お見舞い、シテマス
懐が暖まっても、なぜかすぐさまステーキを食べる気にならなかった。
フランの店の奥で響くエアリーの叫び声。
自分の体が、本当に魔物に出会わない体になってしまったこと。
そんなことを考えるアデルの歩みは、商店街の花屋の前でふと立ち止まる。
そして、冒険者学園の教官の話を思い出した。
『いいか! 冒険者の仕事は魔物との戦いだが、それだけを考えてはいかんぞ』
『教官殿! それでは、なにを考えればよいのですか?』
『そうだなぁ、パーティーを組んだ女性冒険者に、花を一輪、贈るぐらいの心遣いは持っていないとな』
『では教官殿は、今までどんな花を贈ったんですか?』
『ぬ……そ、それはだな』
『ひょっとして、贈っても受け取ってくれなかったとか?』
『渡す前に食べちゃったんじゃないの?』
『『『はっはっはっは!』』』
『お、おまえら~! 今すぐ学園の回りを十周だぁ!』
「す、すいません。花束を下さい!」
はじめて入る花屋、そして注文に、アデルは軽く緊張した。
「あら、いらっしゃい。イネスさんところの子ね。どんな花束だい」
花屋のおばちゃんに聞かれ、今度は狼狽する。
「あ……え~と、お、お見舞い……お、”女の子の!” こ、これぐらいで!」
語尾を高めながら、慌てて財布から十ダガネを差し出した。
「あらあら、ちょっと待っててね、う~んとサービスするからね」
おばちゃんの目尻が下がると、いそいそと奥へ引っ込み、花束を造る。
「そうそう、このカードになにか書くといいよ」
おばちゃんはカードとペンをアデルに差し出した。
「なにを書けばいいんですか?」
「お見舞いだからね。『早くよくなって下さい』とか、『またパーティー組みましょう』とかね。そうそう、名前を書き忘れないでね」
アデルは無難に
『早くよくなって下さい。 ――アデル』
と書くと、おばちゃんに手渡した。
「はい! 出来たよ」
「ええっ?」
片手で持てる程度を想像していたが、アデルが受け取ったのは、両腕で抱えるほどの大きさの花束であった。
前が見えない為、花束の横から顔を出しながら、再び墓地へ向かうアデル。
(なんか……恥ずかしいな)
頬を染めながら歩くアデルに向かって
「ねぇ! 見て見て! あの子!」
「きゃあ!」
「がんばってね!」
と、街娘や女性冒険者から、よくわからない黄色い励ましの声をもらい、
「けっ! ひよっこのくせに生意気だぞ!」
「玉砕して、くたばっちまえ!」
「骨は肥だめに沈めてやるぞ!」
と、今度は男性冒険者からの罵声を、唾と共に浴びるはめになった。
フランの店の前に着いたアデル。
いつもはドア越しにフランの声が聞こえるはずが、なにも反応がない為、花束を落とさないようノックをして中へと入った。
「アデルです。失礼します」
カウンターにフランの姿はなかった。
「……エアリーさんの調子が悪いのかな?」
カウンター越しに店の奥を覗こうとしたところ
『このくそた~けがぁ!』
「うわぁ!」
店の奥から聞こえるナインの怒声に、アデルは危うくカウンターの向こうへ落ちそうになった。
エアリーが寝ている部屋の中では、シーツで顔を半分隠しているエアリーに向かって、ナインが大声でお説教を垂れていた。
シーツの上に、イネスの店で買ったチーズケーキを置いて……。
『ちょっとレベル三になったからって、調子に乗って一人でラガス狩りに行きやがって!』
『だ……だってぇ。本の山が閉鎖されちゃって……』
『だってじゃねぇ~! 剣も鎧もぶっ壊しやがって! 赤玉キノコ狩りが出来ない今、皿洗いですら、ひよっこ同士で仕事の取り合いしているんだぞ! 乞食にでもなるつもりか!』
『フ、フランさぁ~ん』
エアリーは涙目でフランに助けを求めるも、フランは腰に手を当て、軽く鼻から息を出し
”好きに言わせてやれ”
と、軽く苦笑した。
(なんか立て込んでそうだな……)
アデルはカウンターの上に花束を置くと、店をあとにした。
ふいにフランの耳にドアの音が聞こえる。
カウンターへ向かうとでっかい花束が置いてあり、中にあるカードを覗くと……。
(まったく、師匠と弟子。形はどうあれ、心配する気持ちはいっしょという訳か……)
花束を抱えたフランの耳に、再びナインの怒声が響く。
『だいたいお前はだな~!』
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