ぼっち、シテマス

 街の人も巡回している衛兵も、ウッゴ君とウッゴちゃんが御者を務めるデュラハンの戦車を、ただの馬車程度にしか気にとめていなかった。


「やっぱりみんな気にしてないじゃないですか。ナインさんって意外と臆病なんですね」


「【デラ姿変化すがたへんげ】の魔法で、うちら以外にはただの黒い馬にしか見えん。街の人間はともかく、騎士や衛兵、高レベルの冒険者はさすがにデュラハンのことは知っておるからな」


 フランはアデルにそう説明すると、馬車は街の南門についた。

 ただ、先日墓地において、フランが色魔を【デラ爆炎】で撃退した事は警備隊内でも知れ渡っており、強力な魔導師のフランが街を離れることで、南門の警備兵達は心中穏やかではなかった。


「安心せい。夜までには戻る」

と、衛兵達を安心させ、馬車を走らせた。


「あ~もういいよどうだって。ちなみに今回はどこへ行くんだ? 誰がくたばったんだ? まぁだいたい見当はついているけどな……」

 幌馬車の床で寝転がりながら、ナインはやさぐれ気味にフランに尋ねた。


「水晶の残り火の大きさから見るにそう遠くはない。この方角じゃと……ここから南東にある《狭間の谷》じゃな。くたばったのはナイン、お主の知っている《エアリー》じゃ」

「エアリー……さん?」


「ああ、たまに俺が剣技を教えている奴だ。ほれ! 前にお前にお使いを頼んだあの先っぽが丸い剣でな。去年学園を卒業したから、お前の一つ上の先輩だな」

「へぇ~」


「そういえば、ついこの前レベル三になってはしゃいでいたな」

「そ、卒業して一年でレベル三ですか! すごいですね!」


「そりゃ学園の教官より、実戦で鍛えた俺様の教え方の方が数段上だからな。そういやぁ~本の山のキノコ狩りができないからって、狭間はざまの谷で《ラガス》狩りするとか言ってたな」

 寝ころびながらも、ナインは得意げに胸を張った。


「ラガスって、あの畑や果樹園を荒らす、でっかい鳥ですか?」

「ああ、首一つで二十ダガネ、十個でプラス五十ダガネのボーナスがつくそこそこおいしい奴だ。レベル三ならいけると思ったんだろうな。くたばったってことは、調子に乗って袋叩きにあったか?」


「そういえば小僧、お主契約はどうする? ちなみに狭間の谷の危険度はレベル三じゃ。なに”今回”はちゃんと十二ダガネでいいぞ」

 馬車の中で契約を済ませたアデルは、少しでも防御力をと、冒険者組合で買った中古の革鎧、手袋、そして革の兜やブーツを身につけながら二人に尋ねた。


「さっきの話ですけど、どうして僕がこの仕事に必要なんですか? そりゃ冒険者としてお仕事ができて報酬がもらえるにこしたことはないですけど……。さっきナインさんがおっしゃってた、ギフ何とかってのが関係あるんですか?」


「ギフテッドってのはなぁ、まぁいろいろな説があるが、要するに人が生まれながらに持っている《神様からの贈り物》ってやつだ」

「神様の贈り物? 教団の神官さんが持っている【祝福】を、僕も持っていると?」


「そうじゃねぇ。ん~例えば……そうだな、ほれ、冒険者学園でもやたら運がいい奴がいただろ? 門限破りして歓楽街に行っても教官にばれなかったとか、女子風呂を覗いてもそいつだけ捕まらなかったとか?」


「さも自分が昔やってきたことみたいじゃな? ちなみにナインよ、お主が儂の風呂や部屋で儂の裸と、毎に……時々……そ、【蘇生】の儀式の後は体がうずいてのぅ。儂の慰みの儀式を覗いておることは以前から把握しておる。お主の所行は歓楽街のぼったくり屋より遙かに高くつくぞ。あとでたっぷり利子を付けて取り立ててやるからな」


「きったね~! てか覗いているのを知ってて儀式してたんじゃねぇか! この逆さ傘の露出狂エルフ並みの劣情根暗女め!」

 次の瞬間、幌馬車の中でありながらナインの体に稲妻が舞い降りた。


「ま、まぁ(ビリッ)そういうことだ。つ、つまり(ビリッ)お前には生まれつきま、魔物を寄せ付けない(ビリッ)力があったと、お、俺は思ったわけよ(ビリッ)」

 黒こげになったナインは舌をしびれさせながら話していた。


「そういうことだったんですか。……でも、確かに思い当たることはありますね」

 アデルは以前ナインに話したラハ村の魔物襲撃の話を、フランにも説明した。


「そんなものは偶然じゃ! 後でいろいろ理由はつけられる。で、わしが小僧に依頼した理由じゃが、大筋はナインとは変わらん。結果的には同じじゃ」

 アデルとナインが”え!”と驚くのを確認すると、フランは得意げに話し始めた。


「小僧のおかげでドラゴンの糞が手に入ったからな、以前話した魔導研究所に預けて、いろいろ研究や実験をしてもらってみたが、導き出された結果の一つは、さっきナインが言った《魔物除まものよけ》の効果があることじゃ。ほれ、犬でも強い奴がショ○ベンしたところは、弱い犬は近づかないって言うじゃろ。正にあれじゃ!」


「へー!」

「ほ~!」

とアデル、ナインが驚いた顔をフランはちらっと見ると、得意げに鼻を高くした。


「儂もな、いろいろな魔物の魂を召喚してドラゴンの糞に近づけてみたんじゃが、そりゃあもう奴らの魂は大パニックじゃった。精霊系はわしの管轄外じゃから確かめてはいないし、悪魔の類は召喚したら、ヤゴの街が大パニックになるからさすがにやってはいないが、オークやオーガのみならず、ミノタウロス、サイクロプス、イエティ等の地上魔物や、ハーピー、グリフォン、ワイバーンなどの飛行魔物まで、皆、恐れおののいておったわ。さすがドラゴン、糞ですら万物の長と言える存在じゃ!」


「ん、ちょっと待ってください。ってことは僕は……?」

「お、察しがいいな。これも儂の説明が功を奏したな。正に大賢者じゃ! 儂!」

 フランはアデルに向かって人差し指を向けると、再び、審判を告げるがごとく高らかに宣言した。


「小僧喜べ! すべてではないが、お主は死ぬまで魔物の恐怖におびえなくてもすむ生活を送ることができる! いや糞の匂いは魂にまで染みついておるから、例え地獄に堕ちても、地獄の番犬ケルベロスですら逃げ出すかもしれぬぞ」


「……つまり地獄に堕ちても”ぼっち”だと? ぎゃはっはっはっはっは!」

 ナインは口から煙を吐きながら笑い、フランは得意げに鼻と胸を高くしている。


 アデルは目に涙をにじませながら叫んだ。

「じ、じゃあ僕は、この先魔物を倒すどころか出会うことすらできない、一生レベル一の冒険者って事ですか?」

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