煮る華、シテマス
”どどどどどどぉぉぉぉぉんんんんん!”
もはや百や千単位ではない。
数万、数十万の魔物の肉で出来た糞が、”最初の踏ん張り”、《第二波》として、ラハ村周辺に一気に降り注いできた。
さらに、その数は数十を超える。
いくら巨大化した鋼鉄のゴーレムと言えども、それを凌駕する圧倒的物量の糞に上から降りかかってこられたら、身動きどころか、関節が瞬時にへし折られ、ただの鉄くずと化すのは避けられない運命である。
それでもなんとか生き残ったゴーレム達は、糞の山に向かって果敢にパンチやキックを繰り出すも、結局は糞の肉に取り込まれる羽目となった。
”グォキッ! バァキィッ!””
”メキッ! ヴァキッ!”
糞の山の中でゴーレムの体が破壊される音が、まるで断末魔の悲鳴のように辺りに響く。
一体、また一体と、今度は逆に糞騎士のゴーレム達が糞の山に踏みつぶされ、その体に飲み込まれていった。
「……なぁ、あの糞達って、これからどうするんだろうな?」
結界の上であぐらをかきながら、己の身の心配よりも、糞の山に気を向けるナインに、糞騎士もまた達観した口調で答える。
「あそこまででかくなっては、個々の意識でどうこう出来るモノではない。もはやなにを考えているかすら私にもわからん。もし、糞に本能があれば、奴らはそれに従うかもな……」
「ぷっ! 糞の本能って、そりゃ肥だめ行きに決まっているじゃねえかよ!」
ナインもまた達観した表情で、糞騎士の返答を冗談としてとらえ、わずかに苦笑した。
そう言ったやりとりの中でも、鋼鉄のゴーレムは一体、また一体と糞の山に飲み込まれていった。
「いかんせん、召使い用のゴーレムだからな。攻撃といっても、ハエやゴキブリを退治するのが関の山だった。多少、武芸を仕込んでおれば、時間稼ぎも出来たんだが……すまぬ」
「へ! 今さら謝るなんてらしくねぇな」
「せめて貴公だけでも……と思ったんだが」
「最初は俺もそう思っていたんだがな。でもよ……」
ナインは足下の結界を再び拳で”コンコン”と叩く。
「昔、ラハ村の人間にはチッとばかし世話になったんだ。まぁ、ガキの頃の話だけどな。だからよ、俺だけ逃げ出すなんて生にあわねえしよ」
まだ、針の砦がなかった頃。
ラハ村の東に現れた魔物討伐の為、ナインは蒼き月の聖騎士団長時代のアルゲウスに連れられて、ヴォルフと共にラハ村へ訪れた。
まだ開拓途上で、決して裕福とはいえないにもかかわらず、蒼き月の教団の神殿兵である自分をもてなしてくれたラハ村の人たち。
ふと思い出す、赤子を抱いたラハ村の夫婦。
(ひょっとしたら、アレが
「なるほど、”お互い”ラハ村には縁があるという訳か……」
「そうか……てめぇもか……。でもま、爺でもないのに昔話をするほど、おれは暇じゃねぇしな。わっはっは!」
(すまねぇな……フラン)
己に対してわずかに残された時間。
ナインはその時間を、最後に会った女の顔と声と、そして、ぬくもりを思い出すのに費やしていた。
「……一つ、
糞騎士のつぶやきに、ナインは顔を見ずに返答する。
「いいぜ……もうあんたに命預けたわ。うめぇ酒ももらったしな」
「このままいけば結界は破壊され、ラハ村やアイシール地方のみならず、それこそこの世すべてが肥だめと化すのは必至だ。未だ、《本体》も現れておらんしな」
「……ラハ村一帯を、異界へ飛ばすのか?」
「……さすがだな。もっとも、誰もが思いつくことを、あえて口に出すと言うことは、その方法も知っていると?」
「良くはしらねぇ。魔導研究所にちょくちょく出入りしていた時にそんな魔法、いや、魔導すら超越する、《
「糞が座標によって現れるとなると、その空間ごと、どこかへ飛ばすしか方法がない。もっとも、残った私の力を全て使っても、うまくゆくかどうか……」
「かまやしねえさ。魔導研究所で聞いた話では、その異界とやらは、《
「貴公は怖くないのか? もう二度と、この世に戻れぬかもしれないのだぞ?」
「ああ、あんたにも教えてやるぜ。俺の”座右の銘”をな」
「……?」
「そのおかげでな、目の前の、こんなでたらめな糞の世界でも正気を保てるし、なにより、おめぇみたいに絶望どころか、何とかしてやろうという希望すら持っているんだぜ」
「……それはぜひ、聞かせてもらおうか」
『理不尽な運命とやらに糞をぶちまけるのが、俺様の生き甲斐だぁ!!』
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