ぶらご~ん、シテマス
「ちきしょ~! もうナインの口車にはのらねぇ~!」
「明日から乞食に転職だぁ~! 誰か晩飯代を恵んでくれ~!」
野次馬達の泣き言をナインは背中に心地よく感じながら、アデルとイネスと共に喧噪賑やかな飲食街を歩いていた。
「やったぁ~千ダガネ~ルンルン! アデルくぅ~んありがと~う! 大好き~!」
イネスはまるで蝶を追いかける少女のようにくるくる回りながら、何度もアデルに向かって礼と笑顔を贈っていた。
「どうだい女将、財布が潤ってご機嫌同士、どこかでしっぽりと……」
ナインがイネスの肩に手を回すが、その手の甲をつまみながら、
「だぁ~め。久しぶりに旦那がお務めから帰ってくるのよ。これでた~っぷり精のつくおいしいもの買って、授かりの儀式をがんばってくれなくちゃ。もちろんあたしもたっぷりご奉仕してあげるけどね」
ナインは赤く腫れ上がった手の甲を”フーフー”していた。
「じゃあねアデル君、このお礼は今度た~っぷり、体で払ってあげるからね~」
周りに人がいるのも気にもせず、カッペラが聞いたら慌てて口を押さえる言葉を、イネスは臆面もなく発しながら夜の街へと消えていった。
「坊主、腹は大丈夫か? 夜中に俺に向かって上から下から”噴水”するのはごめんだぜ」
「もう一枚ぐらいはいけそうな気がしたんですけど……ップ」
お腹をさすりながらゲップを吐き出すアデルの余裕の答えに、ナインは”うぇ~~”と舌を出し、ヒグマみたいに泡を吹きそうな思いだった。
「そういえばナインさん、クマデさんってお兄さんがいるんですか?」
「ん? おめぇ知らなかったのか? クマデはハイイログマの妹だぞ」
「ええっ!」
思わず声を上げるアデルに対して、ナインは笑いをこらえる。
「なっ! 笑えるだろ。全然似てねぇでやんの。そういえば前にキフジンから聞いたんだが、クマデのような妹を太古の書物では何とかっていってたな。ぶら……じあ、どら……ごん、《ぶらごーん》だ!」
「ぶらごーん? なんか
「ああ、なんでもハイイログマに女の噂があるとだな、クマデはその”ぶらごーん”に
(そんな風になったクマデさんは、きっとものすごく強いんだろうな)
と、アデルは自分に向けられたクマデの微笑みを何度も思い浮かべていた。
※
(ようし、これで永久にステーキが食べられるぞ!)
イネスへの支払いがあっても胴元丸儲けでご機嫌のナインは、返金された五百ダガネを気前よくアデルに渡した。
そのお金を握りしめ、後日、再びアデルは滝の山脈亭へ向かったが
「ダメダメ、完食者はおことわり! あんちゃんみたいなのに何回も食べられちゃ、うちの商売あがったりだ!」
さすがにそんなうまい話はないな……と落ち込むアデルに店の親父は、
「まぁそう気をおとすなあんちゃん。勲章つけておいたからよ」
親父が例のポスターを親指で指さすと、その隣には、
『達成者 十枚 レベル一 アデル 所属:ドエリャア色男のナインの腰巾着』
と細長い紙でアデルの名が記してあった。
(これ、絶対ナインさんが入れ知恵したんだな……)
アデルは目を細めながら、紙に書いてあるナインの名前を睨み付けた。
「そうそうあんちゃん、ちょっとまってな」
親父は倉庫から、小麦を入れるような麻袋を肩に担いで持ってくると、”持ってけ!”とばかりにアデルに手渡した。
「なんですか、これは?」
「あの”ステーキ”の端切れで酒のつまみ用に干し肉を作ったんだが、どうも客受けが悪くてな。捨てるのもなんだしあんちゃんにやるわ」
「こんなにもらっていいんですか?」
アデルは両手で抱え込んだ麻袋の横から顔を出し、親父に尋ねた。
「なぁに、あんちゃんのおかげでな、ヤゴの街のみならず、噂を聞いて遠くの街や都から、腕自慢ならぬ腹自慢がやってきてよ。おかげで大もうけで笑いが止まらんよ! はっはっは!」
ご機嫌な親父の笑い声が店内に響き渡る。
「安心しな、まだあんちゃんの記録は破られていないからよ。今日も一人、たった今、挑戦中だぜ」
親父が顔を向けた店の奥では、野次馬の中から聞いたことある女性の声が聞こえた。
「次! 十枚目ちょうだい!」
その声にニケルがステーキの乗った皿を持っていくとやがて、
「うぉおおお~!」
「まじかよ! 完食しやがった~!」
野次馬のあちこちから歓声が上がる。
誰が達成したのかと、アデルは野次馬の中から顔を覗くと、娑婆袋から布巾を出し、淡い桃の唇を拭くクマデの姿があった。
「あら、アデル君じゃない。こんにちは」
クマデは、とても特攻隊隊長とは思えないさわやかな笑顔と声でアデルに挨拶した。
「あ、クマデさん? こんにちわ」
ナチュラルに挨拶を交わす二人だが、周りの野次馬達は気が気でなかった。
ステーキ十枚完食者二人が今、相対する。
次の瞬間、見ているだけでどんな吐き気を催すような食の戦場が行われるかと気が気でなかった。
「親父さん、自腹で払うわ。もう一枚ちょうだい」
そんなクマデの次の台詞に、
「「ええええー!」」
と野次馬共の口から計ったようにぴったり同じ叫び声が発せられた。
「そんなけちくせぇことしねぇよ。おい、持っていきな」
親父に命令されたニケルは、クマデの前に十一枚目のステーキの載った皿を置く。
クマデはアデルの見ている前で”はむはむ”とステーキをついばむと、難なく十一枚目を平らげた。
「す、すごい」
ナチュラルに感想を漏らすアデル。
それを見た野次馬達はだらしなく口を開け、歓声すら上げる気力すらなかった。
そんな彼らの目の前で、クマデは袋から細長い紙を取り出すと、皿を片付けたテーブルの上に置き、人差し指の先を光らせ紙の上にさらさらと文字を書いていた。
『十一枚 LV九 クマデ 所属:灰色熊の団 特攻隊隊長』
と、書いた紙をアデルの名前の横にぺたっと貼り出した。
そのままアデルの元へ歩み寄り、
「落とし前はつけさせてもらったからね」
と呟くと、ぎこちないウインクをプレゼントした。
アデルの頬が以前より朱に染まる。
「じゃあね! アデル君」
クマデは軽く手を振り、踵まで伸びた髪を揺らし、軽やかな足取りで店を出て行った。
――後日、滝の山脈亭の裏で、ドエリャア特盛りのゲ○を吐いた犯人探索の依頼書が、店の親父によって冒険者組合の掲示板に貼られた。
しかし報酬が『青玉キノコの串焼き食べ放題』。
そしてなにより、思い当たる犯人からの仕返しを考慮した結果、冒険者達が己の健康と身の安全を最優先に考え、いつの間にか迷宮入りし、話題にも上らなくなった――。
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