夜戦、シテマス

 ――冒険者学園の卒業式から数日後


「今年の合格者はどうだ?」

 金色犬鷲の団の団長室では、イヌワシが部屋の窓を背にし団長机の椅子に腰掛け、ハヤブサ、そしてフクロウと合格者について話していた。


「二人です。それでもまぁぎりぎりと言ったところですけど」

 イヌワシの問いに答えたハヤブサが、ソファーの上で紅茶の香りを楽しんでいた。


「……と言うことは、もし、《当たり》を引いていたら実質一人? 学園も質が落ちたものね」

 団長室のドアの横にはフクロウが立っていた。

 窓とドアからくるであろう侵入者に気を配りながら、黒装束越しにくぐもった声で合格者と学園を嘆いていた。

 

 ――イヌワシの入団クエストに中には

”冒険者には運も必要”

と、毎年簡単な”当たり”のクエストの紙が一枚入れるのが恒例だった。


 二百枚以上あるクエストの紙の中から一枚引き当てるだけでもそこそこ運があると見なされ、記されたクエスト達成者には無条件で入団が認められた――。


「それが違うんですよフクロウさん、当たりは本の山で行うクエストでしてね、箱の中から取り除いたんですよ。だから今年は当たりはなしってことで」


「そういえば本の山で非常事態宣言が発動されたな。私たちに言わせれば、一体何が非常事態なんだか……」

 答えるフクロウの話が止まり、部屋に向かってくる慌ただしい足音が聞こえる。


 一瞬、ハヤブサとフクロウは身構えるが、壁越しに聞こえる足音や息づかいが団員とわかると、わずかに緊張を解いた。


「だ、団長! 失礼します!」

 転がるように中堅団員が部屋へ飛び込んできた。


「なにを慌てる! 我等犬鷲は常に冷静沈着であれ! と言うことを忘れたか!」

 一括するイヌワシの耳に団員の言葉が突き刺さる。


「本の山の! 当たりの紙が紛れ込んで、しかも誰かが引き当てました!」

 イヌワシの顔が一瞬動揺するのを見逃さず、


『ハヤブサだ! 緊急指令! 総員、《捕獲》準備! 《獲物》は本の山のクエストで迷い込んだ卒業生の保護と救出だ! 《カラカラ》! 《ゲンボウ》! お前達はすぐさま本の山へ向かえ! 金色犬鷲の名においてあらゆる障害を排除することを許す! 遺体でもかまわん! 準備ができ次第、それぞれの隊員も本の山へ向かえ! 急げ!』


『フクロウだ。直ちに本の山で、《夜戦》準備だ! 獲物は迷い込んだ学園卒業生。《ミミズク》! お前達は先に向かったハヤブサの隊と合流して獲物の目星を探れ! 《コノハ》! 隊員をまとめ次第しらみつぶしに探索しろ! 私もすぐに行く!』


 二人は相手の耳に直接声を届ける【デラささやき】の魔法で自分の団員に指令を飛ばすと、言い終わらないうちに部屋から消え、部屋には犬鷲のみが残った。


「このイヌワシ……不覚!」

 そう呟きながら、岩よりも硬いイヌワシの拳が、さらに固く握りしめられた。

 

 夜も更け、団長室にいるイヌワシの耳にはハヤブサ、フクロウから定時連絡が入るが、遺体どころか手がかりすらつかめていなかった。


(外からは大木に見えても……その実、中は腐って空洞だらけ……か)

 窓の外の月を眺めながら己を嘆くイヌワシの”心”に、団員以外の声が響く。


『フランじゃ。イヌワシ殿、今よろしいかな?』

『申し訳ないがフラン”殿”、今は立て込んでいる。御用なら後日……』


『本の山でくたばった卒業生のことでじゃが……』

『!』

 沈黙を了承と受け取ったのか、フランの体が団長室にゆっくり浮かび上がる。

 

 ――レベル十になり帝国に登録された冒険者は、帝国役人の末席へと名を連ねることになる。

 そうなれば高官である墓守のフランに対しては”様”の敬称をつけるのが礼というものだが、イヌワシは二人っきりであるがゆえ、フランに対し”殿”と呼んだ――。


「夜分失礼するぞ。儂がお主と二人っきりで話すのを、《護衛役》のハヤブサやフクロウ見られてはまずいと思ってじゃな、”無礼”は許せ。先日わしと契約した学園の卒業生が本の山でくたばっての。回収したはいいがお主のクエストの紙が入っておったから、こうしてわざわざ届けたという訳じゃ」


 フランが机に上にクエストの紙をおく。

 犬鷲の印が押してあるその紙はかなり汚れてはいるが、その汚れは泥や卒業生の血や肉でないことをイヌワシの目は一瞬で見抜いた。


「ほほう、さすがじゃな。血は争えぬか……。お察しの通りこれはドラゴンの糞じゃ。なに信じられないのも無理はない。儂も逆さ傘でちらっと見ただけじゃからの」

 彫刻のようなイヌワシの顔は微動だにせず、無言でフランを見つめていた。


「これを貸しとせぬ。今行っている”立て込み”でお主もかなり経費を使っておるからの。その心意気をくんでの”分け”じゃ」

 そしてフランは、妖しい魔女の微笑みをイヌワシに向ける


「ああ、その小僧じゃがなかなかおもしろそうじゃからの、今後お主の旅団と、できれば《お主の実家》がこの小僧に関わってくれなければ助かる。まぁ後者の方はお主の思惑ではどうにもならない部分があるがゆえ、できなくとも仕方なしと思っておるがの。

 どのみち、当たりのクエストすらこなせないへなちょこは、お主らの眼中にはないからの。褒めるところがあるとすれば、このわしと契約した先見の明と、ドラゴンの糞に”当たった”ことぐ……ら……ぃ」


 フランの体がゆっくりと消えると同時にその声も弱く薄くなっていった。

 後に残されたイヌワシは、ゆっくりと口を開き重い声で指令を出す。


『イヌワシだ。指令を伝える。総員速やかに撤収! ”獲物”はフラン”様”が保護された。繰り返す、総員撤収!』


 《ナゴミ帝国、皇位継承権第八位》であり、《できそこないの四男坊》と王族や貴族から陰口をたたかれる男の口から、【ドエリャアささやき】の魔法が静かに発動された。

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