決着、シテマス
”カ~ン!”
フラフラながらも、鋭い眼光を放ちながら立ち上がるナイン。
頭から湯気を立てているものの、足下がおぼつかないウッゴ君。
二人から放たれる決意は、これが最後の勝負だと、観客に感じさせた。
どちらからともなく伸ばされる拳。
それが触れた瞬間、二人は弾けるように距離をとった。
『うおおぉぉぉ!』
観客達は手を振り、足を鳴らし、その口から獣のような咆吼を放つ。
先に動いたのはウッゴ君だった。両腕を横に広げると、一気に伸ばす。
そして足を軸に、ゆっくりと回転しはじめた。
『おおお!』
どよめく観客達。イネスが思わずフランに尋ねる。
「フランさん、ウッゴ君のあの格好……」
「うむ、あやつも最後の勝負に出たな。我がゴーレムながら天晴れじゃ!」
駒のように高速で回転するウッゴ君。
それを予期していた、いや、もはや目の前で何が起こっても、己の力と経験を全てぶつける覚悟で拳を構え、ウッゴ君に相対するナイン。
「さぁ! 来やがれ! 木偶の坊!」
その言葉を合図に、喧嘩ゴマのように回転しながらナインに突進するウッゴ君。
回転する腕の下を、滑り込むようにして逃げるナイン。
もはや、ダウンがどうこう言っている状況ではなかった。
『こ、こりゃ、ワシの方が危ないぞい! うひゃ!』
ボーアは突進するウッゴ君を避けたのはいいが、ロープの間からリングの下に落ちる。
それを、ハイイログマが慌てて受け止めた。
ナインは杭やロープぎりぎりまで下がると、突進してくるウッゴ君を、時には股を広げてジャンプして、時には回転する腕の下を、頭から足から滑り込むようにして、ウッゴ君の回転する拳をかわす。
(チッ! 杭やロープに腕を絡ませようとしたんだが、あの木偶の坊、きっちり計算してやがる。足が使えれば、滑り込んで転ばすんだが、このままじゃ埒があかねぇ……)
「ぐわっはっは! さすがウッゴ君だ! 俺の《竜巻斬り》と、どっちが強いか、一度、手合わせ願いたいわ!」
(ん? 《竜巻斬り》?)
――《竜巻斬り》とはハイイログマの必殺技の一つである。
オーガをも一刀で切断出来る特大のバトルアックスとグレートソードを両手に持ち、今のウッゴ君みたいに高速で回転しながら魔物の集団へ自ら突っ込む技である。
もっとも、ナイン曰く
『真上から糞を垂らされたらおしめぇじゃねぇか!』
と、一緒に酒を飲んでいるときに、よくからかいのネタにされていた――。
(……一丁やってみるか!)
ナインはロープに足をかけると、杭の上にそびえ立つ。
「どーしたナイン! 空を飛んで逃げるってか!」
「怪我しないうちに降参しな!」
「フランさん、ナインは一体何を?」
「まぁ見ておれ、女将。あやつも、最後の勝負に出たのじゃ!」
観客のヤジにも微動だにせず、ナインの目はリング上で回転するウッゴ君の中心、頭を狙っていた。
「ヘッへっ! そういう事か……」
ナインの姿に、ハイイログマは顎に手を置きながらにやけていた。
「認めるぜ木偶の坊……お前は強い!」
ウッゴ君に向けて、同じ言葉を再び呟く。
「だがなぁ! 俺様の方が! 遙かに強いんだぁ!」
拳を振り上げ、雄叫びを上げながら、ウッゴ君の頭へ向かってジャンプするナイン。
『おおぉぉ!』
観客のヤジが、一転してどよめきへと変わる。
空中に浮かぶナインを確認したウッゴ君は、回転する拳をナインに向ける。
「なにぃ!」
偶然か、はたまたナインの思惑を見切った結果なのか、回転する拳がリングの床をこすり、まるで回転が落ちた駒みたいに、軸の先端と言うべき頭が、前後左右に揺れていた。
「ええい! 死なばもろとも!!」
狙いが定まらない中、ナインは闇雲に拳を伸ばす。
”ボコッ!”
日頃の行いにもかかわらず、ナインの拳はウッゴ君の頭を直撃した!
