第一章 冒険者学園を卒業、シテマス

卒業式、シテマス

《冒険者》、かつてそれは、よく言えば自由人じゆうびと、一般人から見れば便利屋、悪く言えば、社会の枠組みからのはみ出し者と揶揄されていた存在であった。


 そんな中、アイシール地方最大の帝国、《ナゴミ帝国》は、正しい教育と育成によって冒険者を生み出す為の教育施設、冒険者学園を帝国各地に設立した。


 これは前途ある若人を一人前の冒険者に育て上げ、冒険者としての身分を帝国が保証し、その自由人としての特性を生かして、帝国の治安と発展に寄与してもらおうと見込んだものであった。

 

 学園には十五才から入学することができ、わずかな入学金で衣食住は最低限完備された。

 

 ただし簡単な入学試験として、最低限備えなければならない読み書きから体力測定、視力、聴力検査などが行われ、それに合格した者が学園への入学を許可された。

 

 そして今、ナゴミ帝国の冒険者学園の一つ、帝国東方のヤゴの街にある《ヤゴ冒険者学園》では、一年間の勉学と鍛錬を経て、多くの冒険者の卵達が、最後の行事である卒業式の後、学園という巣から旅立とうとしていた。

 

『本日、優秀な冒険者の卵が旅立ち、小さき翼ながらナゴミ帝国、いやアイシールの地へと羽ばたく時を迎えられることが、微力ながらこのナゴミ帝国立ヤゴ冒険者学園長を務める我が身の常日頃の目標であり、また極上の喜びでもあります!』


 壇上の学園長の弁舌を半ば苦痛の表情で聞く卒業生の服装は様々であった。

 生徒は講義や実技を重ねていくうちに自分に合った職業を見出され、卒業時には最低限の装備が与えられた。

 

 戦士系には適性に合った長短の剣、弓、槍、そして軽装な鎧一式を装備し、

 神官適正者は卒業後、《神官見習い》として、その生徒が信仰する各教団の試練所へ、魔術師の適性を持つものは《魔術師見習い》として、同じヤゴの街のはずれにある《ヤゴ魔導研究所》へ転籍が決まっていた。

 

 彼らはそれぞれ信仰する教団の神官服や、魔導研究所から支給された見習い用のローブに身を包み卒業式に出席していた。


「では最後に、卒業生への《冒険者リング》の授与式へと移らせていただきます」

 拷問ともいえる学園長と来賓のあいさつが終わり、卒業生の顔に安堵と生気の色が浮かび上がってきた。


「今年の授与者は誰だっけ?」

「《あおき月の教団》の神殿長でしょ?」

「私、《水星教団》の信徒だけどどうしよう?」

「《火星教団》のあたしは、相手を燃やし尽くすつもりで睨みつける予定!」

と卒業式の最後の行事の前に気が緩んだのか、卒業生の間から軽口が飛び交う。


『おまえら静かにしろ! 講堂内で聖戦おっぱじめるつもりか!』


 礼服に身を包んだ剣技の教官の一人が【ささやき】の魔術で、私語の飛び交う生徒の集団へ叱責を飛ばす。

  

 ――アイシール地方にはいくつかの教団があり、ほとんどが空にある星をその信仰の対象としている。※( )内は主神


 ・蒼き月(チャンドラ)

   加護:生命、浄化 

   主な信徒:最大規模の教団の為、広く行き渡っている。

 

 ・水星(ブダ)、木星(ブリハスパティ)、土星(シャニ)

   加護:狩猟、家畜や農作物の豊潤 

   主な信徒:農家や酪農家。木こり、大工。猟師、漁師。

   ※これら三神は兄弟神の為、一人で複数を信仰する信徒もいる。

 

 ・金星(シュクラ)

   加護:お金

   主な信徒:商人や盗賊、金脈を夢見る鉱夫や博打打ちにもいる。

 

 ・火星(マンガラ)

   加護:火 

   主な信徒:鍛冶屋や料理人、火の属性を扱うことが多い魔術師にも信徒は多い――。


「で、ではご紹介いたします。蒼き月の教団、ヤゴ神殿聖騎士団長であらせられる、《ヴォルフ・リスティア卿》ですぅ~!」


 司会の女性講師の上気した声の後、彫刻のような凛々しい顔立ちをした三十才前の男性が蒼白そうはくの鎧と闘気をまといながら、舞台の中央へと歩を進めていた。


(あれが……聖騎士!)


