投資、シテマス
数日後、やぐらもすっかり撤去され、いつもの日常を取り戻した街の広場。
ボロボロになってねぐらで寝ているナインの元へ、ヘルムドが訪ねてきた。
その後ろには特等席で歓待をしていた秘書ノルナが、ドレスではなく紺色のスーツを着て控えている。
スーツと行っても胸の膨らみが強調され、下半身、と言っても太ももの1/3しか包み込んでいないスカートは、一本のシワも出来ないほど臀部の膨らみを際立たせていた。
「失礼します。フラン様の命により、此度の決闘の報酬、千ダガネをお届けに参りました」
ヘルムドは胸ポケットのハンカチーフを地面に敷くと、ノルナはその上に片膝を置き、もう片膝は立てて座る。
……ゆっくりと足を開きながら。
そして音も立てずに、寝そべっているナインの前へ、袋を乗せたトレイを置いた。
ナインは横になりながら、ノルナの太ももと、ダンジョンのように薄暗いスカートの中をのぞき込む。
大商人から街男まで、いやらしい目で見られるのには慣れているのか、それとも主の命令なのか、ナインの覗きにもノルナは顔色一つ変えず微動だにせず、そのままの姿で座っていた。
そしてナインは袋を一瞥した後、その眼をヘルムドへ向ける。
「俺に報酬が出るなんて、どういう風の吹き回しだ?」
「一攫千金を狙って、ナイン様に賭けた方々が大勢いらっしゃったようです。小銭単位で賭けられますからね、例え一ダガネでも、積もれば大金となります」
「へっ! 酔狂な奴らだぜ」
「あと、お役人様方がナイン様に多くの額を賭けられたみたいです。
『賭けた分以上に楽しませてもらった』
と、大層お喜びでした。おかげさまで賭の方も、ウッゴ君が勝ったにもかかわらず、かなりの黒字となりました」
再びヘルムドは胸に手を当て、ナインを称えた。
「さすが、レベル九の冒険者様ですね。お役人様からの”信用”。このわたくしもあやかりたいくらいです」
「なぁに、フランの”つて”で、昔からいろいろとお役人様の小間使いとかをやってきたからな。……そういえば、フランから聞いたぜ! お役人様や大商人様との”お近づき”の首尾はどうなんだ?」
「お役人様”からの”信用と同じように、商人”への”信用は、一朝一夕でなしえるモノではございません。お近づきの”スキル”に関しては、此度の興業でようやくレベル一になれたと言ったところでしょうか?」
その答えを聞いたナインは、袋が乗ったトレイをヘルムドへ押し返す。
「……お受け取りにならないのですか?」
一ダガネの為なら、
思いも寄らぬ行動に、演技でもない、意外そうな顔をヘルムドは浮かべた。
「ちがうぜ。おたくら商人で言うところの”投資”というヤツだ。この金をいつかお前の手で百万ダガネに
ヘルムドはさらに眼を見開くと、あわててナインに向かって礼を捧げる。
そんなヘルムドに向けて、ナインの言葉はさらに続いた。
「あと、俺様の名前を使うのを許可してやるぜ
『”あの”ナインが、ヘルムド商会に千ダガネを投資した!』
ってな! せいぜい派手に吹聴してくれよ!」
にやけながら、ナインは片目を閉じる。
”ろくでなし”が投資するほど、ヘルムドはおかしなヤツなのか?
