屍回収契約、シテマス
アデルは広場の噴水で水をくみ、そのまま北の街道を歩き、北の門へと向かった。
「ん、なんだあれ?」
街道の右手にある国立墓地の入り口の前で、丸いテーブルと二脚の椅子が置いてあり、片方には黒いフードをかぶった女性が座っていた。
女性とわかったのは豊満な二つの小山で生じた谷間が、アデルの目で確認できたからである。
さらにその両側には身長がアデルの胸ぐらいの二体のウッド(木の)ゴーレムが立っており、それぞれが、
『炎上しすぎて灰になったご主人様を”メイド”よりお連れします!』
『地獄の底からご主人様の”はぁと”を”わ・し・づ・か・み!』
と書かれた看板を掲げていた。
(なんだぁあの看板? 墓地だけに……なんか薄気味悪いなぁ)
アデルは素知らぬ顔を決め込み、抜き足差し足で前を通り過ぎようとしたところ、突然女性は椅子から立ち上がりフードをがばっと放り投げた。
「いらっしゃいませぇ! ご主人様ぁ! ご契約お一ついかがですかぁ?」
《太古の娯楽用書物の中にしか存在しない家政婦》姿の女性が右手の平を上に掲げ、アデルに向かって妖しくもなんか場違いな甲高い声で勧誘した。
「は! はひぃぃー?」
アデルは顔だけ女性に向けたまま、片腕片足を挙げて固まった。
そんなアデルの様子を見た女性はこれが地声なのか、幾分低い声を呟きながらあごに手を当てて考え込む。
「うむ……失敗したか? あの《
やっぱりいたいけな少年の魂を”炎上”させるには儂の年齢では無理があったかのぉ? いや! まだまだ”現役”じゃ! 儂(わし)!」
そう呟くと女性は拳を握りしめ、天を仰いだ。
なおも固まっているアデルに再び目をやると、今度は両手を腰に当てながらアデルに向かってにこやかに話しかけた。
「ん? まぁ少年、そう固まるな。どうせ犬鷲とかのクエストを行おうとして、ここを通ってきたんじゃろ? クエストに失敗して無様な屍をさらして魔物の糞となるより、儂と契約した方がお主の将来の為になるぞ」
「け、契約?」
実は悪魔かと思うほどの口調の変わりように、アデルは思わず逃げ出しそうになった。
「そうじゃ。あ、契約というと
怪しさ倍増の言葉にアデルは目を細め睨みつけ、再び歩き出そうとしたところ、
「はぁ~い! お一人様ごあんな~い!」
満面の笑みの中で発せられたその言葉を合図に、ウッドゴーレム達が看板を投げ捨て、あっという間にアデルを抱え上げ椅子に座らせた。
ゴーレム達はてきぱきと受け皿にクッキーを乗せ、ティーカップに紅茶を注ぎ込む。
女性はあらためてアデルの真正面に座り、頭に付いたカチューシャを取り外すと、うなじに手を回し羽を広げるように長い黒髪をかき上げた。
無数の髪一本一本が甘い女性の香りをあたりに漂わせ、その香りの妖精のいくつかはアデルの鼻へと吸い込まれていく。
「それではお客様のご契約を案内いたします《フラン》と申しま~す。
我が《フラン屍回収屋》では、志半ばでお亡くなりになった冒険者様の肉体を回収いたしまして、シミ一つ残さない肉体の修復と蘇生を行っておりま~す。
さらに、さらなる成長のお手伝いといたしまして、お得なプランを多数ご用意させていただいておりま~す」
フランと名乗った女性はアデルから見て二十代半ばすぎに見えた。
整った顔立ちに、ほんの少し褐色の肌、まぶたと唇には薄い紫の染料が塗られていた。
しかしアデルが顔を見たのは一瞬で、その視線は眼下にそびえ立つ二つの山と、その谷間に集中していた。
「お客様、失礼ですがアデル様とおっしゃいますか? どこかの教団の信徒さんですか?」
「あ、いえ、違います」
首の冒険者リングを見たフランはアデルの名を確認するが、アデルは目線は相変わらず谷間と小山に注がれていた。
「それではこちらの《屍回収&蘇生&七日間休養プラン》はいかがでしょう? 蘇生した肉体は魂がなじむまで時間がかかりますので、今なら七日間ふかふかのベッドとお食事付きでお泊まり頂けま~す」
「でもお高いんでしょ?」
やっと顔をあげたアデルは、
(紅茶とクッキーを平らげたら、一目散に逃げだそう)
と考え、隙を探していた。
「ご心配には及びません。我がフラン屍回収屋は、冒険者の卵ともいえるあなた様の将来を第一に考えております。その証拠にこちらの契約金表をどうぞ」
フランが自身の谷間から、芯の上下が肌色の蛇の頭のような形をした
らくらく安心パック 《回収&蘇生&七日間休養コース》
お客様のレベル ー 契約金(ダガネ)
一 2
二 4
三 12
四 48
五 240
