ちゃんどら、シテマス

「その言葉! しかと聞き遂げた! ならば存分に我らの糞をばらまこうぞ!」

「おっしゃぁぁぁぁぁ!」


 ナインの咆吼と同時に、糞騎士は四つのチャクラムを天空へと放り投げる。

 すると、遙か上空で四つ葉のクローバーみたいに展開され、光り輝きながらゆっくりと回転しはじめた。


「安心しな! あんたの儀式とやらが終わるまで、俺様がまもってやるからよ!」

 立ち上がったナインにむかって、糞騎士は瓶を放り投げる。


「私専用のアム……特製魔力ポーションとやらだ。この世界のモノより数百、いや数万倍の効能がある。一気に飲むと体が破裂するやもしれん。舐める程度にちびちびと口に含め」


「へへ、末期まつごの水にしては上等すぎる代物だぜ。そんなにすげえモノなら、今まで魔力不足で唱えることすら出来なかった、”九官鳥”の本気を見せてやらぁ!」


「うむ、期待しているぞ。出来るだけ糞の山を減らしてくれ。荷物が少ない方が”引っ越し”が楽になるからな」

「任せておきな。踏ん張っても屁すら出てこないぐらい、空っぽにしてやるぜ!」


 糞騎士は両手を天へと掲げ、チャクラムと共に光り輝く。

 ナインは瓶のふたを開け、しずくを一舐めする。


「くぅ~~! 効く~~! へへ! ナゴミバヤシ、糞踊りの第二幕! おっぱじめるぜ!」


 大きく息を吸ったナインの口から”女性”の声が奏でられる。

 それはフランでもキフジンでも、ましてやイネスでもない。


 舌に乗せ、口から発せられた声ではなく、ナインしか知らない声。

 女性の胎内でしか聞くことのできない、母親の声……。


『二十八の蒼銀の光は、皆を護る、月の石の鎧となりて……』


 ナインの体を、再び蒼銀の鎧が包み込む。

 それと同時に、糞騎士の周りの結界上に、二十八体の蒼銀の鎧が浮かび上がる。


 気を失いそうになるナインは、すぐさま、瓶の滴を舌の上に乗せる。

 眼が覚めるようにその眼を見開き、再び甘く、力強い女性の声を奏でる。


『二十八の蒼銀の影は、皆を滅ぼす、月の石のこぶしとなりて……』


 二十八体の鎧の拳に、それぞれ異なる武器が付与される。

 剣、槍、弓、強弓ごうきゅうおおゆみ、鎌、フレイム、斧、メイス、モーニングスター。

 ハルバートやハンマー、ピック、ムチ投石機スリングまで……。


 そして再び、瓶の口を舐める。


『我、戦捺羅チャンドラの名において命ず!』


(そうか……お主は……)

 ナインの言葉を聞き、糞騎士は両手を天空へ掲げながら心の中で呟いた。


『我がしもべよ! 眼前の糞共を滅せよ!』


 最後のふみを奏でたナインは、糞騎士からもらった瓶を一舐めすると、真上に放り投げた。


 ナインを含む二十九の踊り手達は、糞騎士の周りでその身を舞う。

 それは踊りという動きを超越した、残像と言葉が生やさしい動き。


 糞騎士の周りで繰り広げられる二十九の像は、眼に入った時点ですでに過去の影となる。

 つまり、ナインと二十八の蒼銀の騎士達は、太古の娯楽品、《活動木偶絵巻かつどうでくえまき》を、むちゃくちゃ早く、それこそ数百倍の速さで動かした像と化しているのである。


 そして、そこから放たれる攻撃は、もはや物質を超越した光と影。

 一刻に数百以上の暫撃ざんげきや光の矢、それにともなう衝撃波がラハ村を包み込む結界を中心に、尽きることのない波紋のように、糞の山に向けて一気に放たれる。

 その攻撃によって、数万、数十万の魔物の肉で出来た糞の山は、嵐の中、踏ん張ってひねり出した糞のごとく瞬時に粉砕し、その破片を虚空にまき散らしていった。


『でらでらでらでらでらでらでらでらでらでらでらでらでらでらでらぁ!』


 ナインもその両腕から《猪玉》よりも数百倍でかい、まさに光り輝く【月の玉】を、糞の山に向かって無数に放つ。

 貫通という言葉が生やさしい、【月の玉】によって体の一部がえぐり取られた糞の山は、バランスを崩し、地面に倒れる衝撃で潰れ、肉と血の池をこしらえた。


 やがて、放り投げた瓶が落ちてくると、ナインはそれを口に含む。

 すぐさま、ナインと蒼銀の騎士達が蒼銀の光りに包まれる。

 そして、再び瓶を放り投げると、再び雄叫びを上げながら攻撃を開始した。


”ズズゥゥ~~ン!”

”ドズゥゥ~~ン!”

”ズドォォ~~ン!”


 しかし、いくら糞の山を粉砕しようと、空いた場所に補充するかのように空から糞の山が降り注ぐ。


 まるで糞騎士の儀式、そしてナイン達の攻撃が、地面から噴き上がる間欠泉かんけつせんのように天の”門”を刺激し、より、排便をうながしているかのように……。


『どえりゃどえりゃどえりゃどえりゃどえりゃどえりゃどえりゃどえりゃあぁ!』


 ナインもまた負けじと、攻撃と魔力の補給を繰り返し、目の前に繰り広げられるでたらめな糞の世界の中で、ただ一人、あらがっていた。


「糞騎士ぃ! まだかぁ!」

 何度目かの補給を済ませたナインが、糞騎士に怒鳴りつける。


「安心しろ! このままいけばもうすぐ……なにぃ!」

「どうしたぁ……あああぁぁ!」


 突如! 天空から飛来する細長い物体。

 それは、相対的に見れば細長くみえるだけであって、ナイン達から見れば、超巨大な渦巻き状の輪が降ってきたとしか見えようがなかった。


 ちょうどラハ村の結界部分だけ開いた渦巻き状の物体。


”””ドドドドォォォォーーーーンンンン!!!!”””


 天、くう

 これら三つの壮大な震えと共に、渦巻き状の物体は糞の山すら、まさしくアリのように押しつぶして着地した。

 

『!!!!!!!!!!』 


 上下に揺れる結界の上で何とか体を踏ん張りながらしがみつくナインと糞騎士。

 彼らが眼前の光景を理解するのに、幾分時間がかかった。


「……おい……糞騎士」

 ナインが尋ねる前に、糞騎士は答えた。


 絶望という調味料で味付けされた声で……。

「《本体》……だ」

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