行水、シテマス

 フランの店の中。

 カウンターに伏せ、絶え間なく嗚咽を奏でるフラン。


 それを店の奥から心配そうに覗くウッゴ君とウッゴちゃん。

 フランに向かって、慰めすら出来ない二人。


 やがて二人は顔を見合わせる。

 ウッゴ君の手は、ウッゴちゃんの髪に巻かれたリボンと髪飾りを指さす。


 ――ナインの声を思い出すウッゴちゃん。

『いてっ! おめえらまた俺様を踏んづけやがって! ん? おい! ウッゴの……むすめ! ちょっとこっち来い!』


 警戒しながら近づくウッゴちゃん。

 何か企んでいるのかと、ウッゴ君の眼も鋭くなってナインを睨み付ける。

 ナインは懐からリボンに包まれた箱を取り出すと、リボンをほどいた。


『……歓楽街のお姉ちゃんにあげるつもりだったんだが、いい男が出来て辞めちまってな。……フランの奴にあげてもな、あいついつも帽子かぶっているから意味ねぇし、おめぇにやるわ』


 ナインは立ち上がると、ウッゴちゃんの髪に結わえた色あせたリボンをほどいて、新しいリボンで髪を縛り、髪飾りを髪の毛につける。


『へっへ! いい女じゃねぇか! ナゴミ帝国中のゴーレムがほっとかねぇぜ!』

 両手を腰につけて褒めるナインの声に、ウッゴちゃんの頬が淡く紅に染まる。


 そしてナインはウッゴ君を怒鳴りつける。

『おい! ウッゴ野郎! てめぇも男ならなぁ、花の一つぐらい女の髪に飾りつける甲斐性かいしょうを見せやがれ!』

”はっ!”と眼を見開いたウッゴ君は、ナインとウッゴちゃんにぺこぺこと頭を下げた――。


 そして今度はウッゴちゃんがウッゴ君のシャツのすそを指さす。


 ――ナインの声を思い出すウッゴ君。

 今度はウッゴ君に声をかけるナイン。


『ん? おい! ウッゴ野郎。おめぇの着ているシャツ貸してみろ』

 ウッゴ君は脱いだシャツを手渡すと、ナインは腰を下ろし、娑婆袋から裁縫道具一式を取り出す。

 そして、シャツの裾の破れている部分に針を通した。


『おめぇは元気よく動き回るからなぁ。どこかの木の枝で引っかけたんだろ。フランはああ見えてズボラだからな。おめぇのシャツなんか気にしちゃいねぇし……』

 破れをうナインの姿を、身を乗り出して眺めるウッゴ君とウッゴちゃん。


『ん? 俺様がこんなことするのめずらしいってか? 馬鹿野郎! 冒険者ってのはな、鎧のほころび一つであの世いきになるんだよ。……特に他人のほころびはな、気になって仕方ねぇんだ』


 黙々とシャツに針を通すナイン。

 まるで遠い昔、鎧のほころび一つで仲間を失ったかのように……。


『……よし、こんなもんか。っておい、ウッゴ娘! おめぇも女ならな、男の身だしなみを気をつける女になりやがれ!』

 ウッゴちゃんも”ハッ!”と眼を見開き、慌ててナインとウッゴ君にぺこぺこと頭を下げた。


『さぁ、行った行った! 昼寝の邪魔だ』

 ナインは寝転がると二人に背中を見せ、ヒラヒラと手を振った――。

 

 二人は互いに顔を見合わせうなずく。

 リボンと髪飾りを授けた男の為に。

 シャツの裾を縫ってくれた男の為に。


 そして、泣き崩れる主が、再び笑顔をみせてくれる男の為に……。


 裏口から噴水へと向かう二人。

 力を蓄える為、二人は噴水の水を手桶で遮二無二浴びる。

 そこへ、広場で寝泊まりしている老人が、酔っ払いながら近づいてきた。


「へっへ。どうしたお二人さん? こんな夜中に行水か?」

 ウッゴ君とウッゴちゃんは無言でその老人をみつめる。


「ほほう……そうかそうか。フランの嬢ちゃんと、あの、ろくでなしの為にか……。なら、おめぇさん達にはこっちの方がいいんじゃねぇかぁ?」


 老人は娑婆袋から瓶を取り出すと、二人の頭に瓶の液体を振りかけた。


「……そうれ、たんと飲みねぇ! いつも浴びている噴水の水より、”神酒こっちの方”が”一面八臂いちめんはっぴ”に染み渡るぜぇ!」

 そして二人の視線は、広場の隅で寝ているアデルへと移る。


「あぁ、あの小僧のことなら心配するなや。女将もついている。”儂ら”はあんまり役には立たんけどなぁ。ひゃっひゃっひゃ!」


 二人は老人に頭を下げると、噴水を挟んで向かい合うように立つ。

 そして光り輝きながら上空へと浮かび上がると、大量の噴水の水を伴いながら竜巻のように回転し、流れ星のようにラハ村の方角へ飛んでいった。


「ろくでなしを頼んだぞ~」

 流星となった二人を、老人は瓶を振りながら見送っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る