魔物除け、シテマス

 屍回収の仕事が終わった後のアデルの気分は何か優れなかった。

 

 馬車の中で聞かされた魔物を遠ざける自分の体。

 そして初めて見た屍という冒険者の末路。

 

 これらが一度に降りかかったアデルは、毎日のように自問自答し、落ち込む心を奮い立たせていた。

(ひょっとしたら、冒険者への想いが冷めてしまったのかな。いや、そんなことはない! ナインさんが言ってた、初めて冒険者の屍を見た為、魂が固まっているんだ!)


 そして、馬車の中で聞いたフランの言葉も思いだす。

(それに、やがてレベル十以上の冒険者が招集されるかもしれない! せめて一目見るまでは!)


 数日後の昼過ぎ、ウッゴ君とウッゴちゃんがイネスのパン屋に現れ、注文の紙と共に、アデルに手紙を渡した。


 仕事が終わりフランの店を訪ねると、

「すまんのう。仕事中だったか? この前は馬車と馬鹿馬共を片付けてくれて感謝するぞ」

 カウンターに座るフランの顔はわずかに疲れていた。


「大丈夫です。仕事はちょうど終わりました」

 アデルはそう答えると、フランは胸の谷間から袋を取り出し、”じゃら!”と言う音と共にカウンターの上に置いた。


「この前の報酬じゃ。ここからいくら借金を返すかはお主に任せる。金勘定ぐらい冒険者のたしなみじゃ。馬鹿馬共に余分に精を吸われた分の報酬も入っておる。確認するがよい」


 以前ナインに言われたように、アデルは袋を開け確認すると、とりあえず借金の端数分をカウンターの上に置いた。


「意外と堅実じゃの? 今さっきナインなんか、袋を置くどころか胸から取り出した瞬間、奪い取って歓楽街へと消え去っていったがな。まぁこき使ったゆえ、どさくさ紛れに胸ぐらい触られてもいいとは思っておったが……。よいよい、借金を返す気があるのなら再びお主に屍回収の仕事を頼みやすいって事じゃ。あと実は別の仕事が……」


『いやぁー! こないでー! いたーい! 助けてー! ナインさーん!』


 叫び声が聞こえるやいなや、すぐさまフランの体が舞い上がるように店の奥へ消えていった。

 乱暴にドアが開かれる音が聞こえ、叫び声をかき消すようにフランも叫び始めた。


『フランじゃ! ここは……儂の家……! だいじょうぶ……お主は……生きておる! ……ナインが……助けた! ……助けたのは……ナインじゃ!』


 エアリーが冒険者としてもっとも信頼する男の名前を、フランは何度も何度も叫んでいた。

 ぶつ切りになった意識に合わせるかのように、間隔を開けて叫ぶフラン。

 アデルはもしかして自分も……と蘇生したての頃を思い出していた。


「エ、エアリーさんは、大丈夫なんですか?」

 カウンターに戻ったフランに、アデルは恐る恐る尋ねた。

「お主の時と比べたら順調すぎるぐらいじゃ。今はまだ肉体と魂のつながりが不安定じゃからの。肉体から魂が引き離される時の記憶が蘇っておるだけじゃ。しっかりなじめばきれいさっぱり忘れる。……えっと、どこまで話したかの?」


 フランは、アデルにカウンター横のテーブル席を勧めた。

 やがて、命令されたウッゴ君がお茶とお菓子を持ってくる。


「何か僕に別の仕事があるって?」

「そうじゃった。実はな、前にも話したが、あの馬鹿馬共がお主を気に入っておっての」

「……もしかして餌になれ! ってことですか?」


「察しがいいな。話が早いのは儂も好きじゃ。実はあやつらを担保に取ったのはいいが、奴らの餌の精をどうするかずっと考えておっての。とりあえずネズミ取りを仕掛けたのはいいが、あやつらときたら、あっという間にこの辺のネズミを駆逐しおってな。おかげで家の中はきれいになったのはいいが、それでも全然足りなくての」


 エアリーに向かって叫んだ喉をしめらせるため、フランは紅茶を一口含んだ。

「この前お主の精を吸った時は飢え死に……いや、消滅寸前だったらしいわ。じゃから儂も破格の報酬を出したというわけじゃ。お主だってあの時、何もない街道の真ん中にぽつんと取り残されたくはないじゃろ?」


(今思えば、ナインさんの精ってネズミ以下だったのか。で、代わりに僕をと)

 目を細め睨み付けるアデルの気持ちを察してか、フランは慌てて条件を話した。


「む、むろん報酬はこの前と同じ、片腕分百ダガネ! 二頭で計二百じゃな。もちろん吸われた分を補充する為に精神力ポーションか、それなりに豪華な食事を振る舞うぞ。お主にとっては、むしろ後者の方がいいんじゃないか?」


「ポーションを直接、馬に飲ませてはいけないんですか?」

「いい質問じゃ。だが羊は草を食べ、狼は羊を食う。狼が草を食べられないのと一緒じゃ」


「……僕は羊ですか?」

 アデルがぼそっと皮肉を吐き出すも、その言葉はフランの二つの小山に弾かれた。


「なんなら雨の時は馬小屋で寝てもよいぞ。飼い葉も準備してあるからその上で寝てもよい。それに奴らは亡者じゃ。糞もショ○ベンもしないから取り替える必要もないしな。あとは……、まぁおいおい聞いてくれればよい。どうじゃ?」


「餌って、毎日ですか?」

 自分が食べられる日を聞くのも滑稽こっけいと思いながらも、アデルは一応尋ねてみた。


「安心せい! 一週間に一度ぐらいでよい。お主も仕事があるから最低十日に一回は吸われてくれ。心配するな、片腕以上は吸わないよう、よ~く言い聞かせてある」


アデルは、”今言ったことを守ってくれるなら”、と言うことで了承した。

「じゃあ、何日か後に食べられに来ます。あと、一つお聞きしてもいいですか?」

「ん? なんじゃ?」


「屍回収の時、僕は役に立ったんですか?」

「そうか……お主じゃまだわからんかったか?」

「え?」


「狭間の谷に着いたとき、谷底にいるエアリーの屍に向かってな、魔に取り憑かれた熊、《カオスベア》がやってきたのじゃ。おそらく、あやつの血の臭いに引かれて、谷のどこからか降りてきたんじゃろ」

「え!」


「だけどな、お主が谷底をのぞき込んだら、慌てて尻尾を巻いて引き返していったがな。屍回収が一刻を争う理由は、正にこうした危険もあるということじゃ」

 全く実感が湧かない出来事に、アデルは狭間の谷にいた時の記憶を必死に思い出していた。


「あと、帰り際もな。夜行性の《ブラックアナコンダ》も何体かうろついておった」

「……それって、身長が僕の何倍もあるでっかい蛇ですよね?」


「そうじゃ、お主なんかひと飲み出来るヤツじゃ。そいつらも儂らが近づくと、まるで道を空けるように逃げていったがの。いくら人の何倍もの大きさのブラックアナコンダといえども、ドラゴンから見ればミミズみたいなモノじゃなからな。

 もっとも、こやつら程度の魔物では、儂やナインも不覚はとらんが、それでも出会わないにこしたことはない。こんな簡単な屍回収は、近年例がないくらいだったぞ」


「そ、そうだったんですか……」

「そういうわけでな、さっきも言ったが屍回収の仕事もこれからも頼みたい。やってくれるか?」


「……わかりました」

 アデルの心はまだ固まっており、前向きではなかったが、一応返事を返した。

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