 卒業生の一人、ヤゴの街から東にある《ラハ村》出身の《アデル》は、ヴォルフから静かに放つ蒼白い闘気に見とれていた。

 

 茶色の髪にボサボサ気味の髪型、十五才になってすぐ冒険者学園に入学した為、卒業生の中でもわずかに幼さが残っていた。

 身長は真ん中あたりだがそれに似合わず体力はあり、剣技の腕も教官から、


『剣技だけならまぁレベル二ちょっとだな』と言わしめた。


 これはヤゴの街とラハ村の間にある《エダ村》に冒険者を引退した年配の衛兵がおり、畑仕事を手伝うのと引き替えに剣技を教えてもらったからである。

 

 その為学園の適正審査では軽戦士と判断され、今彼の腰にはショートソードが携えてあった。

 

 だが、それは学園から支給されたものではなく、両親や村のみんながお金を出し合って買ってくれた、レベル三以上の冒険者が使うような上等品だった。


(すごいなぁ……僕も、あんな風になりたいなぁ)


 講堂にいる戦士系の卒業生誰もが思ったことを、アデルもまた己の目標として心に刻みながら、壇上の聖騎士に向かって光り輝く眼差しを向けていた。


「なぁ、ちなみに蒼き月の聖騎士って何レベルなんだ?」

 アデルの後ろの男子が、隣にいる蒼き月の信徒である女子に尋ねた。


「よくは知らないけど、聖騎士様になるには実力的に冒険者レベルで十と聞いたことがあるの。でもあくまでそれは目安で、実際は聖法も使えるし神の祝福も得られるから、実力は十レベル以上……」


「じ、じゃあ、その聖騎士の、さらに団長ってことはあのヴォルフって人は……」


「もうレベルがどうこうなんて言えないわよ。ヴォルフ様はいずれ蒼き月の教団最強の《蒼銀そうぎんの騎士》の候補として、やがて偉大なる蒼き月の大聖堂へ行かれるとも聞いたこともあるわ」

 

 ――レベル十……それは冒険者誰もが目標とし、そしてあこがれる数字である。

 もし紆余曲折の末、冒険者がそのレベルに達すると帝国への登録が義務づけられ、有事の際には最優先に帝国への奉仕が優先されるが、その見返りとして一例を挙げると、


 ・帝国公認の冒険者の集団、通称”旅団”を組織し、団長になることができる。

 

 ・希望者には冒険者引退と引き替えに、ナゴミ帝国騎士の地位が授与される。

 

 ・たとえ引退しても、死ぬまで食うに困らない年金が支給される。

 

 ・毎月決まった税を納めれば、冒険で得た利益はすべて自分の懐に入れることも可。

 (もっともどこの旅団も人材確保の為、優秀な団員にはそれなりの報酬と待遇を与えている)

 

 ・旅団内で酒場や商店を経営することができ、帝国の息がかかった商人なら安く仕入れることができる。

 (むしろこちらが本業の旅団も、まぁなくはないが……)


と、それなりにいいことずくめだが、実際は学園の卒業生でレベル十になれるのは、毎年一人いるかいないかである。

 

 ほとんどの冒険者はレベルが頭打ちになり、冒険や旅団での経験をふまえて別の道を歩むか、魔物の前で無残に屍をさらし一生を終えるかである――。

 

 右腕に兜を抱え、左の腰に聖騎士の証、《蒼き月の聖剣》を携えたヴォルフの姿は、気が緩んだ卒業生を水を打ったように静かにさせるのに十分すぎるほどであった。


『ただいまご紹介にあずかりました、蒼き月の教団ヤゴ神殿聖騎士団長、ヴォルフ・リスティアと申します』


 いくさになれば聖騎士や神官戦士、そして神殿兵で構成された数百人以上の軍勢を指揮する聖騎士団長。

 

 その口から発せられた言葉は、【拡声】の聖法も使わずに、講堂中の隅々まで響き渡っていた。

 

 ヴォルフの自己紹介によって、卒業生達は身も気も引き締まり、椅子の上で不動の姿勢をとった。その姿は入学以来、講師や教官が初めて目にする姿だった。 

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