侵入、シテマス

 糞騎士が、《本体》と呼ぶモノ……。

 ラハ村を中心に渦巻き状に巻かれたモノ……。


 その姿、形はまるで、太古に存在した、《細長い大根で””くられたピクルス》そのモノであった。


「……」

 もはや、ナインの口から紡ぎ出される言葉はない。

 二十八の蒼銀の騎士も、その姿は徐々におぼろげになっていく。


「!」

 瞬間! ナインの攻撃本能が目覚め、体中の毛を逆立てるように気を込めようとするも


「待て! 下手に刺激しては、それこそこの世の終わりだぞ!」

 糞騎士の言葉を聞き、やっとナインに正気が戻る。


「じゃあどうしろと! てめぇの”引っ越し”はどうなったんだぁ!」

「残念ながら不発に終わった。いくら私でも、本体を抱えたままの”引っ越し”は……」


「……」

 正気に戻ったゆえ、呆然と立ち尽くすナイン。

 やがて崩れるように腰を落とす。


 二十八の蒼銀の騎士も、もはや霞のように消えていった。

 そして糞騎士もまた、その場に腰を下ろした。


 ラハ村周辺に巻かれた”とぐろ”を眺めながら、ぽつり、ぽつりとナインの口から言葉がこぼれる。

「なあ……あいつ、本体なんだろ……ほとんど動かねぇじゃねぇか?」


「確かにな。目の前のあれで糞のほとんど、残り五千万近くが”漏らされた”ことになる。それまで出現していた分を取り込んで、約六千万か……。それこそ、この世全てを取り込む、《無頭蛇うろぼろす》となって、世界を蹂躙じゅうりんしてもおかしくないのだが……ん?」


「どした?」

「……これは……そんな!」

「だからどうしたって!」


「このラハ村周辺……正確には本体が落ちたこの空間のみ……輪廻りんねからっしている!」

「……どういうことだ?」


「我々と本体は、いわば水瓶みずがめの中に閉じ込められたも同然。だから本体も、ほとんど動けないのだ!」

「ん? それって、おめえの引っ越しのせいじゃねぇのか?」


「私がやろうとしたのは、それこそ異界へ飛ばし、そこの世界へ糞を押しつけて、我々だけ元の世界に戻る計画だったのだ……」


「……端から聞くと、おめぇ、えげつないことやろうとしてたんだな。……つまり、他人の家の中に糞を放り込んで、自分はトンズラするんだろ?」


「たしかに非道、外道なやり方だが、それが最善の方法だ。”煮る華”に着けば、我等はいいとして、せめてラハ村の人間だけでも元の世界に返せると思ったんだが……」


「じゃあ、今はどうなっているんだよ?」

「先ほど申したとおりだ。我々はもはや”世界”という枠組みから外れた、なにもない虚空をさまよっている」


「……それはつまり、大海原おおうなばらに落ちた一枚の葉っぱだと?」

「うむ、正確ではないが良い例えだ。正直なところ、貴公が錯乱でもするのかと思い、話すのを躊躇ちゅうちょしていたのだが……」


「へっ! もうなにが起きてもよ、漏らす糞がなければ怖いモン無しだぜ! ところで、こんな御大層な芸をやったのはどこのどいつだ? 本体が落ちたせいで、世界から切り離された訳じゃないんだろ?」


 ナインの問いかけに、糞騎士は足下のラハ村をのぞき込んだ。

(……こんな芸当が出来るのは)


「ん? 誰かいるのか?」

 ナインも結界越しにラハ村をのぞき込むが、真っ暗で、何とか家の屋根や木々がおぼろげに見えるだけだった。


 しかし、糞騎士には見えていた。

 ラハ村の地面の上でロッキングチェアに揺られながら、長い右足を左足の膝上へと組み、右手の指でほおづえをつきながら、テンガロンハット越しに、この糞踊りの一部始終を見物している男の姿を……。


”ゴゴゴゴゴゴゴ”


 突如沸き起こる振動。

 地震ではない、ラハ村と本体を包み込む空間そのモノが震える音。


「どどししたたぁぁ! ここれれでで、おおれれたたちちももおおししめめいいかかぁぁ??」

 ナインは覚悟を決めたかのように両目を閉じ、結界につかまりながら悲鳴を上げていた。


「な、何者かが、こ、この空間へ、し、侵入しようと、し、している」

「どどここのの、ももののずずききだだぁぁ!」 


「し、しんじ、ら、られん。あ、暗黒、じ、女王や、き、貴婦人ですら、で、できないことを……」


”ビキィ!”


 ラハ村直上ちょくじょうの空間が裂け、一筋の光が差し込む。

「あ、あれ、は、は!」

「へ、へ? お、おいい! な、なんでで、ててめめぇららががぁ!」


”ズズゥゥン”


 結界上に降り立ったモノ。

 それは、


 頭の上にウッゴちゃんを乗せた、 巨大化したウッゴ君だった。 

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