第八章 大食い、シテマス
VS レベル八 ヒグマ、シテマス
ねぐらでひざを抱えるアデルに、ナインがひょっこり戻ってくる。
「ん? どうした?」
アデルはフランから頼まれた、亡者の馬に精を吸われる仕事のことを話す。
「ふ~ん。なんか大変だな」
ドブネズミ以下の精の男が、アデルの話を全く他人事で聞いていた。
「条件的にはフランさんがおっしゃるようにデラ破格ですよ。僕より先輩の冒険者の人がキノコ狩りができなくて食い詰めた先、歓楽街で働くのはまだましな方、夜盗みたいな集団に入ったと言う噂もあるとか……。シナンさんやサティさんも心配していました」
アデルはふと自分の同級生達がどうなったかを考えていた。
パン屋の窓や冒険者組合で見かけるその姿も日に日に減っていくようにも感じていた。
ヤゴの街は今非常事態宣言中だから、一時的に故郷へ帰ったり、ほかの街や都へと移っていったと考えたかった。
「他人がどうこうってのは今は考えるなよ。お前の道はお前だけしか歩けないんだからな」
「ですね。そういえばフランさんがおっしゃっていましたけど、ナインさんは報酬をもらうとすぐさま歓楽街へ向かったと……。お姉さん達に振られたんですか?」
フランの店でエアリーを怒鳴っていたことを、アデルはあえて話さなかった。
「おめぇもいっぱしに言うようになったね。腹減ったろ? 飯行くか?」
「……自分の分は自分で払ってくださいね」
「そう睨むなって。おごってやるよ。実はおもしろいのを見つけたんでな」
「おもしろいもの?」
(この人のおもしろいは、通り名の通り、ろくでもないことだけど……)
羽交い締めにされ、亡者の馬に無理矢理精を吸われた時を思い出したが、とりあえずおごりと聞き、親鳥の後をついて行く雛のように、ナインについて行った。
「滝の山脈亭? ここがどうかしましたか? よく食べに行きますけど……」
「あそこを見てみな」
ナインが指さした方にアデルは目を向けると、
『八平ステーキを十枚完食すれば
※ただし食べきれなかったら五百ダガネ頂く』
と書かれた貼り紙がでかでかと貼られていた。
もちろん、これを考えたのはニケルである。
「おめぇ、ここの八平ステーキが好きみたいじゃねえか。ちょっとした噂になっているぜ。どうだ、やってみるか? もちろん食いきれなくても金は俺が払ってやるよ」
もやもやした気持ちを吹き飛ばすかのように、アデルは高らかに宣言した。
「ん~わかりました! どうせこの体は亡者の馬達に食べられる運命ですからね! 未だにこのステーキが”何の肉かわかりません”けど、逆に食べ尽くしてやりますよ!」
奢りでステーキ十枚に俄然気合いが入り、鼻の穴から熱い息が勢いよく吹き出された。
「そうこなくっちゃぁな! 親父この……」
ナインが親父に話そうとしたところ、突然、地震のように店内が揺れた。
「親父ぃ、例のステーキ、食いに来たぜぇ……」
まさしく大熊のような大男が店の中に入ってきた。
茶色の髪どころか、全身に茶色の毛が覆われているような毛深いその男は、店の天井をその頭で削るかのように奥へ行くと、椅子を四つ並べ、それでも納めきれない尻の肉を置いた。
目の前の大男を、アデルは卒業式の時広場で見た灰色熊団の団長、ハイイログマと思ったが、その風貌よりもさらに一回り以上大きかった。
「《ヒグマ》だ。レベル八のヒグマが現れやがった!」
「昨日レベル五のアナグマが、ステーキに挑戦して泡吹いて倒れたからな。あいつ仇討ちに来やがった!」
店にいた何人かは飛び出して仲間を呼んだり、飲食店街中に触れ回っていた。
ナインは小躍りして親父に話しかけた。
「こりゃおもしろくなって来やがった! 親父、こっちにもステーキ十枚くれ!」
自分と同じ注文をしたナインをヒグマは一瞥すると、
「へぇ、ナインさんも挑戦するのかい? こりゃ相手にとって不足はねぇぜ!」
「勘違いするなよ。レベル八のお前ごときが俺様の相手を務まるとでも? お前の相手はこの坊主さ」
明らかに挑発的な言葉をヒグマに投げかけながら、ナインはアデルの頭の上に”ポンッ”と手を置いた。
「ええぇ!」
アデルが驚くと同時にヒグマの眉がピクッと動き、そのこめかみには青い血管が徐々に浮き上がってきた。
「ナインさんよぅ! あんたはうちの団長が
ヒグマは特注のシャツの袖をめくり、アデルの胴体ほどある太い腕を見せつけた。
「ま、せいぜい今のうちに
「あいよ。ちなみにおめぇら金は前払いな。食い逃げされちゃたまらんからなぁ。なぁに十枚食えば金は返してやるよ」
「へっ! ちゃっかりしやがって!」
ナインは、財布から百ダガネ金貨五枚をカウンターに置いた。
ヒグマも、付き人らしき団員が親父に金を手渡した。
すでに店先には野次馬共が集まっており、それを見たナインは何かを思いつき、
”にたぁ~”とにやける。
「さぁさぁ張った張った!
『灰色熊の団、特攻隊副隊長、レベル八のヒグマ』
VS
『ドエリャア色男の俺様ナインが目をかけた、レベル一の期待の新人アデル』
とのステーキ十枚勝負だ!」
(特攻隊副隊長! どおりで……すごいなぁ)
アデルは自分が賭の対象になっているのを気にせず、目の前で睨み付けるヤゴの街で最大級の冒険者を、物珍しそうに眺めていた。
「おいナイン! レートはいくつだ?」
野次馬の声にナインは一瞬考えるが、
「そうだなぁ、レベル差から言って
そんなナインの答えに店の奥から野太い声が響く。
「聞き捨てならねぇなナインさん。こんな小僧が俺の八分の一の強さだと? こんな奴、十人や二十人、よってたかってかかってきても片手で十分だぜ」
「よっしゃわかった! んじゃ一.一対二十な。これなら文句あるめぇ?」
レートが決まった瞬間、俺ヒグマに百! 俺は三百だ! と皆、ヒグマに賭けはじめた。
ナインは忙しそうに木の器に金を入れ、金額を紙に書いて賭け札として皆に配っていた。
「なんだよ、だれも坊主に賭けないのかよ。いいのかお前ら、俺の一人勝ちになるぜ?」
ナインは金の入った木の器をじゃらじゃら鳴らしながらみんなを挑発する。
「てめぇこそ! 大損しそうになったらトンズラするんじゃねぇぞ!」
(やっぱり誰も僕に賭けるわけないよな。ナインさんには悪いけど……)
そう思うアデルの耳に聞き慣れた女性の声が届いた。
「私はアデル君に五十よ!」
アデルと野次馬が振り向いた先にいたのは、パン屋の女将、イネスだった。
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