陰謀、シテマス

 学園の事務棟の中にある迎賓室は、校舎や講堂と違い紅い絨毯が一面敷き詰められ、そこそこ高級な絵画や調度品が、これまたそこそこの量で部屋中に鎮座していた。

 

 そして白いテーブルクロスが掛けられた丸机の上には帝国の高官にとって、

《まぁ社交辞令で口に運んでやるか料理》と

《種類は少ないが年代と味は……まぁやっと及第点の酒》

 あとはヤゴの街周辺で採れた果実が並べられていた。


 そんな迎賓室内では一人の若い吟遊詩人が演奏の準備をしていた。

 ”太古”の書物に出てきた《牛追い男カウボーイ》のような出で立ちに、異国、蛮族の出身者かと誰もがいぶかしげな目で見ていた。

 

 しかし彼が、ひとたびリュートを奏でると、出席者の杞憂を吹き飛ばし、風の精霊の唄声のような音色が、部屋にいるすべての者の魂を心地良くなでまわしていた。


 そんな中ヴォルフは、まだ最初の乾杯から十分とたっていないのに、グラスを片手に持ち、早くも所在なさげに、ただ棒立ちになっていた。


 卒業式の後、来賓を交えてのちょっとした宴の準備があると聞かされてはいたが、名前と顔が一致しない帝国の高官や、顔ぐらいしか知らない近隣の町長や村長との軽い挨拶が終わると、もはやすることがなくただ立ち尽くすのみであった。

 

(……こういうことのなにが楽しいのだ?)


 談笑するいくつかの集団を見ては、心の中で何度もいらだちながら問いかける。

 そして初めて着る教団の礼服に違和感を感じ、時折、体をわずかにくねらせていた。

 

 そんな彼の唯一の救いは、愛用の蒼き月の聖剣の帯刀が許されていたことだけだった。

 退屈しているヴォルフを見かねてか、男性教官の一人が声をかける。


「失礼しますヴォルフ卿。私は学園で生徒に剣技を教えている者ですが、もしよろしければ、卿のお手元の聖剣を拝見させていただけませんか?」


 剣技と聞き、砂漠で水を得たように、ヴォルフの顔に血の気が戻る。


「あぁ、それはかまいません。どうぞ」


 例え帝国の高官であっても、己の剣に触れさせるのはもっともな理由をつけて断るのだが、立場は違えど同じ剣の道に生きる者として、礼に則した嘆願、何よりこの退屈な時間を少しは紛らわせようと、腰のベルトから聖剣を鞘ごとはずし、教官に手渡した。

 

 教官はうやうやしく剣を両手で受け取り柄に手を添える。


「では失礼します……ってあれぇ?」


 柄と鞘を持つ手に力を込め抜こうとするが一向に抜ける気配はない。

 柄と鞘に何かしらロックがかかっているのかと思いあちこち見渡すが、吸い付いたように剣は鞘からびくともしなかった。


 剣の握り方からみて剣技だけなら聖騎士見習いの末席ぐらいと見切ったヴォルフは、この教官の剣技の腕に免じて助け船を出す。


「申し訳ありません教官殿、少し意地悪をしてしまいました。我が蒼き月の聖剣はあるじである私以外は抜けないようになっているのです」


 教官から剣を返して貰い、柄を握りしめ、ゆっくりと鞘から剣を抜き、顔の前で剣を掲げる。

 たちまち部屋中すべての燭台の火よりも勝る蒼白の炎が剣から噴き上がり、周囲を蒼く照らしていた。


「おお~!」


 たちまち来賓や学長から感嘆の声が漏れる。

 どの教団の聖騎士であれ、聖剣から発する神の祝福の炎は、その持ち主の聖騎士の技量を表すといわれる。


 迎賓室にいる他の教団の信徒からみても、ヴォルフがとてつもない力を持っていることは明白だった。


「ほほぅ、これでは本日の主役は、卒業生ではなくヴォルフ卿ですな」

「全くですな。蒼き月の教団も虎の子ならぬ《狼の子》を送り出してきましたな」


 壇上で緊張するアデルを笑った冒険者庁の高官二人は、人だかりの中心にいるヴォルフに目をむける。


 これまで近寄りがたかった女性講師や教官は、これ幸いとヴォルフに近づき、あれこれ話しかけた。

 

