 地面に震動を与えた棍棒は、そのまま、シナンをなぎ払う。

 まるで風に舞う羽毛のように、後ろへ下がるシナン。


 再び振り上げた棍棒が、シナンの頭上を襲う。

 しかしシナンは、体を前へ跳ばすと、棍棒を振り上げたゴーレムの腹へ一撃を加える。


「あ、あれは!」

 まるで目の前のゴーレムが、腹にパンチを受けた、かつての自分のようだとアデルは感じた。

 

 暴風のように吹き荒れる棍棒と加護の粒子。

 それをシナンは時には避け、時には剣で受け止める。


 しかも受け止めた瞬間、剣先をそらし、ゴーレムのバランスをほんのわずか狂わせる。

 間髪入れず、剣を撃ち込むシナン。


 その顔は、つい今し方まで優しい笑顔を振りまいていた顔からは想像出来ない、ただ戦うことだけを宿命づけられた戦士の顔だった。


「「「す、すげぇ……」」」

 同級生の男子に混じって、アデルも同じ声を漏らす。


(今のシナンさんの顔……どこかで見たような……あ!)

 ふとアデルは、最初に鍛錬したときのことを思い出す。


 木の枝からつり下げた薪を撃ち込む自分を、冷淡に問い詰めたナイン。

 『魂ごと消滅するぞ!』と忠告を与えた、あの時の顔……。  

(あれが……戦士の顔) 

 

 さすがに疲れも見えてきたシナン。

 その動きも受けも徐々に鈍ってくる。

 わずかに動きが鈍ったシナンに向かって、ゴーレムは両手で握った棍棒を振り下ろしてきた。


(((やられる!)))

 アデル達、新米冒険者でもわかるシナンの危機。

 ほんのわずか、サティの唇が歪む。


だが一瞬、シナンの左腕、肘から下が陽炎のように揺れるのをアデルは見た。

(あれは!)


”ガコ~ン!”


 アデルが心の中で驚いた瞬間、見えない何かが、ゴーレムのあごを下から突き上げた。

 ゴーレムの体は弓なりにのけぞり、腹を突き出す。


 そこへ向かって、シナンは踏み込み、体重、肩、肘の振り、全てを合わせた一撃を、ゴーレムの腹へと撃ち込んだ!


”バシィ!”

 火花と撃音が結界内をこだまする。

 やがてゴーレムの体は、のけぞりながらゆっくりと後ろへ倒れていった。 


”ズズウゥゥン!”

「「「やったぁ!」」」

「「「すっご~い!」」」


 轟音を立てて崩れるゴーレムと同時に、歓声と両手を上げるアデル達。

 結界が解除され、汗をにじませたシナンがやってくる。

 すかさず娑婆袋からタオルを取り出すサティ。


「シナン、お疲れ様」

「こ~ら! サティ!」

 礼を言う前に、シナンはげんこつでサティの頭を、中折れ帽子の上から”コツン”と叩いた。


「いったぁ~い。シナンがぶったぁ~!」

 突然、大先輩の口から放たれる、幼児のような声に戸惑う見習い達。


「おまえ、【強化】系の魔術、全部”デラ級”で掛けただろ?」

「えっへっへ! ばれちゃった……」

 帽子のつばで顔を隠したまま、”ぺろっ”と舌を出すサティ。


「「「えぇ~!」」」

 今度は、驚愕の声をあげる見習い達。


「デラ級を、あの一瞬で?」

「しかも何個も!」


「言ったでしょ! あたしの本気をちょっとだけ見せてあげるってね!」

 サティは顔を上げると、見習い達に笑顔とウインクを放った。  

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