……蘇生、シテマス

(ん……ん……あ……れ……)

 

 アデルはこれまで眠りの中で何回もあった金縛りのような気分を感じていた。

 まぶたが開かず、手足も動かず、しかし心臓の鼓動ははっきりしていたが、時々意識がぶつ切りのように切れていた。

 

 すると,そのぶつ切りになった意識に合わせるかのように、女性の声がアデルの”頭の中”に直接響いてきた。


「うむ……うまいこと……いったか……わしでも……五分……五分……じゃった……心配……するな……お主は……生きておる……安心して……寝とれ……さすが……儂!」


 口調は乱暴だが、なぜか聞いたことのあるその女性の声にアデルは安心し、再び深い眠りについた。


「あ……!」


 柔らかいベッドの感触を感じながらまぶたを開くと、目に入った風景は見たこともない天井だった。


 起き上がることができず手足にはまだ感覚はないが、目玉だけ動かしあたりを見渡すとドアと窓、そして中央に自分が寝ているベッドしかない部屋だった。


 部屋は暖められており、素っ裸にシーツのかかった体でも別段寒さは感じなかった。


「あれ……? 赤玉キノコ……は?」


 右腕に力を込めてなんとか顔の前に手をやり、その手でつかみかけようとしていた栄光の赤玉キノコを、今のアデルにとってほんの数分前の記憶を思い出していた。


「おう! 小僧気がついたか」

 ドアが開く音が聞こえ、アデルは何とか頭を動かし目を向ける。甘い女性の香りと同時に、アデルにとってつい昨日出会った女性が部屋へと入ってきた


「あの……ここは?」

「儂の店の中の休憩室じゃ? 小僧、儂が誰だかわかるか?」

「えっと……ふらん……さん?」


 契約時には胸の谷間に集中していた為覚えていなかったが、若い衛兵から聞いた名前を思い出し、舌ですら感覚がない口でたどたどしくアデルは答えた。


「儂の名を覚えておるとは記憶の欠落もなさそうじゃな! 褒めてつかわそう! 儂!」


 墓場の前で契約した時の、太古の冥界の女性が着る衣装ではなく、つばの広い黒の中折れ帽子、黒いローブ、黒いマント、その姿は誰がどう見ても魔術師や魔法使い、いやさらに上位である魔導師の雰囲気を醸し出していた。

 そして、アデルのしっかりした受け答えを聞いたフランは、笑顔で自分を褒めていた。


(ひょっとして……褒めてくれる友達がいない?)

「小僧よ、なにか”思った”か?」

「あ、いえなんでも……あはは」


「まぁよい、儂の[【蘇生】の魔法の成功に免じて赦そうぞ」

「蘇生……? 僕、死んだんですか?」

「うむ……」


 まだ意識が完全でない中、アデルは勇気を出して聞いた。


「あの……”なんで”……僕は……死んだんですか?」

「そうか、お主……覚えておらぬか」

 フランはわずかに顔を曇らせ、言い聞かせるようにゆっくりと話し始めた。


「今はまだ知らない方がええ。恐怖心が蘇ってトラウマになるかもしれん……。そうなってはもはやネズミ一匹倒すことすらできなくなる。いずれ時が来たら話してやるわい」


「そう……ですか、わかりました……」

「まだ体がうごかんじゃろ? 契約の時に話したが、魂が肉体になじむまで時間がかかる。もうしばらく寝ておれ。そのうちお主の”槍”も元気いっぱいになるから安心せい」


「あの……もう一つ……聞いていいですか?」

「ん? なんじゃ」

 再び勇気と声を振り絞りアデルは尋ねた。


「今日は……何日……ですか?」

 そんなアデルの気持ちを察してか、フランは静かに話した。


「残念じゃが……。犬鷲のクエストは昨日でおわっとる」

「! そう……ですか」

 アデルの視線はゆっくりと下へ下がっていった。


「そう気をおとすな。今年はかなり難関だったらしく、儂が聞いた話ではあれだけの人数の中、合格したのは二人ぐらいらしいぞ。

 犬鷲みたいなでかいところはもう募集は終わっておるが、中小旅団は常時募集しておる。お主にとって大事なことは”どこの旅団に入る”じゃなく”どうレベルを上げる”ことじゃ!」

 そう言いながらドアから出て行くフランのマントには、

 

 『出鱈目でたらめ! 