 ――宴が始まる数刻前

 ”もう後がない闘気”を纏いながら、司会の女性講師は職員用女性更衣室に入った。礼服を脱ぎ黒の下着をまとった体に、貯金を崩してまで買ったドレスに腰を通した


(酔ったふりして押し倒せば……聖騎士なんて女性に対して邪険に扱えないしぃ……ぐふふ……いざとなればぐでんぐでんに酔わせて介抱しながら、ヴォルフ様の子種を搾り取れば……ぐふふ)


 オーガですらどん引きする台詞を呟きながら、女性講師はドレスに腰を通すが……

『プチッ……プチッ……』

 ドレス自身が破壊を拒否する悲鳴をあげていた。


「ええ! なんでよ! 仕立屋の寸法ミス!? でも受け取る前に着た時は確かにぴったりだったのに~! たった三日で着れないなんて! ……あ、あたしが……太ったっていう……のおおぉぉ~~!」


 宴までまだ間があると、女性講師はドレスを握りしめながら事務棟から飛び出し、黒の下着を纏ったまま校舎周りを何周も何周も一心不乱に走り回っていた。


(もっとよ、もっと走り込まないと……)


 だが学科の講師である彼女の体力では長く持たずさすがに力尽き、踏まれたゴキブリみたいに地面に倒れ込む


(はぁはぁ……ぜぇぇぇぇ……これぐらい……走れば……)


 大きく深呼吸をし、ドレスに再び腰を通すが、そのドレスが発する悲鳴はさっきより大きくなっていた。


「い……いやぁ~~~~!」


 肉体の耐久力向上の教官にもなれそうな勢いで再び校舎周りを全速力で走り出す。

 そんな彼女の姿を、酔いを覚ます為迎賓室から廊下に出た一人の女性魔術教官が、悪魔のような笑みを浮かべながら事務棟の窓から眺めていた。


「どんなに走っても無駄無駄。あんたのドレスに【縮小】の魔術とその魔術の効果を遅くする【延滞】の魔術をかけておいたからね。あんたが気がつかないスピードでゆ~っくりとドレスが縮んでいるのよ。干からびるまでそこで走り回ってなさい《一匹雌狼めろうの団》からの抜け駆けは万死に値するから! あ~はっはっはっは!」


 吐き捨てるように呟いた後、小悪魔のように魔術講師は廊下中に高笑いを響かせていた。


「さてあたしは、”将来のお義父様”相手にこびいろを売っておきますか!」


 なお冒険者学園内の”高レベル”女性教官、講師や職員で構成される一匹雌狼の団は当然のごとく帝国非公認の旅団ではある。


 だがその規律と団結力はどの旅団よりも強固であり、ある学園内の男性職員は酔った勢いで


『万に一つ、《鉄壁の乙女》と称される彼女たちを堕とす悪魔の呪いに触れたならば、その股間に”大型弩砲バリスタ”を装備しろ!』

と叫んだほどである。だがその後、彼の姿をみた者はいなかった……。 


 ちなみに学園の下見に来ていた入学予定者の証言として

『真っ昼間に黒い下着姿で校舎を走り回る亡霊レイス

が新たに学園七不思議に加えられていた。


『一匹雌狼の旅団の心得その一”玉”を得ようとするなら”玉袋”をつかめ!』


 これは玉の輿に乗ろうとするなら、その”玉”をつくった父親の”玉”を鷲掴みにしろという意味である。

 

 魔術教官は心得を呟きながら冒険者庁の高官達に向かってデザートを運び、ついでに自分の肉体を味見してもいいような勢いで”しな”をつくっていた。


 やがて、出席者に酔いが回り、えんたけなわになると、冒険者庁の高官二人は部屋の隅へと移動し、ひな鳥のように互いにささやきはじめた。


「おやおや、お気に召した女性でも見初めましたか? 先ほどの魔術教官とか?」

「ご冗談を!」


 一笑に付すように高官の問いかけを鼻で笑った。残念ながら魔術教官の【魅了】のスキルは高官達には全く通用しなかったようだ。


(ところで”地図”の件は?)

(ご安心召されよう。すでに手は打ってあります)


(冒険者庁と言っても、所詮我等はならず者達の管理人。多少はおこぼれをもらっても……)


(お声が大きいですぞ。いくらここヤゴの街が辺境で、帝都の《眼》や《耳》が届かなくても、誰がどこで見聞きしているのやら……。ご安心を、”胞子”はすでに蒔かれました。あとは熟れた”キノコ”を食すのを待つだけです)


 ”チンッ”と、迎賓室での最後の乾杯の音が、二人のグラスから放たれた。

 そして、その乾杯の音色に合わせるかのように、吟遊詩人の細い指先は、最後の曲を奏で始めた。

 

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