キノコ狩り、シテマス

「はっはっは、珍しいね。フラン様のお店で契約するなんて」

 

 北の門の門番をしている若い衛兵に訳を話したアデルは、野営の準備をしながら、ついさっきあったフランとの契約のことを話していた。

 そしてフランのクッキーで幾分腹がふくれている分、保存食と水で簡単な夕食をとる。


「そのフランさんって人はどんな人なんですか?」

「俺も詳しくは知らないけど、帝都から派遣されてきた《ネクロレディー》の方だから、結構偉い人だよ。

 あと墓守の仕事をなさっているからかな? いろんな教団の神官様たちと付き合いがあるみたいだし」


「ネクロってあの……死人しびとを操る魔導師って学園で習いましたけど」

「うん、だから逆にね、お墓の死体に亡霊が乗り移らないように管理をしているんだよ。

 強い騎士様や魔導師様の亡骸に悪霊が乗り移って、挙げ句の果てに大暴れしたらそれこそ大事おおごとだからね。

 夜には墓場に結界を張って亡霊の進入や、万が一亡霊が乗り移っても亡者が街へと出ないようにしているんだ。奴らは夜に活動するからね」


「へぇ~そんなお仕事なんですか? 初めて知りました」

「明日早いんだろ。もう寝なよ。交代の人には俺から言っておくからさ。もっとも俺も経験あるけどなかなか寝付けないぜ」


 衛兵はアデルに向かって親指を立てながら口元を緩めた。

「はい! ありがとうございます。ではおやすみなさい」


 本当は衛兵が冒険者だった頃の話を聞きたかったが、仕事の邪魔をしてはまずいと思い早めに休むことにした。


 アデルは門から少し離れた草むらにゴザを敷きマントにくるむと、側に門番がいる安心感からか思いの外早く眠りにつけた。


 夜も更ける頃、年配の交代要員がやってくる。

 槍を構え敬礼する後輩に対し敬礼を返す。


「遅くなってすまんな。なんか上の方が揉めててな……ってありゃ何だ?」


 年季の入った観察眼は、すぐさま門の外れの草むらで眠るアデルに気がついた。

 若い衛兵が犬鷲のクエストだと説明しながら片手を掲げ頭を下げる。


「ああ、もうそんな季節かぁ……また俺も年を取ったな」

と年配の衛兵は納得し、引き継ぎを済ませる。

 年配の衛兵は見て見ぬふりをしながらも、寝返りしているアデルに向けて、ちゃんと眠れているかと優しい眼差しを向けていた。


朝靄のかかる頃アデルは目を覚ます。

 気持ちよい目覚めに伸びをし、身支度を整える。


「おう坊主! ちゃんと眠れたか?」

「あ、はい! おはようございます!」

 アデルは年配の衛兵に元気よく挨拶をする。


「どこへいくんだい?」

「本の山です」

「なら少し行くと沢がある。顔を洗ったり水をくんでいきな」

「ありがとうございます! 行ってきます!」


 力強く冒険者の一歩を踏み出したアデルに対し、年配の衛兵はその後ろ姿を優しく見守る。

 その姿にかつての若い頃の自分の姿を重ね合わせるが、やがて少し顔を曇らせた。


「本の山だと? あそこで犬鷲のクエストをするなんて聞いてないぞ? 犬鷲なら前もって警備隊うちらに話を通しておくんだが……。まぁ今すぐなにかあるわけでもなし、次の交代の奴らが聞いているだろう」

     

     ※

「すぐ見つかると思っていたけど簡単にはいかないな。まぁクエストだから当たり前か」 

 本の山で太めの木にもたれながら、アデルは少し遅い昼食をとっていた。


「白ウドは六本とれたからこのペースで行けばなんとかなるけど、問題は赤玉キノコか。あれ大きいほど高く売れるからな~僕ら卒業生が探す前に刈り取られちゃったかな……。こんなことなら、組合のおじさんに採れやすい場所とか聞いておけばよかった」

 

 ――赤玉キノコとは、赤色をした丸いボールのようなキノコで、大きいほど身がつまっており、それでいて肉質が柔らかい高級食材である。

 

 特に子供の頭ほどの大きさのは厚くスライスしてステーキにするのが料理の王道とされており、香辛料をたっぷりまぶして焼いたキノコステーキは、グルメな貴族、大商人御用達のメニューとなっていた。

 

