冒険準備、シテマス

「あ、《イタチ》さん、どこにいってたんですか?」

 

 犬鷲の団の勧誘場所のすぐ隣で、勧誘用の机と椅子を準備していた若い冒険者は、冒険者学園の迎賓室ですばらしい音色を響かせていた吟遊詩人に向かって声を掛けた。


「ああ、ちょっと学園でお仕事をさ。よその団と同じでうちの団もさ、結構台所事情が厳しくてさ。学園からお仕事を貰って何とか食いつないでいるんだわさ」

 

 イタチと呼ばれた男は疲れた様子でロッキングチェアに座り、”長い右足を左足の膝上へと組み、右手の指でほおづえをつきながら”心地よい揺れにその体を預けた。


「あの~イタチさん、本当にうちらは卒業生を勧誘しなくていいんですか? 結構うちらの団のことを聞いてくるんですけど……」

 

 イタチは帽子に隠れた顔をわずかに上げ、けだるそうな顔をして答えた。

「ああ~だいじょうぶだようちはさ。おれら《くれないイタチの団》はさ、わざわざ足手まといの卒業生なんぞ勧誘しなくてもさ、”適正者”が向こうからやってくるさ。おまえさんみたいにさ……」

「へっへっへ、そう言われてみればそうっすよね」

 

 イタチに話しかける男はつい先日、イタチが街中で声をかけた冒険者であったが、その体の傷、特に”スネ”に刻み込まれた傷の多さは、年相応とは思えないほどであった。


「そういうことさ。あくまで俺たち鼬のような”きつい匂い”の奴が来たらさ、起こしてくれればいいからさ。そうすればさ、俺から説明するから……さ……」

 

 イタチはにやけた笑いの後、再び眠りについたように見えたが、帽子の影から覗く鋭い眼光は犬鷲の集団、特にハヤブサのあたりへと向けられていた。

 

 そんなイタチの様子をフクロウは常に視界の隅に捕らえ、イタチの眼光の揺らめきを一片たりとも逃さぬほど注意を払い、時には牽制以上の殺気をイタチへ向けて放っていた。

 

 フクロウから放たれた無数の殺気も、イタチは風のように受け流し、薬指にはめた妖しく光る《透視の指輪》の力によって、ハヤブサの周りにたむろする女性冒険者の肢体を、その鎧越しから眺めていた。


「そうツンツンするなよ、フクロウ”ちゃん”。”御館様おやかたさま”にはなにもしやしないさ、”今”はさ……」

 

 イヌワシの演説が終わると冒険者の卵達は、


「やっぱ入るなら犬鷲の団だよな」

「一度は挑戦してみるか!」

 

 そう口々に叫びながらクエストをもらおうと犬鷲のクエストの箱の前に一斉に並び、アデルもまたその後ろについた。


 一人ずつ順番にクエストの紙が箱の中から取り出され、確認した者は早速狩り場へ向かったり、道具屋や冒険者組合の店へと向かっていった。

 アデルも箱の中から紙を取り出し邪魔にならないようすこし離れた場所で紙を開いた。


 『《ほんの山》に生息する赤玉キノコ一つと、白ウド十本を採取せよ。大きさは問わない。健闘を祈る! イヌワシ』

 

 書き直したり違う紙にすり替える不正防止の為だろうか、紙の真ん中に旅団を表す犬鷲の印が押してあった。


 ――本の山とは、ナゴミ帝国が誕生する前に存在したと言われる古代帝国の図書館が発見されたことに由来する。

 ヤゴの街に魔導研究所が設立された理由の一つに、この遺跡や書物を研究する為だともいわれているが、その全貌は未だ解明に至っていない。――


「え~っと、本の山は……国立墓地の横を通って、北門を出てひたすら北か」


 アデルは道具屋への道中、入学時に学園からもらったヤゴの街周辺の地図をみながら、クエストの狩り場を確認していた。そして冒険者組合に向かい買い物を行った。 


「すいませ~ん! え~と三日分の保存食と水袋、松明と油と火打ち石、ロープやナイフ、野営の為のマント兼毛布をください」


「袋はどうするかね? 。君は体はまあまあだけど軽くするに越したことはないよ」

 

 冒険者組合の主人マスターは冒険者の卵に向かって商売っ気を含んだアドバイスをアデルに与えた。


(マントは身につければいいけど袋は……奮発するか!)


 アデルは二倍入って重さは半分になるリュックを買ってそれらに詰め込んだ。


(さてどうしようかな? もう日も傾いたし……かといって買物したから宿屋に泊まるお金は節約しないと……)

「すいません! 雑魚寝ざこね部屋って空いてますか?」

 

 ―― レベル二まで一ダガネで泊まれる冒険者組合の雑魚寝部屋は男女別に分けられており、特に女性の冒険者にとって安心できる部屋であった。――


「あぁ、もう満杯だね、君と同じで犬鷲や他の旅団のクエストを受ける子達で、もう足の踏み場すらないよ」

「そうですか……」

 

 落ち込む様子を見せ、カウンターから離れたアデルに対し主人は声をかけた。


「ん、君はどこへ行くんだね……ふむ、本の山か。なら予行練習で北の門の側で野営したら? 本当は規則でだめなんだけどね。でもまぁ、卒業生なら衛兵さんも見て見ぬふりをしてくれるさ。なんなら俺がそう言ったと伝えていいよ。なにせあそこの衛兵さんも元冒険者だからね」

「あ! ありがとうございます!」


 店を出て行ったアデルの後に、数人の卒業生が組合の主人に尋ねていた。


「すいません、今年の地図ってありますか?」

「ああ、悪いね。なんか今年は発行が遅れていてさ。でも入学の時に学園でもらった地図があっただろう? そんなに変わってないと思うからしばらくそれを使ってなよ」


 言い終わった主人は何か心に引っかかるものを感じていた。


(そういえばどこかの地図に変更があったとか……? まぁ、いくら何でもこのヤゴの街近辺の地図じゃないだろ……)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る