     超根暗婆ちょうねくらばばあ!』


の文字が書いてあった。

 ”初めて見る文字”にアデルの目は一瞬釘付けになったが、考えるまもなく再び深い眠りについた。


 体の自由がきかないアデルに対して、墓場の前で勧誘の看板を持っていたウッドゴーレム達が食事や着替えを手伝ってくれた。

 時々検査としてフランがアデルに魔法をかける日々が続き、やがて契約終了の日が来た。

 

 夕日が差し込む休憩室に、ウッドゴーレム達が勧誘の時に使った丸テーブルと椅子を運んで来た。

 アデルとフランは椅子に座り、普段の生活なら何の支障もないほど体が回復したアデルに対して、フランは神妙な顔をして聞いてきた。


「さてお主に聞いておきたいことがある」

「はい」


「お主、実は貴族の三男坊や大富豪の馬鹿息子ってことはないよな?」

「ないです、両親はラハ村で農家をしています」


「実はとある王族、あるいは大英雄の末裔とか……?」

「だったら冒険者学園に入学して冒険者になろうと思っていませんが? ……あの?」


「まぁ儂も百パーセントそれはないと思ったが」

(だったら聞かなければ……)


「何か”思った”か?」

「あ、いえ……あの、なにかあったんですか?」

遠回しに話すフランにアデルは顔をしかめた。


「実はな、お主が死んだ場所が問題での。料金プランにも書いてあるが、お主が契約したのはレベル三まで。あれはお主の

《レベル》と《エリア危険度》

が三まで保証するという訳じゃ」


(そんなこと書いてあったかな?)

「はぁ……でもヤゴの街周辺や本の山なんて危険度レベル一で、レベル二でも地図の中では端っこにしか載っていないはずですが?」

 だから新米冒険者が本の山でキノコ狩りに精を出す訳でとアデルは思ったが、


「ああ、去年まではな」

「去年?」


「地図は生きておる。去年お主が入学した時にもらった地図はもはや古いものじゃ。今年の地図は若干変更があっての」

「つまり、僕が死んだ本の山のエリアの危険度が上がったから、追加料金を払え! と?」


「察しがいいな。これも儂の【蘇生】の魔法が功を奏したか! あっぱれじゃ! 儂!」

「いくらですか? 正直そんなに手持ちがあるとはいえないですけれど……」


「安心しろ! 分割払いでもいいぞ! しかも利子なしじゃ……えっとだな」

 フランは天井を見上げ少し考えた後、その口から出た金額は


「《七千九百八十三万三千五百八十八》ダガネじゃ!」

「……は?」


「七千九百八十三万三千五百八十八ダガネじゃ。太古のことわざで

『大事なことは二回言う』

という言葉があるからのぅ、儂も二回言ったぞ!」


「は……は……はひぃぃぃぃぃ!」

 部屋中にアデルの奇声が響き渡るが、フランはかまわず説明を始めた。


「実はお主が死んだ本の山、今年の地図ではレベル十プラス、つまりレベル十以上の危険度になっておっての。さすがに時価はかわいそうだから、危険度レベル十一エリアで死んだ場合で料金をはじき出してみたんじゃ」


 フランは胸の谷間から料金プランの巻物を取り出すと、机の上に置きすべて広げた。

 

 『らくらく安心パック 《屍回収&蘇生&七日間休養コース》』

  お客様のレベル  ー  契約金(ダガネ)

     と、えりあ

      一             2

      二             4

      三            12

      四            48

      五            240

      六         1,440

      七        10,080

      八        80,640

      九       725,760

      十     7,257,600

     十一    79,833,600

     十二以上          時価


  いかにも後から書いたように、レベルの下の《と、えりあ》の文字が他から浮いていた。


「つ、つまりじゃ! レベル十一エリアでの料金が七千九百八十三万三千六百ダガネ、そこからお主が前もって払ったレベル三の契約金十二ダガネを引いて七千九百八十三万三千五百八十八ダガネ、というわけじゃ」


 身も心も固まったアデルに対し、

「おお、ショック死せんかったか! 儂の【蘇生】の魔法における魂と肉体の粘着度は飛び抜けておるからの! 帝国勲章授与ものじゃ! 儂!」


 これ幸いとフランは一気にまくし立てた。

「まぁ払えないのはわかっておったからの、お主の金目の物はとりあえず儂が預かっておく。ではどこへなりと行くがいい!」


 その言葉を合図に横に控えていたウッドゴーレム達が固まったアデルを抱え上げ、店の裏口から”わっせわっせ”と運び、再び街道へ”ポイッ”と投げ捨てた。


 やがて五時の鐘が鳴り、その音で気を取り戻したアデルは何とか起き上がった。

「え……あの……ちょっと!」


 再び墓地に向かうも見えない壁に顔をぶつけ、『閉園中』にひっくり返された看板を前にただ呆然と立ち尽くしていた。

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