と記されていた。
意外な安さにアデルが思わず食いつく。
「へぇ~。でもレベル五から高くなるんですね」
「それでも教団の神殿で蘇生を行うと、ゆうにこれの十倍はかかります。特にアデル様の場合どこかの教団の信徒ではない為、蘇生の為の寄進料はもっとかかるかと……」
「これ、レベル一からレベル二になった時はどうなるんですか?」
フランの術中にはまったかのように、アデルは質問をした。
「再契約となりましてレベル二の契約金、四ダガネを頂戴いたします。
もし再契約し忘れてレベル二でお亡くなりになった時、蘇生するとレベルも経験値も契約時のレベル一に戻ってしまいま~す」
「うえぇぇ~!」
「あと一度蘇生を行うと再契約が必要とされますのでお忘れなく」
「ん~めんどくさいんですね」
「ですが大は小を兼ねまして、今例えばレベル三の十二ダガネでご契約されますと、レベル一から二,二から三になったとしても追加の契約や契約金は発生いたしません。
ですがレベル二でお亡くなりになったとしてもレベル二で蘇生させていただきます」
いくつもの疑問と混乱の妖精が、アデルの顔の周りを飛んでいた。
「例えば、今レベル三の契約をして、明日、アデル様がレベル一でお亡くなりになったとしても、蘇生された肉体や魂はレベル一のまま、と言うわけです。
この辺を、よく自分の都合よく勘違いされるお客様がいらっしゃいますので……」
「つまり……今の僕がレベル三の契約をして死んで蘇っても、レベル三の肉体も魂も手に入るわけではないと?」
「ご理解が早くて助かりますわ! さぞ優秀な成績でご卒業されたのですね!」
頬の横で両手を組みほほえむフランの姿に、
”いやぁ~”
とアデルの頬も赤らむ。
「契約ってどうやるんですか? まさか儀式でも……? 僕、三日以内にクエストを完了しないといけないので」
「ご心配なく、
(速く逃げ出したいし、お茶代と思えばいいか)
「じ、じゃあレベル三の契約で」
アデルは財布から十二ダガネを取り出し机の上に置いた。
「ご契約感謝いたしま~す! では早速行いますので左手の薬指を出してくださ~い」
フランは再び胸の谷間からリンゴぐらいの大きさの水晶玉を取り出すと、胸の谷間に挟み込んだ。
そしてアデルの左手の薬指をつかみ、指先を水晶玉の上へと乗せる。
そして水晶玉を眺めながら、
『此の者の血と肉と魂を、我の受け皿へと封印せり』
と呟いた瞬間、アデルの左薬指の先から小さな滝のように血が流れ落ち、一片の曇りのない水晶玉を徐々に満たしていった。
「うえええぇぇぇぇ!」
いきなりの光景にアデルは叫び、慌てて指を外そうとするがびくともしなかった。
「驚くことはない。心配するな! すぐ終わる」
「ひ、ひぃぃぃ~~~」
再びフランの口調が変わりアデルは萎縮する。
顔を背け、自分の血が水晶玉に注がれる光景を見ないよう目を閉じた。
「これでよし。小僧、いつまで目を閉じておる。終わったぞ」
その声と同時に左手が軽くなり、慌てて薬指を見る。
「なんとも……ない」
「儂を信用してなかったのか? なにも負担はかからんといったじゃろうが。さてこれで契約は終わりじゃ」
アデルの血で満たされた水晶玉の中は、やがて、血が燃えているかのような赤い炎を発していた。
アデルは薬指をなでながらフランに尋ねた。
「あの、僕が死んだってどうやってわかるんですか?」
「ああ、お主が死ぬと、この水晶玉の中の炎が文字通り風前の灯火になってだな、船乗りが使う羅針盤みたいになって、屍のある方角や距離がわかるわけじゃ」
フランの説明が終わると同時に、墓地の奥から鐘の音が響いていた。
「うむ、ちょうど五時か……。では小僧、どこへなりとも行くがいい!」
その言葉を合図に、ゴーレム達が椅子の上のアデルを抱え上げ、”わっせわっせ”と街道へ運ぶと、”ポイッ”と投げ捨てた。
「え、あの、ちょ、ちょっと!」
アデルは立ち上がって再び墓地の中に入ろうとするが、見えない壁が顔面にぶつかった。
「痛ってて」
鼻を押さえるアデルの目の前で、ゴーレムが墓地の入り口にある看板をひっくり返した。
そこには、
『ナゴミ帝国 ヤゴ国営墓地
参拝時間 AM9:00からPM5:00
ただいま「閉園中」です。』
と書かれていた。
「そ、そんなぁ~」
アデルは墓地の奥へ消えていくフランと、椅子と机と看板を抱え上げ、後をついていくゴーレムの後姿を見送るしかなかった。
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