この問いに”是”と答えられる商人はヤゴの街にはいまい。
フランに取り入り、大成功とも言える興業を、他の商人の力を借りず己一人の力で成し遂げたヘルムド。
さらに、役人や大商人、そして街の住人に”名と顔”も売った。
そして、まだ若いヘルムドには”次”がある。
だから、”次の甘い蜜”を吸おうと、ろくでなしがいち早く投資した。
遠くない未来、”ろくでなしのナイン”という劇薬にも似た糞まずい”肥え”が、ヘルムドという男の名を、より美味く”味付ける”こととなるだろう。
話は終わったと、ナインは寝返りをうつ。
ヘルムドは別れの礼を行い、ノルナもトレイを持ち上げ、主に習う。
それをナインが呼び止める。
「あ~そうそう。そのお姉さんは、あんたの秘書さんかい?」
「はい、わたくしの有能な秘書、ノルナと申します」
「ノルナさんとやら、”お股が風邪をひかない”ように、せいぜい気をつけなぁ……」
ナインはヘルムドに背中を向けたまま、ヒラヒラと手を振った。
そして二人は自分の店へと足を向けた。
「なるほど……”ろくでなし”と呼ばれながらも、フラン様がおつきあいなさるのもわかる気がする。喰えない男だ」
ヘルムドは横のノルナに、ナインの印象を聞いてみた。
「君は彼をどう見るかね? もちろん、”女性”としての目でもかまわないよ」
「……一言では言い表せません。金のために道化となって殴り合いをする、噂通りの行動をするかと思えば……先ほどみたいに、金には全く興味のない、真逆のことをする」
そして、恥ずかしかったのか、それとも、
”女として恥を掻かされた為”
なのか、わずかに頬を朱に染めた。
「ヘルムド様のお言いつけ通りに、”なにも着けず”あのような格好をしましたが……。私のスカートを覗くかと思えば、すぐさま、全く興味のないそぶりを……。まるで、いくつもの顔を持っている様な……」
自分に自信を持っているから、そして主を崇拝しているから、主を”より高める”ため、他の男に”女自身を晒す”ことに、全く抵抗はない。
むしろ、他の女性従業員を差し置いて、すすんでその役をかってでるほどだった。
しかし、”ろくでなし”と呼ばれる男に、あそこまで無頓着な扱いを受けたのは、生まれて初めての屈辱だった。
「なるほど……。私の印象とは似て非なるモノだな。
『彼は自分を変えることによって、周りを操り、そしてそれを楽しんでいる』
……と感じたね」
「そ……そんなことが!」
言葉から伺えるノルナの狼狽ぶりを感じ、ヘルムドは笑顔を向けた。
「さきほど、彼は金を返すどころか、私に投資すると言ったとき、私はつい本心を表に出してしまった。慌てて、礼をする振りをして顔を隠したけどね。本心を表に出すことは、商人としてあるまじきこと。……してやられたと思ったさ」
そんなヘルムドも、ナインに乱された心を落ち着かせる為なのか、秘書ではなく”女性”として、ノルナの髪を優しくなでる。
「おそらく彼は、私への投資などどうでもいいと思っているさ。彼が私に投資することで、慌てふためく街の商人を影で見ながら、一人大笑いするだろうね」
人を操ること。
それは商人のみならず、初恋をした少年少女から大国の皇帝まで、喉から手が出るほど手に入れたい”スキル”である。
それを、あの路上生活の男は難なく行った。
決闘の興業を通じて、ヤゴの街の役人から大商人、老若男女の住民に向かって自分が”ろくでなし”になり、無様に殴られることで人々を熱狂させた。
そしてつい今し方、美しい女性の”女の部分”をのぞき見てもまったく動じない、”聖人”となって秘書に恥をかかせる。
さらに、人を操ることを生業としている、商人であるヘルムドに対しても、今度は”投資家”となって、心を震えさせた。
――やがてヘルムドは知るであろう。
そんなナインの”
ヘルムドは天を仰ぎ、自嘲気味に微笑んだ。
「フラン様とナイン、お二人を利用して、より高みに登ったといい気になっていたが、どうやら
『喰われて、糞になった』
のは、むしろ、この私の方かもな……」
そんなヘルムド達の横を、イネスの店からパンを受け取ったウッゴ達がすれ違う。
ヘルムド達と入れ替わりに広場へ向かうウッゴ達。
すぐさま、子供の喧嘩のようなナインの怒声が放たれる。
「いてっ! おい! 踏みつけるんじゃねぇ! 俺は犬の糞じゃねぇんだぞ! ちょっとまてコラ! ギリギリで勝ったぐらいでいい気になりやがって! 次は負けねぇからな! よく憶えておけ!」
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