「やったぜぇい……ぐはぁ!」
ウッゴ君もそう思ったのか、死なばもろともの覚悟で向けた拳が、ナインの脇腹にめり込んだ。
再び宙を舞い、床に激突するナイン。
止まる寸前の駒のように、リングの床を転げ回るウッゴ君は、白い杭に激突すると動かなくなった。
『ふ、二人とも倒れたぞい! こういうときはどうすればいいぞい?』
ボーアは体をハイイログマに押し上げてもらい、リングの上で、フランからもらったルールの紙をポケットから取り出す。
『フム、十数えて先に立った方の勝ちぞい。……ん? なんじゃワシ、数の数え方を間違えていたぞい』
そしてリングの中央で紙を見ながら数を数える。
『え~と、一は”わん”……二は”つ~”……三は”すり~”、四は”ふぉ~”……言いにくいぞい』
『ウッゴ君! ウッゴ君! ウッゴ君! ウッゴ君!』
会場全てから沸き起こるウッゴ君コール。
「ぐわっはっは! がんばれよウッゴ君!」
もはやハイイログマですら、ナインを応援しなくなった。
(へっへっへ……我ながら……よくやったぜ……さすが、ろくでなしの、ナイン様だぜ)
『ウッゴ君! ウッゴ君! ウッゴ君! ウッゴ君!』
(安心しろい……もう……俺には立つ力はねぇ……このまま……眠らせてくれい)
半開きになったまぶたからは、ロープをつかみ、必死で起き上がるウッゴ君の姿が写っていた。
『五は”ふぁいぶ”……六は”しっくす”……七は”せぶん”』
(おっせぇなぁ……ちゃっちゃと……数えろい)
『八は”えいと”……』
(どうせ……俺を応援するヤツなんか……いやしねぇんだ)
『”……ナイン”!』
(なに!)
突如聞こえる自分の名前。ボーアでも、ハイイログマでもない、女の声。
その女は、自分を一番こき使い、
ゴーレムに踏ませるほど馬鹿にし、
ことあるごとに怒鳴り散らす女。
そんな女が今、自分の名前を呼んでいる。
そのたった一言が、傷ついた男の体を奮い立たせる。
(けっ! 仕方ねぇな……お望み通り……立ってやるよ)
一瞬にして、ナインの体に力がたぎる。
『うおおぉぉぉ!』
勝者の咆吼を放ちながら、両腕を掲げ、銅像のようにそびえ立つナイン!
『ああ……』
観客から悲鳴にも似た溜息が漏れる。
しかし、ナインの血液は、主の思惑通りにはいかなかった。
一気に立ち上がったため、顔から血の気がひき、そのままのポーズで倒れるナイン。
入れ替わるように、何とか立ち上がったウッゴ君。
『十は……フラン様、十”も”、なんと呼べばいいのですか?』
ボーアから尋ねられたフランは、”再び”ボーアに呼び方を教えた。
『”てん”じゃ!』
『て~~~~~ん』
ボーアの掛け声と同時に、ウッゴ君が両腕を高々と揚げる。
『うわぁぁぁぁ!』
嵐のように沸き起こる歓声。
観客達は腕を振り、足を鳴らし、力の限り叫んでいた。
そして、ウッゴちゃんがリングによじ登り、ウッゴ君に抱きつく。
ボーアがウッゴ君の片腕を高々と掲げながら、一緒に万歳をした。
「フラン様、かねてからの手筈通りに……」
「うむ、心得た」
ヘルムドの声にフランは立ち上がると、軽く手を振り、リングと特等席の間の結界を解除する。
それを確認したヘルムドはリングに上るため、悠々と歩を進める。
一人、勝者であるウッゴ君を称えるために。
「あれは!」
ヘルムドが目にしたのは、フランが結界を解除した瞬間、特等席の大商人達がすぐさまリングへと走っていく姿だった。
そして太った体、出っ張った腹にもかかわらず、何とかリングへよじ登ると、勝者のウッゴ君を胴上げしたり、ウッゴちゃんを肩車したりして、観衆に向かって手を振っていた。
まるで、ウッゴ君を勝たせたのは、そして、街のみんなを楽しませたこの興業は、自分たちの援助や応援のおかげだと言わんばかりに……。
(……なるほどな、ここまで図々しくならないと)
「ヘルムド様、よろしいのですか?」
美女に見慣れている役人や大商人の目さえ楽しませた、女性従業員の中でも一際美しい女性、ヘルムドの秘書、《ノルナ》が、主の耳元へささやいた。
「今の私はただのホストさ。ゲストに喜んで頂くのも、私の大切な仕事。”今は”それでいいじゃないか」
そう呟きながら、美しい秘書に向けて軽く片目を閉じた。
特等席のゲストも、立ち見のやぐらの観客も、惜しみない拍手で勝者のウッゴ君を称える。
片やナインは、花道を帰りながら、ハイイログマの背中で半分気を失っていた。
「広場のねぐらは使えねぇからな、俺のアジトでゆっくり休め。全くよう、ウケを狙って、一気に立ち上がるこたぁねぇのに」
「う……うるへぇ~……」
「ホント、見事なまでに”ろくでなし”だよ。おめぇさんは」
ハイイログマに背負わされたナインの背中に向かって一人、フランは拍手を送っていた。
そして、そんな二人を、イネスは優しい目で見守っていた。
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