 また例え小さい物でも煮込めばいい出汁も出る為、パスタ、シチュー、サラダに料理の幅は広かった。

 

 それだけに高く売れる為、冒険者の卵にとってはちょっとした一攫千金の価値があり、『金に困ったら赤玉キノコ狩りをしろ』の言葉は、レベルの低く装備の貧弱な冒険者の卵達にとって、もはや挨拶代わりにもなっていた――。


「そうだ古代図書館の跡があるんだよな。野営するかもしれないから確認しておこう」


 古代図書館までの道中、注意深くあたりを見渡しながらすすんでいくが、見つかるのは毒があるといわれる青玉キノコだけだった。


 十分熱を加えれば食べられないこともないが、火の通しが甘いと最悪死ぬことになる代物だった。

 それでもなぜか滝の山脈亭のメニューには《青玉キノコのクリームパスタ》《青玉キノコの串焼き》等が存在していた。


「僕以外にこのクエストを受けている子はいないのかな? でも本の山は広いし一人でやれとのことだから……。」


 冒険者学園で行った野営の課外授業の時とは違い、なにもかも一人で行わなければいけない犬鷲のクエストに、アデルは少し心細くなる。


「そういえば魔物も見かけないな。監視の団員さんがあらかじめ駆逐してくれたのかな? でもクエストの為にわざわざ? でもゴブリンぐらいなら何とか!」


 アデルは両親と村人の想いが詰まった腰の剣を抜き構えると、心細くなった自分の心に気合いを入れ、再び鞘に収めた。

 やがて日が沈み、森の中は闇の足音が聞こえてきた。


「白ウドは十本とれたけど赤玉キノコは今日はだめかな。この辺に古代図書館が……」

 そう呟きながら歩いていたアデルの前にその古代図書館の入り口がそびえ立っていた。


「す……すっげぇぇぇ~~~」


 発掘する為それこそ何百人の人夫が長い年月をかけて山を削り取ったのであろう、削り取った跡に突き出た図書館の入り口はそれだけでヤゴの街にあるすべての建物より大きく、壮大な光景だった。

 まるで図書館の上に土が積もり、この本の山ができたかのような錯覚を覚えてもおかしくはなかった。


 アデルは興奮し入り口の前まで走ると、体を反らせながら自分の身長よりゆうに数倍はある高さの入り口を見上げる。


「でっけ~入り口! オーガやトロール族でも本を読んでいたのかな?」


 おそるおそる入り口から中を覗いてみるが、数メートル先はもはや昼間ですら日が届かないほど闇に覆われていた。

 しかし館内は隅々まで調べ上げられ古代図書、内部の宝飾品、そして什器、本のしおりですら持ち去られてた状態だった。


 時おり中に野良コボルトやゴブリンが住み着き、近隣の畑を荒らすことがあるが、冒険者組合に討伐の依頼書が貼り出された瞬間、仕事に飢えた新米冒険者達にすぐさま駆逐されるありさまだった。


「中はこわそ……いや危なそうだな。だったら入り口あたりで野営を、ん、たき火の跡?」

 下を見ると、石畳のあちこちに黒い炭の跡が残っていた。


「そんなに古くないな。やっぱり赤玉キノコは誰かに刈り取られたのかな。それこそ先輩冒険者に……でも野営ができるってことは、ここはそんなに危険ではないんだな。よし! ここにするか」


 アデルは気を取り直し一応周辺を探索した。

 わき水があれば明日の分の水を補給できるし、食べられる果実でもあればと見渡していると、


「あれは!」


 まるでアデルに見つかるのを待っていたかのように、目の前の木の根元にまるまると太った赤玉キノコが鎮座していた。

 正に灯台もと暗し! これまでキノコ狩りをしていた先輩冒険者だれもが図書館の入り口周辺を探索していないとしかいいようがなかった。


「いいぃぃぃやあぁぁぁっっったあぁぁぁ!」

 アデルは走りながら自分のこれからの冒険者人生を走馬燈のように想像していた。


(これだけ大きければ合格のみならず団長のイヌワシさんからお褒めの言葉を頂いて)

(やがてメキメキと頭角を現し、レベルが上がってパーティーのリーダーとなって!)

(ゆくゆくは幹部に……そしてレベル十になって旅団の団長に!)


 そんな未来がすべて目の前の赤玉キノコに詰まっていると確信し、アデルは両手を伸ばし赤玉キノコに飛びつい……。

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